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第189話 不審者たちの調べ

 さて。

 マグじーじからしたら、張り切って続きを!――――と思ったところを邪魔された形になるわけなのだが。そこは、子ネコー愛好家のマグじーじである。

 子ネコーに対して、不満も反論もあるはずはなかった。


 あるのは、ただ称賛だけだ。


 マグじーじは、にゃんごろーの頭を撫でて、そのナイスアシストぶりを褒め称えた。「にゃふ、にゃふ」と嬉しそうに笑う子ネコーを見つめるマグじーじの顔も、どんどん笑み崩れていく。

 崩壊直前で、マグじーじは何とか自分を取り戻し、咳払いと共に顔を引き締めた。

 説明会は、これからが大事なところなのだ。

 にゃんごろーの愛らしさに夢中になり過ぎて、お客さんである子ネコー姉妹たちをないがしろにしてはならないと、顔だけでなく、身も心も引き締め直す。


「ん、んん! それでは、続きじゃ!」

「つるきりゃ!」

「はーい! お願いします!」

「お、おおおおお、お願い、します……」


 マグじーじが説明会の続行を宣言すると、助手子ネコーから可愛い合いの手が入った。

 子ネコー姉妹が、元気に、控えめに、それに答え、同時に背後のコンテナから少々激しめの物音が響いた。

 子ネコー姉妹が、何事かと振り返る。キララは「何かしら?」という感じだったが、キラリはビクリと身を振るわせて、姉ネコーに縋りついていた。にゃんごろーは、「ほえ?」というお顔でコンテナを見つめている。


「あ、あー。作業用のコンテナが、風で崩れたのかも? カザン、ちょっと直してきてくれよ? あ、説明会は、そのまま続けて大丈夫ですから」

「うむ。任せるがいい」

「う、うむ。コンテナのことは、クルーであるカザンに任せて、説明会の続きをしようかの」


 コンテナの陰に潜んでいる不審者たちのことは、何が何でもキラリには内緒である。そして出来れば、にゃんごろーにも秘密にしておきたいところだ。

 クロウが慌てて誤魔化すと、事情を知るカザンとマグじーじも、上手くそれに合わせてきた。子ネコーたちはクロウの言葉を信じたのか、すぐにコンテナへの興味を失う。それよりも、説明会の続きの方が気になるようだ。キララだけは、薄っすらと何かを感じたのか、コンテナへ向かうカザンの背中を見つめ、気まずそうに視線を逸らすクロウを見上げてから小さく首を傾げたけれど、「まあ、いいか」というように前に向き直った。

 うまく誤魔化されてくれた……というよりは、今は説明会を優先したいから後で追求しよう……といったところだろうか。

 クロウはコンテナを軽く睨みつけてから、ミフネの様子を窺った。ミフネはミフネで、何か知っている素振りのクロウを窺っていたようで、バッチリと目が合った。

 クロウは、あえて目を逸らしたりせず、物問いたげなミフネの視線を受け止めながら、三歩ほど後ろに下がる。ミフネは、クロウの意図を察して、足音を殺して静かにクロウの傍へと歩み寄った。

 クロウは、子ネコーたちの興味が完全に説明会に向いていることを確かめてから、ミフネの耳元でひそひそと囁いた。


「すみません。うちの最高責任者三人の内の残り二人と、おまけ一人が、どうしても見学会の見学をしたいと言って、あのコンテナの陰に隠れているんですよ」

「ああ。マグさんや長老さんと一緒に、青猫号を発見、起動に成功し、共同所有者となったトマさんとナナさんですよね? 確か、青猫号の全体を統括しているのがトマさんで、空猫クルーの統括者がナナさん。そして、青猫クルーの統括者が、あちらのマグさん、でしたよね? それと、おまけの方が一人?」

「えーと、おまけは、空猫クルーの一員で、ちびネコーと、とりわけ仲のいいクルーでもあります。三人とも、マグさんやカザンと同じレベルの子ネコー好きで…………」

「あ、ああ。今回の見学会に参加したかったけれど、キラリの事情で断られてしまったので、こっそり物陰に隠れて見学会を見学しているというわけですね」

「まあ、そういうこと、です」

「なるほど」


 察しのよいミフネは、みなまで言わずとも事情を理解してくれたようだ。その上で、不審者の存在を責めるでもなく、キラリの事情でそうさせてしまったことを詫びるでもなく。

 面白そうな顔で、いたずらに瞳を輝かせた。

 いたずら長老に通じるものがある輝きだ。

 どうやら、この事態を楽しんでいるようである。

 本当にこの人に話してよかったんだろうかと、クロウは少々心配になったが、今さらである。まあ、少々遊んでもキラリを泣かすようなことはしないだろうと、クロウは割り切った。ミフネとの付き合いは短いが、その辺は信用してもいいだろうと思っていたからだ。

 二人の内緒話は、まだこれで終わりではなかった。

 ミフネは、知性といたずら心が程よく混ざり合った瞳をキラと輝かせながら尋ねた。


「ちなみに、ですが。このことを、にゃんごろー君は?」

「あー、あいつには知らせてないです。てか、俺らサイドでは、あいつだけが知らないです」

「なるほど。まあ、隠し事は苦手そうですしねぇ」

「ええ。特にミルゥ……あー、その仲のいいクルーまでいるって分かったら、あいつたぶん、そっちばっかりをチラチラ気にして、そっからキラリにもバレかねないんですよね。だから、キラリだけじゃなくて、ちびネコーにもバレないように、ご協力をお願いしまーす」

「了解です。それで、キララは、どうします?」

「あー、そっちは……。なんか、何かを何となく感づかれているっぽいですし、巻き込んじまったほうが、キラリたちにバレないように、上手いこと立ち回ってくれそうだし。移動の時にでも、こっそり教えて、協力者になってもらおうと思ってるんですけど……」

「ふふ。僕も、それがいいと思います。では、移動の際は、僕がキラリの相手を引き受けましょう。その間に、キララへの説明をお願いします」

「あー、はは。ありがとうございます」


 本命のキラリ以外の子ネコーの処遇について、二人の間で密約が交わされ、今後の方針が定まった。

 密約の締結と共に、ミフネはさりげなく、元の位置へと戻っていく。

 ひそひそ話の間、ずっとミフネの周りをウロウロしていた長老も、その後をついて行った。その視線は相変わらず、ミフネの荷物に釘付けだ。

 荷物については何も知らされていないが、長老の様子からなんとなく察したクロウは、乾いた笑いを浮かべながら、コンテナの方へと視線を流す。

 コンテナ付近では、カザンが不審者たちに釘を刺しているところだった。


「分かっているとは思いますが。あなた方の存在がキラリに知られたら、キラリはショックを受けるでしょう。泣いてしまうかもしれません。その結果、見学会が取りやめとなり、ふたりが家に帰ってしまったら、にゃんごろーもとても残念に思うでしょう」

「それは……」

「もちろん……」

「分かってるわよ……」


 コンテナの陰では、不審者が三人。

 コンテナを直す振りをするカザンに、潜めた声で淡々と言い諭され、仲良く正座で反省していた。

 正座をした三人は、背中を丸め、項垂れていた。

 同じクルーで、カザンの後輩であるミルゥはともかくとして(ミルゥの性格からすると、割合に異例の事態ではあるのだが)、青猫号の最高責任者の一角であるトマじーじとナナばーばの二人も、一介のクルーであり、さらには遥かに年下であるカザンの苦言を素直に受け入れ、心の底から反省していた。

 にゃんごろーのあまりの愛らしさに、思わず子ネコー愛が昂り過ぎて、危うく最悪の事態を引き起こしてしまうところだったのだ。そのことを思い知らされて、反省を通り越して戦慄すら覚えていた。

 昂ぶりを爆発させて、自分たちの存在を気づかれてしまったら、始まりに足をかけた段階の見学会をあんなに楽しんでいる子ネコーたちを悲しませることになってしまうのだ。

 それだけは、あってはならない。

 なんとしても、回避しなければならない事態なのだ。


「気持ちは分かりますが、見学会を楽しんでいる子ネコーたちのためにも、物音だけは立てないように、存在を気取られないように、気を付けてください。子ネコーたちのために」

「はい」

「はい……」

「…………はい」


 不審者同様に子ネコー親衛隊の一員であるカザンは、見学会を楽しむ子ネコーたちの様子に昂る気持ちを理解しながらも、厳しく釘を刺した。

 とんでもない大失態をするとこだった三人は、何一つ反論することなく、大人しくそれに応じている。

 三人は、素直に反省しつつも、陰に潜む不審者の立場に追い込まれたことに対して、煮え切らない気持ちを腹の底で燻らせてもいた。でも、それすら飲み込み、抑え込まねばならない。

 昂ぶりごと、すべてを抑え込み、真昼の最中なのに闇に潜まねばならない。


 なぜならば――――。


 すべては、愛する子ネコーたちのため、なのだから。


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