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第191話 涙目子ネコー

 いよいよ、本日の予定が発表されることになった。

 子ネコー助手の可愛らしさに誘発された笑いの渦が一段落したところを見計らって、マグじーじが咳払いをした。みんなの注意が、マグじーじに集まった。

 子ネコーにメロメロになりつつも、マグじーじは見学会主催者としての立場を忘れていなかったようだ。


「それではぁ、本日のぉ、見学会の予定をぉ、発表するぅー!」

「わー!」

「待ってましたー!」

「お、お願い、します……!」


 マグじーじは、腰に手を当てて胸を反らすと、声を張り上げた。

 子ネコーたちは、肉球拍手と共に歓声を上げた。

 緩みそうになる頬を懸命に引き締めながら、マグじーじは発表を続けた。


「まず、午前中は、じゃ。最近、海猫クルーとなったばかりの、レイニーさんの魔工房を見学させてもらうことになっておる。レイニーさんは、青猫号に来る前は、キララちゃんたちのキラキラ魔法雑貨店で働いていたネコーなんじゃよ」

「ええ!? そーにゃの!?」

「そうなの!」

「レイニーさん、ちゃんとごはん、食べてるかな……」


 にゃんごろーは、びっくりくりのお顔でキララたちを見つめた。

 レイニーさんというネコーが、最近クルーになったという話しは、にゃんごろーも聞いていた。けれど、レイニーさんが青猫号に来る前に、キララたちのお店で働いていたことは知らされていなかったのだ。

 ちなみに、もちろん、わざとである。

 内緒でびっくり大作戦の発案者は長老だ。でも、肝心の長老はミフネの荷物に気を取られていて、せっかく仕掛けたドッキリが大成功を収めたシーンをバッチリ見逃していた。

 姉妹の方は、魔工房を訪れることは知らされていたようで、驚いた素振りは一切なく、純粋にレイニーに会えることを喜んでいた。キラリの方は、レイニーの生活ぶりを心配しつつも、知った顔に会える喜びで緊張も薄れたのか、発声魔法の方も滑らかになっている。


「魔工房についての詳しい説明は、またその時にするからの。今は、予定だけをお知らせしていくぞい。さて、魔工房見学の次は、にゃんごろーとルドルがお待ちかねのお昼ごはんじゃ。今日は、お店だと緊張しすぎてごはんが食べられないかもしれないというキラリちゃんの希望もあって、な。お店ではなく、和室でいただくことになっておる」


 続いて、お昼の予定が発表された。

 青猫号が初めてのキラリもいるから、きっと今日のお昼も青猫カフェで食べるに違いないと思い込んでいたにゃんごろーは、当てが外れて、もっふりしょんぼんと肩を落とした。

 青猫号には、食事処が二つある。

 安くて早くて美味しいのが売りの食堂と、夜はバーにもなる小洒落たカフェだ。カフェは、お値段が少々お高めのため、クルーたちが普段よく利用するのは食堂の方だ。

 お船に来てからのにゃんごろーが普段食べているのは、食堂のお食事の方だった。食堂の近くにある和室へお料理を運んでもらって、長老やじーじたちと一緒に食べるのだ。食堂ではなく和室を利用する理由は、「食堂は混みあっているから、お仕事を頑張っているクルーたちの邪魔にならないように」とにゃんごろーには説明されていた。それも、確かに理由の一つではあるのだが、一番の理由は、お船の最高管理者であるじーじたちが、子ネコーを独占したいからだった。所謂、職権乱用というヤツである。

 にゃんごろーは、食堂のお料理が大好きだった。いつもの和室で、いつものように食堂のお料理を食べることに、不満があるわけではない。

 ただ、にゃんごろーにとって、カフェは特別な場所なのだ。

 カフェは“おとな”の場所だから、子ネコーは入ってはいけないという長老の嘘を、にゃんごろーはまだ信じていた。この間、キララがやって来た時は、お客様がいるからということで、“おとな”らしく振舞うことを条件に、特別にカフェでお昼を食べさせてもらえた。

 食堂のお料理とは違う、小洒落た空間で食べる小洒落た美味しさのお料理。

 非日常感も相まって、それは特別に素敵な時間だった。

 普段は足を踏み入れることが叶わない、子ネコーにとっての特別な場所。

 その、滅多に行けない特別な“おとな”の場所に、今回もまた連れて行ってもらえるに違いないと、にゃんごろーは密かに勝手に期待していた。

 だって、前回キララが連れて行ってもらえた場所に、キラリだけ連れて行ってもらえないなんて、不公平だからだ。

 今回がお船初心者であるキラリのために、またあの特別が適用されるに違いないと、にゃんごろーが思い込むのは無理もなかった。

 その期待があっさりと裏切られてしまった。しかも、その理由が、当のキラリの希望とあっては、にゃんごろーが文句を言うわけにもいかない。にゃんごろーは、本ネコーだけが認めていない食いしん坊な子ネコーだけれど、誰かの“美味しい”も大事にしたいと思える子ネコーなのだ。お船初体験のお客さんであるキラリが、緊張のあまり、美味しく楽しくごはんが食べられないなんて、そんなのは可哀そうだ。キラリの初めてのお船ランチが、美味しくて楽しい時間になるように協力したい。そんなお豆腐心が確かにある。

 でも。だけど。そうは言っても、なのである。

 そうは言っても、にゃんごろーにとって、逃した魚があまりにもデカすぎた。

 期待が大きかった分、がっかりも大きかった。

 もふもふしょぼんと肩を落とすにゃんごろー。お目目には、薄っすらと涙が滲んでいる。

 それを見て、キラリは慌てた。こうなることは聞いていたが、こんなに落ち込むとは思っていなかったのだ。

 どうしていいか分からず、オロオロ・ハラハラと姉ネコーの腕にしがみつくキラリ。

 しがみ付かれた姉ネコーの方はと言えば、余裕の笑みを浮かべていた。余裕というよりは、ワクワクとした笑みと言った方が正しいかもしれない。

 姉ネコー・キラリは、余裕のワクワク顔でマグじーじと目配せを交わし合っていた。

 本来ならば、にゃんごろーを落ち込ませてしまったと大慌てをするはずのマグじーじも、なぜか余裕の顔で、キララの目配せに応じている。


 すべては、作戦通りだった。

 ふたりは、にゃんごろーの涙を吹き飛ばすための、魔法の言葉を知っているのだ。

 魔法を唱える役目は、キララに任されていた。


 キララは、自信たっぷりのお顔で、にゃんごろーの沈んだ肩をポムポムと叩いた。

 ノロノロとお顔を上げて、薄っすらと涙が滲んだお目目をキララへと向けるにゃんごろー。


 キララは涙に怯むことなく、とびっきりのウインクを涙目子ネコーへ飛ばした。


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