「キノコたちとも、しばらくお別れですね……」
色とりどりの発光キノコたちの森を見下ろしながら、
ペンギンバルーンの空中ブランコに腰掛けた膝の上に、発光キノコが山盛りのバスケットを片手で大事そうに抱えている。
お弁当兼おやつなんだそうだ。
軽く炙ると、すごくおいしんだとか。
おひとつどうですかっておススメされたけど、首を横にフルフルしておいた。
キノコは嫌いじゃないけどさ。光っているキノコは、ちょっと……。
「あれ?
ずっと住んでいたキノコの森への別れを済ませて、さて、と顔を上げた心春がキョロキョロとあたりを見回して、また顔を下に向ける。
どうやら、フラワーはさっそく単独行動中のようだ。
フラッといなくなったかと思うと、いつの間にか隣を飛んでいたりすることがよくあるんだよね。心臓に悪いから、やめてほしい。
「あー、フラワーのことなら、気にしなくていいよー。よくあることだから」
「一人で飛ぶ方が好きみたいで、よくいなくなるんだよ。でも、放っておいても、そのうち、いつの間にか隣にいたりするから。そういうものだと思ってー」
「なるほど! そうなんですね!」
キノコについては、サラッとスルーして、あたしと
そうなんですよー。
「じゃ、行こっかー」
「どちらに向かうんですか!?」
「んー、適当ー」
という、月見サンの言葉で、あたしたち三人は出発した。
とりあえず、適当な方向に。
「えっと、その。今更、聞くのもなんですけど、みなさんはどうして旅をしているんですか!?」
「んー? あたしは、まあ、大した理由もなく一人でフラフラしてたんだけどねー。せっかくだから、闇底の世界をいろいろ見て回りたくてさ。今は、
「旅が好きなんですね! えっと、それで、星空さんは!?」
出発してからしばらくたって、一緒に空と飛ぶペースに慣れてくると、心春は何か言いたそうにチラチラとこっちの様子を伺っていたんだけど、ついに、えいって感じで旅の目的について質問してきた。
月見サンの答えを聞いた心春は、聞いてもいいのかためらいながらも、あたしに話を振ってきた。
うん。大した事情じゃないので、全然、聞いてもらって構わないよー。
「あたしは、コロッケのために
他人にとっては大した事情じゃないけれど、あたしにとってはとっても大事なことなので、胸を張ってきっぱりはっきり答えるよ。
「コロッケのために……月華を…………?」
心春は不思議そうに目をパチパチしながらあたしを見つめていたけれど、そのうちハッとした顔をして一つ頷くと、何やら目を輝かせた。
「なるほど。何か、深い事情があるんですね……! 分かりました! 深くは聞きませんが、応援しますね!」
え?
何を分かっちゃったの?
言った通りの事情しかないんだけど。
まあ、深く聞かれても困るから、別にいいけどさ。
とりあえず、放っておこうと思ったら、心春はまた、一人で勝手にあたしについて何か理解し始めた。
「星空さん! 私、ずっと疑問に思っていたんです! 星空っていう名前なのに、どうして、青空をイメージしたコスチュームを選んじゃったんだろう、この人……って!」
「…………っ」
「………………」
心春は目をキラキラさせたまま、あたしが密かに気にしていたことを、ズバッと言っちゃってくれた。
月見さんの腹筋が、プルっとなる。
てゆーか、そのまま本格的にプルプルし始める。
別に、我慢しないで笑ってもいいですよ!
それ、あたしも分かってますし!
だって、水色、好きなんだもん!
だからって、名前の方を“青空”とかにすると、朝も昼もやってこない闇底の世界には似合わない気がしたし! あたしが魔法少女になった時に、アジトにいたメンバーはみんな、夜とか空とかに関係してる名前だったし!
でも、やっぱり、水色、好きだし!
しょうがないじゃん!
「私、分かりました! 分かっちゃったんです! ……青空の向こうには、永遠へと続く星空が広がっている…………! つまりは、そういうことなんですよね!?」
しょうがな……ん? お?
……………………。
「……そうだよ。でも、そのことは、誰にも秘密にしておいて?」
それ、いい。
それ、採用!
たった今から、そういうことにするー! しちゃう!
ってなわけで。あたしは、精一杯の、それっぽい感じの笑顔を心春に向ける。
心春は、なんか感動に打ち震えているみたいだった。
そして、竹ぼうきの前座席では月見サンの腹筋も激しく震え……っていうか、震えを通り越して痙攣し始める。
「…………っふ、くふっ………………~~~っ……」
「そういう心春は、どうなの? 何か、目的とかあるの?」
誤魔化すように咳払いをしてから、あたしは心春にも同じ質問をしてみた。なんか、いつの間にか一緒に旅をすることになっていたけれど、成り行きっぽくもあったし、まだはっきりした目的とかはないかもしれないけどさ。話の流れ的に、一応。
これから探すところです、とか。もっと、闇底のことを知りたいと思って、とか。そういう系の返事を予想していたんだけれども。
予想は、裏切られた。
心春は、よくぞ聞いてくれました的な顔で、断言した。
「はい! 闇底を、もっとキノコ色に染めようかと思いまして!」
「はい?」
「キノコ色?」
どういうこと?
完全に予想外のお返事に、月見サンの腹筋もぴたりと止まる。
「私、キノコが好きなんです! 本当に大好きなんです! ずっと、あのキノコの森から離れられないでいたんですけど、でも、気が付いたんです!!」
あー。結構、強いのにずっとキノコの森にいたのは、単にキノコが好きだからだったんだ。
「心のふるさとは、いくつあってもいいですよね!?」
「はい?」
えーと?
何を言い出しちゃってるのかな?
心のふるさと?
「第二、第三のキノコの森を作ればいいんだって、気が付いたんです!!」
「は?」
「作った!?」
え? 今、なんて言った、この子?
「はい! あのキノコの森は、私が作ったんです! 最初は、何にもないただの野原でした! でも、キノコが恋しくて、毎日キノコのことばかり考えていたら!? なんと、いつの間にか、私のキノコへの思いがあんなに立派な森へと成長していたんです!!」
は、はいぃぃぃぃぃぃい!?
つ、月見サンの腹筋も完全停止だよ!
え? ていうか、そんなことできるの?
え? もしかして、この子。フラワーとは違った方向に、すっごい魔法少女だったりする?
ほ、星空は、混乱している!
「あ、そうだ! 森だけじゃなくて、いっそのこと山とか作っちゃうのもいいかもしれませんね!」
「それは、ぜひ作るべきだよ!」
あ、月見サンが、復活した。ものすごい食いつきだ。
いや、それはいいけど。
えーと、あの発光キノコが、山に……?
それは、なんか。空を飛ぶ時の、目印にはいいかもだけど。
「闇底が、一気に明るくなりそうですね……」
「確かに! あっは! 山間部なのに、ネオン街みたいな明るさだよねー!」
「本当ですね!」
ちょっと、声がトーンダウンしたあたしには気が付かずに、二人は楽しそうに笑っている。
「私、頑張ります! 応援してくださいね!」
「もっちろんだよー!」
「え? うん。がんば……って?」
ネオン街みたいに、色とりどりに怪しく光るキノコたちのお山……か。
う、うーん。
森ぐらいがちょうどいいんじゃないかなー?
と、星空は思います。