物音の原因は、風でコンテナが崩れたせいである――――と説明されて。
子ネコーたちは素直にそれを信じて、物音への関心をさっぱりと失くした。子ネコーの割に察しのいいキララだけは、少し後ろを気にしていたけれど、それも僅かな間のことだった。クロウの“言い訳”を信じたわけではなさそうだったが、今は説明会への興味の方が勝ったようだ。気にしていた割にはあっさりと見切りをつけ、前を向いた時には、続きをせがむキラキラのお目目でマグじーじを見上げていた。
子ネコー姉妹から、キラキラと催促され、マグじーじは頬を緩めた。緩んだのは頬だけではないようで、マグじーじは隠さねばならない不審者のことを忘れて、説明会を再開した。
「先ほど、青猫号の外へお出かけして仕事をする空猫クルーのことを説明したが、クルーには、もう一つ、大事な仕事があるのじゃ。青猫号に残って、青猫号を守るお仕事じゃ。魔法の力で、青猫号が暮らしやすいように調整…………おー、いい感じにする、とっても大事なお仕事でもある。では、にゃんごろー助手。そのクルーの名前を教えてくれるかな?」
「はい! うみねこ、クルー!」
「うむ、そうじゃ。にゃんごろーは、優秀な助手じゃのう。大助かりじゃ」
「えへへー」
キラキラ姉妹たちの注目を浴びる幸せに浸りながらも、マグじーじは、にゃんごろー助手の見せ場を作ることも忘れなかった。物怖じすることなくハキハキと答えるにゃんごろー助手を大げさに褒めると、にゃんごろーは嬉しそうに笑った。
子ネコー姉妹はと言えば、そんなにゃんごろーを好意的な眼差しで見つめていた。
片方は、お姉さんみの感じられる、見守るような眼差しで。
もう片方は、尊敬の眼差しで。
その様子を、優しく見下ろしていたマグじーじだったが、見守りと尊敬が一段落して、視線が自分に舞い戻ってきたことを感じると、わざとらしい咳ばらいをして胸を逸らした。
「うぉおっほぉん! そして、じゃ。このマグじーじは、青猫号を守る要である、海猫クルーの一番偉い人なのじゃ!」
「マグじーじ、えらい! しゅごい! しゅてき!」
「えー、すごーい!」
「は、はわわ……。そ、そそ、そんな、えらい人が……」
これがやりたかった!――――と言わんばかりのマグじーじに、にゃんごろーは素で、まるであらかじめ打ち合わせていたかのような、太鼓持ちとも捉えられかねない見事な合いの手を披露した。しかも、肉球拍手つきである。
それに乗っかって、キララもわざとらしい歓声を上げながら肉球拍手を贈りまくった。
キラリの方は、先ほど、にゃんごろーに送ったのとは、また違う熱量の尊敬の念をマグじーじに注ぎまくっていた。おずおずしながらも、珍しく自分からマグじーじに話しかける。
「そ、そそそそそその。それって、つつつ、つまり。マ、マグさんは、青猫号の魔法に、とってもくわしいってこと、なんですよ、ね?」
「うむ。その通りじゃ。キラリちゃんは、青猫号の魔法に興味があるのかの?」
「は、ははははは、はい!」
「うむ、うむ。では、楽しみにしておるとよいぞ。今日は、とってもいいところに連れて行ってあげるからの!」
「と、とと、とっても、いいとこ、ろ?」
どうやらキラリは青猫号の魔法に興味があるようで、とってもいい食いつきを見せた。
それまで、ずっと。それこそ、キララの肉球拍手中も、キララの腕にしがみついていたのに、そのキララから手を離し、自分から一歩マグじーじに歩み寄って、真っすぐにマグじーじを見上げている。その瞳には、好奇心のキラキラが溢れていた。持ち前の恥ずかしがり屋も怖がり屋も、今は鳴りを潜めている。本当に興味があるものの前では、好奇心の方が勝るようだ。
「そうじゃ。うむ、ではじゃ。説明会はこれにて終了して、今日の見学会の予定を発表するとしようかの。その前に、じゃ。見事に助手としての役目を果たしてくれた、にゃんごろー助手に感謝の拍手を! にゃんごろー助手、ありがとうな! とっても助かったぞい!」
「にゃんごろー、とっても上手に出来てたわよ!」
「う、うん。立派、だった……」
キラリの好奇心へニッカリ笑顔で応えると、マグじーじは説明会の終了を宣言し、立派に務めを果たしたにゃんごろー助手へ、感謝の言葉と共に拍手を贈った。子ネコー姉妹からも、お褒めの言葉と肉球拍手が贈られる。
まさか、そんな風にしてもらえるとは思っていなかったにゃんごろーは、驚いてお手々をわちゃわちゃさせた後、俯いた。嬉しさと気恥ずかしさが入り混じったお顔をどうしていいのか分からなくて、俯いた。俯いたままペコリとお辞儀をすると、にゃんごろーは、やっぱり俯いたまま、ギクシャクと手足を動かして、キララの隣へと移動する。今日の予定については知らされていなかったので、キララたちと一緒にお話を聞こうと、参加者側に戻ってきたのだ。
聴衆側の列に戻ってからも、にゃんごろーは俯いたままだった。
その様があまりにも可愛くて、さっきまでの堂々たる助手ぶりとの対比が、なんだか可笑しくて。
後部デッキには、自然と笑いが零れていく。
零れた笑い声は、段々と大きくなり、空へと溢れ出していった。
その声に掻き消されて。
コンテナの後ろでは、可愛さにのたうち回る屍たちが、殺しても殺し切れない呻き声を発していたが、子ネコーたちに届くことはなかった。