「ひぃっく。みゃぐぅっく……。ふぅうううっ……」
しゃくりあげる声と共に、床に出来た水たまりが広がっていった。このままでは、湖が出来てしまう。
入り口事件の時同様に、なんとか失敗を成功に転じるためのうまい方便(誤魔化し)はないものかと、みんなで脳みそをフル回転させていると、のん気な声が聞こえてきた。
「にゃんごろーは、何をそんなに泣いておるのじゃ? さっきまで、ご機嫌じゃったじゃろう?」
マグじーじたちとにゃんごろーたちの間で、夕日に染まったままの長老が、染色を逃れたお腹の白い長毛をもしゃもしゃとかき混ぜながら、不思議そうに首を傾げている。
カフェ入店後最初の事件のことを忘れてしまったまま…………というわけではない。お食事前の長老は、腹ペコすぎて虚ろな屍と化していたため、そもそもにゃんごろーの一大事に気づいてすらいなかったのだ。おまけにその後は、自らが首謀者となっていくつかの事件を引き起こし、ダメな方向に大活躍していた。
今や“にゃんごろーのことは長老に任せておけば大丈夫”という信頼は、海の底まで失墜していた。
みんなは、マグじーじに目配せをした。マグじーじは、心得たと言うように頷くと、長老の背後でしゃがみ込み、後ろから手を回して長老の口を塞いだ。
分かっていない長老が余計なことを言うと、涙の水たまりどころか大海原が生まれてしまいそうだからだ。
良くも悪くも、長老はにゃんごろーへの影響力が大きすぎるのだ。
そう。良くも、悪くも。
そうこうしている内に、猫さんになった子ネコーの方は、いよいよ“待ったなし”状態になってきた。
逆立った毛並みが、ブルブルと大きく震えだしたのだ。
「ひゃぐうぅっく……!」
大きくしゃくりあげると同時に、ぎゅっと身を縮めるにゃんごろー。
いよいよ大崩壊が始まる…………かと思われたその時。
助手が動いた。
四つん這いの猫さん子ネコーの前でしゃがみ込んだクロウが、お顔を下げている子ネコーのお耳とお耳の真ん中を、人差し指でヅンヅンと突いた。
「ちび……、いや、にゃんごろー。ここで泣いたら、本当に台無しになるぞ?」
「うっ、ううっ、れもぉ……」
頭に刺激を受けたせいで気が逸れたのか、子ネコー大泣きは、ひとまず回避できた。だが、依然としてにゃんごろーはお顔を下げたままだ。
大粒の雫が、ぼたりと水たまりの中に落ちて行った。
ここからが、正念場だ。
けれど、クロウはにゃんごろーの頭を人差し指でグルグルと撫で回すだけで、すぐには次の言葉を発しようとはしなかった。
なんとか大泣きだけは止めなければと動いて声をかけはしたものの、何か具体的な作戦があったわけではなかったのだ。
いわゆる、行き当たりばったりというヤツだ。
クロウは指先をグルグルしながら、脳みそもグルグルさせた。
水たまりに、もう一粒、雫が落ちる。
クロウの顔が引きつった。
このままでは、まずい。
出まかせでも何でもいいから、とにかく子ネコーの気をひかねばならなかった。
クロウは考えがまとまらないまま、とりあえず口を開いた。
「い、いいか、にゃんごろー。おまえは、失敗したと思っているけれど、本当はちゃんと出来ていたんだよ」
「ふぇ? ろーゆーこちょ?」
まったくの出まかせだったが、子ネコーの気をひくことには成功したようだ。にゃんごろーはお顔を上げて、涙を一杯にためたお目目でクロウを見上げた。
(よしっ!)
クロウは胸の内でガッツポーズを決めた。
だが、問題はこれからだった。
失敗したと思っていたことが実はちゃんと出来ていたとは、一体「ろーゆーこちょ」なのか、これから考えなくてはならないからだ。