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第201話 本番前のもう一幕①

 ドアを全開にした和室の中。

 その真ん中に設置された横長の机の上に、ミフネは抱えていた大荷物を丁寧な仕草で置いた。ミフネの傍らには、にゃんごろーとキラリが並んでいる。ミフネのお手伝いという名目で部屋の中へ送り込まれたのだが、実際には何もお手伝いはしていない。ただの見届け子ネコーだ。

 そのように仕組んだのは…………否、采配したのはキララだった。

 そのキララは、和室の外の通路で、マグじーじに羽交い絞めにされている長老の正面に立ち、圧をかけている。

 キララが振るった伝家の宝刀によりお弁当警護は一応諦めた長老だったが、野放しにすると何をするか分からないからという理由で、こういうことになっている。

 にゃんごろーとキラリが、ミフネのお手伝い役に選ばれたのにも理由があった。

 理由は、二つあった。

 一つ目の理由は、人・ネコー見知りのキラリが、にゃんごろーと仲良くなるためのプチ試練だ。ふたりの相性は悪くないようだし、キララがいなくても、ふたりきりでも普通にお話ができるくらいに仲良くなってくれればいいな、と願ってのことだった。


「長老さんのことは、わたしとマグさんとクロウさんで見張っておくから、キラリとにゃんごろーは、ミフネさんのお手伝いをしてあげて! ついでに、ふたりでちょっとお話してみたら? わたしもキラリから見えるところにいるし、ミフネさんも傍にいるし、それなら平気でしょ? わたしがいなくても、にゃんごろーとお話しできるように、ちょっとずつ練習していきましょ!」


 キララが笑顔でそう言うと、キラリは姉の意図を察して、少し逡巡してから決意を込めて頷いた。「ぽやん」としたままのにゃんごろーも、それがキラリともっと仲良しになるために必要なことなのだと察したようで、「いっしょにおてちゅらい、らんらろーね! キラリ!」とキラリに笑顔を投げかけた。キラリは、恥ずかしそうにお顔を右へ左へと向けてから、小さな声で「うん」と頷き、はにかんだ。

 何やら、初々しい。

 ミフネは「おやおや」と目尻を緩めながら、ふたりを引きつれ和室へと足を踏み入れ、キララは「あらあら」と口元を緩ませ、二人を見送った。

 ミフネの後を追いかけて、和室をてこてこと進むふたりの微笑ましい会話が聞こえてきたが、キララはそれに耳を傾けることなく、「それで?」という視線をクロウに向けた。

 それが、この神采配の二つ目の理由だからだ。

 つまり、ふたりの子ネコーが微笑ましい会話に夢中になっている間に、青猫号後部デッキに積まれたコンテナ裏に潜んでいた不審者情報を寄越せ――――ということだ。

 クロウは、キララからの視線にも、その意図にも気づいていたが、その役目をマグじーじに丸投げした。クロウには、それよりも優先させねばならない使命があるからだ。

 キララの視線を受け止めたクロウは、片手に持ったペンの先をクルクルとわざとらしく回してから、チラリとマグじーじに視線を投げた。


「マグさん、お願いします」


 小声でそう言うと、クロウは返事を待つことなく、初々しくも微笑ましい子ネコー同士の会話に耳を澄ませる。

 子ネコー会話録作成に集中したから、後は任せます――――という意思表示だ。

 役目を押し付けられたマグじーじは、最初こそ難色を示したが、キララに催促されるように見上げられると、すぐに相好を崩した。にゃんごろーたちの会話に興味はあるが、それは後でクロウのレポートを読ませてもらえばいいのだし、キララとふたりでお話しできるのは、それはそれで役得だ。

 腰を屈めて長老を羽交い絞めにしていたマグじーじは、キララと内緒話をするために、そのままストンと腰を下ろした。

 お顔とお顔が近くなる。

 子ネコーとの接近に歓喜したマグじーじの、顔と心と体が緩む。顔と心は構わないが、体の方はしっかりと力を入れておいて欲しい。


「ちゃんと、長老さんのこと、捕まえていてくださいね?」

「も、もちろんじゃ!」

「ぐえ!?」


 キララは、緩んだ腕から長老が逃げ出す前にと、マグじーじのお口の傍にお耳を近づけ、いたずらっぽく忠告をした。

 危ないところだったマグじーじは、キリッと諸々を引き締めた――――のは、いいのだが、少々力が入り過ぎてしまったようだ。

 とばっちりで思わぬ締め付けを受けた長老が、思わず潰されたカエルのような悲鳴を上げる。

 長老を除く通路側メンバーの間に、サッと緊張が走った。

 腕の締め付けは、すぐにちょうどいい加減に緩められた。

 しかし、それは長老を心配してのことではない。


 通路側の三にんは、緊張した面持ちで、和室でほのぼの会話を続けている子ネコーたちの様子を窺っていた。

 子ネコーたちは、長老の呻き声には気づかなかったようで、楽しそうに歓談を続けている。

 通路に張り詰めていた緊張が解けていった。


「長老の心配は、誰もしとらんのかい…………」


 拗ねた長老の声が、空気が緩んだ通路に落ちていくが、拾い上げる者はいない。

 呟きは、虚しく廊下の上をテンテンと転がっていった。

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