「華やかなりし月、
――――と。
その妖魔は、名乗った。
「これで、あとは
「やー、どうかなー? すぐには、現れないんじゃないかなー?」
二人きりの花火大会は、それぞれ一回ずつ花火を打ち上げただけで終了した。
闇空はすっかり落ち着きを取り戻したけれど、あたしたちのいる草原には、大量のシルクハットと星が散らばっていて、各種蛍光色にぼんやり光って、視界にやかましい。
あたしが打ち上げた花火に、心春は大満足だったようで、うっとりと目を輝かせている。
感激した月見サンがすぐに姿を見せてくれる……と、
月見サンがアレを見たら、きっと大爆笑していると思う。
で、笑いの発作が治まるまでは、ここにはやって来られないと思うのだ。そして、きっと、たぶん。笑いの発作は、すぐには、治まらないはずだ。
「なるほど! 感動に胸を打ち震わせていて、すぐには動けない、ということですね? 月見さんが星空さんの前に姿を現すのが遅ければ遅いほど、月見さんの星空さんへの思いも深いということ…………! つまりは、そういうことなんですね! 素敵です! いつまででも、待ちましょう! そういうことなら、待つのも全然苦痛じゃないですよね!」
いやー。笑いの発作に腹筋を震わせているだけだと思うけど。
説明するのも面倒くさくて、あたしは曖昧に笑いながら頷いて見せた。
どうせ、何を言っても無駄なのだ。
反論したところで、あたしと月見サンの愛が深まるだけなのだ。
――心春の脳内で。
なんて、やっている最中。
近づいてくる人影に、最初に気が付いたのは、心春の方だった。
「星空さん。誰かが、こっちにやってきます」
月見サン……では、ない。
心春の声には、緊張が含まれていた。
蛍光色に光るシルクハットと星が散らばる草原の向こうから近づいてくる人影は、二つ。
人影は、あたしたちを目指しているようだった。
目指してはいるようだけれど、特に急いでいるわけではないみたいで、足取りはどちらかと言うとゆっくりめだ。
固唾をのんで、人影を見つめる。
何か、胸騒ぎがした。
人影が近づいてくるにつれ、胸騒ぎはより一層強くなる。
ああ、これは。
何か、ヤバいやつだ。それも、滅茶苦茶。
そうはっきりと確信したのは。
それ、が見えちゃったからだ。
それ――。
二人を繋いでいる、鎖。
先頭を歩いている方の左の手首に嵌められた鉛色の金属っぽい腕輪から続いている鎖は、後ろを歩く女の子の首に嵌められた、腕輪とおんなじ鉛色をした首輪に繋がれているのだ。
鎖と首輪。
いや、でも。それだけだったら、まだ。
そういう、愛のカタチ……っていう可能性もあったかもしれない。
でも。あれは、違う。そうじゃない。
そうじゃないって、子どものあたしでも分かる。
だって。だって――――。
先頭を歩いている方は、白いセーラー服を着ていた。青いスカーフ。スカーフと同じ色の超ミニスカート。
褐色の肌。癖のない長い銀髪が、歩くたびにさらさらと揺れる。
猫のような金色の瞳が、好戦的に輝いていた。
あれは、獲物を狙う目だ。
スレンダーな女子にも、女装した男子にも見える。
でも、どちらでもないのかも。
だって、あれは、たぶん。
「気を付けてください、星空さん。前を歩いている白セーラー服。あれは、たぶん、妖魔です。…………
隣に立つ心春が、不機嫌そうに注意を促してくる。珍しく、語尾が跳ねていない。
警戒しているせいなのか、怒りのせいなのか、どっちもなのか。
ああ、やっぱり、とあたしは思った。
心春も、そう感じたなら、やっぱりあれは妖魔なんだ。
でも、どうして、妖魔が――?
それに、後ろにいるのは。
セーラー服の妖魔と鎖でつながれているのは、かなりナイスバディの女の子だった。体にぴったりフィットした黒い服が、それを強調している。なんかエロい感じの服には、禍々しい赤い文様が描かれていた。
服装は、なんか悪役っぽい。
ふわふわの長い髪の毛を、ツインテールに結わえていた。
遠くからでも分かるくらいの、負のオーラをまき散らしている。
「後ろにいる子は、いかにも魔法少女の敵っぽいコスチュームですけど、一応魔法少女なんでしょうか……?」
「失敗した月華のコスプレをした妖魔に、捕まっちゃったってことなのかな」
「そう、かもしれません」
「だったら、助けてあげなきゃ……」
「そうですね」
何があってもいいように、妖魔を撃退☆スターライト・シャワー缶はすでに呼び出してあった。こっそりと、背中に手をまわして隠し持つ。
鳥妖魔に襲われた時の、月見サンの教えが役立っている。
あと数メートルというところで、二人は止まった。
月華モドキは、警戒して身構えるあたしたちを、まるで気にした様子もなく、自信にあふれた笑みを浮かべている。
目の前の獲物を絶対に仕留められると、信じて疑っていない顔。今にも、舌なめずりをしそうな。そして、また。月華モドキは、舌なめずりが似合いそーな顔立ちをしていた。
話を聞く前にスプレー缶を浴びせかけたい気持ちを、必死で抑える。
月華モドキに用心しながら、あたしは、後ろのツインテールの様子を伺い、そして。
うっかり、シャワー缶を取り落としそうになった。
ツインテールの瞳の奥に渦巻くものに、圧倒されて。
憎しみと恨みと、それと―――妬み?
前に立つ月華モドキを呪い殺さんばかりに憎んでいるのは、よく分かった。背中に、憎しみの黒い炎が燃え盛っている幻覚が見えそうなくらいに。
月華モドキの背中越しに、ツインテールはあたしと心春にも視線を走らせる。
月華モドキだけじゃなく、その憎しみはあたしたちにも向けられているみたいだった。でも、あたしたちに向けられている感情は、月華モドキへのものとは少し違っているみたいだった。
月華モドキに対しては、憎しみと恨みしかない。相手を消し炭にするまで止まらないくらいの憎しみと恨みのどす黒い炎が燃え盛っている。時代劇とかでよく見る、町娘が親の敵に向けるような眼差し。
あたしと心春には、その中に、妬みの感情が混ざっている……ような気がした。
あたしに想像できる範疇で例えるなら、彼氏を親友に取られちゃった女の子が親友を呪い殺そうとしている……みたいな?
それに、近い感じ。
でも、どうして――――?
この子と会うのは、これが初めてのはずなのに。
少し前まで、助けてあげなきゃ……なんて、思っていたのに。
今は、妖魔だけじゃなくて、この子のことも少し怖い。
フラワーよりも、ずっと怖い。
本当の意味で、怖い。
「やあ、初めまして。君たちは、魔法少女だね?」
ニタリと笑って、月華モドキは明るい調子で話しかけてきた。
あたしたちは、無言で頷く。
その明るさは、人を不快にさせる類の明るさだった。
「ボクは華月。華やかなりし月――――華月。ああ、覚えなくてもいいよ? だって、君たちは、もうじきボクに食べられて、ボクの一部になるんだからね」
「どうやら、遠慮はいらないようですね! 月の騎士・心春がお相手します!」
心春が一歩足を前に踏み出して、右手を天に掲げる。
「光と闇の輪舞! 悪しき妖魔は、私がすべて殲滅します!」
掲げた心春の手の中に、立派な剣が現れる。
ゲームとかで戦士系のキャラが終盤あたりで使ってそうな、立派な剣。
ああ。
初めて、心春を頼もしく感じる。
――――じゃなくて。
あたしもやらなきゃ!
先手必勝!
「スターライト・シャワー!!」
後ろに隠し持っていたシャワー缶を月華モドキ――華月の方へ向ける。
そして、思い切り。
プシューってした。