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第54話 花玉と魔法少女

 心春ここはるは、目を閉じるのが間に合わなかったみたいだった。


「め、目が~~」


 という呻き声が、さっきからずっと聞こえてくる。

 でも、あたしはそれには構わずに、ひたすら闇空を飛んだ。自分史上最高速度だったと思う。とにかく、あの場所から離れたくて、滅茶苦茶に飛んだ。

 自分が今どこを飛んでいるのかなんて、とっくの昔に分からない。

 さっきの場所に戻れ、って言われても、絶対に戻れない自信がある。


 このまま永遠に闇空を飛び回る流れ星になるんじゃないかと思った時に。

 救いの女神が現れた。


 あたしが飛んできたのを察知して、出迎えるみたいに。

 ちょうどあたしが向かっている先に、地上から浮かび上がってきた、その人は。


 背中に白い羽根を生やした(真っ白い鳥型妖魔の雪白ゆきしろと合体しているからだけど)、膝下丈の紺色のセーラ服。長い黒髪。

 月の化身のような、冴え冴えとした超絶美少女。


月華つきはな――――!!!!!」


 両手を広げて、その胸に飛び込んだ。

 何か悲鳴が聞こえた気がしたけれど、気にせずに思い切り月華にしがみつく。


 うわーん! 会いたかったよー!!


「ちょっと、落ち着きなさいよ。てゆーか、連れていた子、吹っ飛んでいったけど、いいの?」

「へ?」


 月華の背後からあきれたような雪白の声が聞こえてきて、あたしは顔を上げる。

 顔を上げて、思い出しだ。


「あー! ごめん、心春ー! 自力で、飛んでー! とにかく、浮いてー!」


 月華の背中の向こうに、悲鳴を上げながら、綺麗な弧を描いて地面へと落ちていこうとしている心春が見えた。

 や、やべえ。忘れてた。

 今から追いかけても間に合わない、とあわあわしていたら、落下していく心春の下にお花畑が出現した。

 お花畑っていうか、小花でできたカーペット?

 カーペットは心春を受け止めると、くるんと丸まって心春を包み込む。

 フ、フラワーボールが完成した!


 フラワーボールを引き連れてこちらに向かってくる人影。

 確認するまでもない。

 お花で作ったお魚型ボードに乗ったフラワーさんだ。


 そういえば、フラワーのこともすっかり忘れていたけど、いいタイミングで現れてくれた。たまには、フラワーも役に立つんだな、なんて感心している場合じゃなかった。


「月華。会いたかった。わたしのために男になって。そして、二人で末永く」

「断る。男は嫌いだ」


 おおい!

 来ていきなり、それかい!!

 あいさつもなしっていうか、今の状況とか、とりあえず確認しようよ! なんで、心春が吹っ飛んでったのかとか、聞こうよ!

 まあ、それはあたしのせいなんだけど。

 いや、それよりも。

 フラワーの目的、忘れてたよ。そうだった。どうしよう。出会ってはいけない二人が、ついに出会ってしまったよ!


 月華にしがみついたままハラハラしているあたしをよそに、二人はしばし無言で見つめ合っている。

 月華は、フラワーが近づいてくるのに合わせて後ろを向いたので、二人は向き合う形だ。

 あたしは上を向いたり、後ろを振り返ったりしながら、二人の様子を伺う。

 フラワーが、無理やり月華を男にする、とか言い出したらどうしよう?


「つまり、わたしに男になれと? 男になったわたしと、末永く幸せに暮らしたいと」

「断る。おまえが男になるのは別に構わないが、その先はお断りだ。男は嫌いだ」


 あ。よかった。無理やり男にしちゃう案は採用されなかったみたいだ。てゆーか、フラワー。月華が、男になれって言ったら、本当に男になるつもりだったの?

 あんまり、見たくない。

 花まみれのコスチュームは女子だから許されるのであって、男のそれは激しく見たくない。絶対、気持ち悪い。いや、紅桃べにももなら……?

 アジトにいるはずの、妖精のように可憐な美少女系魔法少女だけど実は男の子な紅桃の顔を思い浮かべる。黙ってじっとしていれば、ため息が出るような儚くも可憐な美少女なのだ。でも、中身は普通に男の子なので、喋ったり動いたりすると、いろいろ台無しなんだけどね。


「分かった。では、これからわたしが、男の人と付き合うことの素晴らしさを教えてあげる。そうすれば、きっと」

「断る。男は嫌いだ」


 あ。まだ、話が続いてたんだ。

 フラワー。正攻法(?)なのはいいけど、懲りないな。

 そして、月華の男ギライ。話には聞いていたけど、本人の口からはっきりと聞いたのはこれが初めてだな。こんなにきっぱり何度も断言しちゃうくらい、男の人のこと、嫌いなんだ。

 紅桃、男の子だけど美少女に生まれてよかったね。普通に男の子だったら、見捨てられて妖魔のエサになってたかもね。


「食わず嫌いは、よくない。あなたはまだ、男の人の素晴らしさを知らない。だから」

「断る。男は嫌いだ」


 …………いつまで、続くの? この問答。

 あと、気持ちが落ち着いてきたら、いつまでも月華にしがみついているのも気恥ずかしいので、そろそろ離れたいんだけど、タイミングが掴めない。

 どうしようかと困っていたら、救いの手ならぬ救いの首は、花玉の中からずぼっと現れた。


「待ってください、心花さん! 無理強いはよくありません! それに、月華の魅力は女性だからこそだと私は思います。女神のような神々しさ。それは、月華が女性だからこそのもの。それを男にしてしまうなんて、とんでもない! もちろ、心花さんもです! その衣装は、女の子だからこそ似合っていると思います!」


 花玉から首だけ出した心春だ。

 そう言えば、心春はまだフラワーの野望は知らなかったんだっけ? どうだったっけ? まあ、どっちでもいいけど。

 雪だるまならぬ花だるま状態で、心春はさらに熱弁をふるう。


「あるがままの月華を、そのまま愛せばいいんです。性別なんて関係ありません。月見さんと星空さんを見てください。たとえ女の子同士でも、お二人の愛は、あんなにも尊く美しいじゃありませんか!」


 ひぃ!

 やめろ、巻き込むな!

 全然、救いの手でも、首でもなかった!

 あたしと! 月見サンは! 全然! そんな関係じゃ! ありません!

 ないのにぃ~!!


「………………少し、考えさせて」


 ちょ、フラワー! 何その反応!?

 それじゃ、まるで、あたしと月見サンが本当にそういう関係みたいじゃないかー!

 やめて~! 心春の脳内だけでのことにしておいて~! せめて!!


 もしかして、月華にも誤解されちゃっただろうか?

 不安になりながら、ちらりと見上げると。

 月華は、よく分かっていないのか、それとも全く気にしていないのか。

 いつも通りの、美しく神々しい、でも鉄壁の無表情で地面へと視線を走らせる。


「月見……なら、この下にいるが」

「震えながら、死体になっているわね」


 たどたどしく月見サンの名前を呼ぶのは、まだ新しい名前になじみがないからだろう。月華と初めて出会った頃の月見サンは、マリンと名乗っていたらしいから。

 で、月華に続いて、フラワーとの不毛なやり取りをしていた時には、沈黙を貫いていた雪白が、後に続く。


「星空さんの花火に込めた熱い思いを知って、感激に打ち震えているんですね! 息もできないほど!」


 心春。花玉から首だけ出した状態で、顔を輝かせるのはなんか微妙だから、やめて。

 あと、今更だけど、解釈!!


 てゆーか、月見サン。

 あの花火を見てから、ずっと笑い転げていたんですね?

 笑い死にするくらいに!


 もう!

 あたしたちが、あんなに大ピンチだったのに!

 月見サンのばか!



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