お花見シート(特大)……いや、違うな。
んー。小花で作った空飛ぶ絨毯(お部屋の大きさ)、これかな?
えー。その絨毯の上で、あたしたちは、ぐるり、と輪になって座っていた。いや、輪でもないな。あたしと
お花の絨毯は、闇空を遊泳中ですしね。いつ、うっかり何かが起こって闇空に放り出されちゃってもいいように、常に合体したままの方が安心ですよね。
ちなみに、絨毯は少し前まで心春を包み込んでいた花玉だ。
花玉から解放された心春は、月華と雪白に、あいつ――
「説明は私がしますから、
なーんて、心春が言うので、なんかもう反論するもの面倒で、説明の方はお任せすることにした。だからと言って、月見サンと気持ちを深め合ったりは、もちろんしていない。
あたしたちの花火を見て、地面で笑い死にしていた月見サンは、月華に回収されて、今はあたしの隣で何でもない顔をして座っているけれど、まだ笑いの余韻から抜け切れていないのか、時折肩をフルフルさせている。
といってもまあ、それも最初のうちだけで。
話が、華月が何人かの魔法少女を喰らったことがあるらしいっていうのと、鎖で繋がれたあの子のところまで来ると、ピタリと震えが止まった。
なんだか、目が座っている。
どうやら、怒っているらしい。
まあ、怒るよね。
あれは、ひどい。
ひどかったもん。
「ここ最近。私と契約した魔法少女が、何人か立て続けに消息不明になっているのは、確かだ」
心春の話が終わると、月華は淡々と言った。
「全部が全部ってわけじゃないだろうけど、その華月ってやつに喰われた魔法少女が何人かいるっていうのは、確かかもね」
月華の背後から、雪白の声が聞こえてくる。合体していても、それぞれで喋れるみたいだけど、姿が見えないので変な感じだ。
「そういうの、分かるんだ?」
「自分の使い魔だからな。いなくなれば、分かる」
月見サンが尋ねると、月華はやっぱり淡々と答える。
この“いなくなる”っていういのは、空を飛んでいるときのフラワーがふらっといなくなる敵な意味じゃなくて。永遠に、どこからも、いなくなっちゃう、って意味なんだろう。
それにしても、使い魔、か。
魔法少女という名の使い魔って、何度も聞いたことあるけど。あんまり、使い魔ってところを深く考えたことはなかった。
鎖で繋がれていたツインテールのあの子は、華月に無理やりいうことを聞かされていた。月華は、あたしたちを自由にさせてくれているけど、やろうと思えば、ああゆうことが出来るってことなのかな?
ちら、と浮かんだ考えを、あたしは慌てて振り払った。
きっと、月華は、そんなことはしないって、分かっているから。
「それにしても、その華月ってやつ、色違いとはいえセーラー服を着たり、明らかに月華を意識しているわよね? たぶん、迷い子なんだと思うけど、人間の女の子を使い魔にして、その子のことを魔法少女だって言っていたんでしょ?」
「はい。出来損ないの魔法少女、って言って、ひどい扱いでしたけど」
「そこが、おかしいのよねぇ」
雪白の問いに、心春が顔をしかめながら答えると、首を傾げている……ような感じの声で雪白が呟きを漏らした。実際には、月華の背中から生えている羽しか見えていないけどね。
「なにが、おかしいの?」
「出来損ないを、いつまでも使い魔として使役していることが、よ」
腑に落ちない様子の雪白に、今度は月見サンが尋ねる。
対する、雪白の答えは。
んーと、どういうこと?
みんなの視線が、月華に集中する。
いや、喋っているのは月華じゃないけど、今は雪白と合体しているし。雪白部分である羽……は、右と左の両側に広がっているから、どっちを見ていいか分からなくて、つい、月華を見ちゃってた。
ちなみに、フラワーは最初からずっと、月華にうっとりと見とれている。ちゃんと、話、聞いているのかな?
「妖魔が人間を使い魔にすることは、ないこともないけれど。出来損ないを、そのまま使役するなんて、考えらえない。普通なら、喰い殺すはず。それに、鎖で繋いでいるってことは、支配が完全じゃないってことじゃないかしら……」
みんなの視線と沈黙を受けて、雪白は話を続ける。
でも、それはみんなの疑問に答えるっていうよりは、大きな独り言、みたいな感じだった。
「完全に支配できていない使い魔を連れまわすくらいなら、いっそ喰い殺して新しい使い魔を手に入れるっていうのが、一般的な妖魔の考え方というか、そもそも妖魔ってそういう生き物というか……」
「んー…………」
そのまま、ぶつぶつ言い始めた雪白……と合体している月華から視線をそらして、月見サンが顎の下に人差し指を当てて、何やら考え込み始める。
「その華月ってやつ、月華の真似っこがしたいんじゃないの? 使い魔のことを、魔法少女って言ってたんでしょ?」
「それは、そうなんですけど。何のために、いえ、どうしてそんなことを?」
「んー、まあ。月華、強いし。妖魔は強さこそすべてなところもあるし。なんか、憧れ的な? 自分も月華みたいになりたい、とか?」
「随分、歪んだ憧れでしたけどね……」
「そこは、まあ。妖魔だしねぇ」
ポンポンと飛び交う月見サンと心春のやり取りを、自分の世界に旅立ってしまったかと思われた雪白も、ちゃんと聞いていたみたいだった。
いきなり、話に入って来る。というか、話を戻してくる。
「それが、なんで、出来損ないの使い魔を連れまわすことになるのよ?」
よほど理解不能なのか、ちょっと声が苛立っている。
「えー? それは、んー。……たぶんだけど」
「たぶんだけど?」
「迷い子なんて、そう、しょっちゅう見つけられるわけじゃないだろうし。次のが見つかるまでは、出来が悪くてもキープしておきたい、とか?」
「出来の悪い使い魔をキープすることに、何の意味があるのよ?」
「だからさ。それが、つまり。月華に憧れているってことなのかな、と思って」
「どういうことよ?」
「出来はともかく、魔法少女という名の使い魔を連れまわしている、ってことがステータス、みたいな?」
「はあ?」
納得できるような、無理があるような。
てゆーか、月見サン。雪白の追及が面倒くさくなって、無理やり考えたでしょ、それ。
まあ、どっちにしろ。
「その辺は、ここで考えていてもしょうがないんじゃないですか? 華月本人に聞いてみるしかないと思いますよ? まあ、答えてくれたとことで、私たちに理解できるかどうかは分かりませんが。なにせ、相手は妖魔ですしね」
心春の言葉に、あたしも頷く。
それに、それよりも。
「あの子のこと、助けてあげられないのかな? あの鎖を壊したら、自由になれたりしないのかな? 華月が、月華の契約を上書き? して、あたしと心春のことを自分の使い魔にしてやるー、みたいなこと言っていたけど。その逆って、出来ないの?」
「え? そんなことまで、言ってたの? その華月って奴!?」
「出来ないことはない」
「危ないところだったわね、あんたたち」
え? え? え?
月見サンと、月華と雪白と。
いっぺんに、喋らないで~。
「えーと。雪白さん。説明をお願いします」
あたしと一緒に目をくるくるさせていた心春が、月華の方を向いて、ビシッとお願いする。
うん。その判断は、正しいと思います。
この中で、いろいろ事情を知っていて、それを分かるように説明できるのは、雪白しかいないんじゃないかな。……月華は、知っていても、それをあたしたちに分かるように説明するのは苦手だと思う。
「契約の上書き自体は可能よ。契約した術者、この場合、月華と華月のどちらか力が強い方の契約が優先されるわ。でも、契約の上書きは、使い魔にとってかなりの負担になる。使い魔自体が力を持っていれば耐えられるかもしれないけれど、元々は普通の人間だったあんたたちは、まず耐えられないでしょうね」
「え? 耐えられないって、具体的には、どうなるの?」
固い声で説明してくれる雪白に、あたしは恐る恐る聞いてみた。
専門用語的なのが混じっているけれど、何とか話にはついていけていた。
「心が壊れて、本当の意味でのただの操り人形になるわね。命令されたことしかできないロボットって言った方が、分かりやすいかしら?」
「人形……」
「ロボット……」
沈黙が、うるさい。
いや、なんか、静かすぎて。耳の奥からしーんって音が聞こえてくるような、気がして。
「華月を殺せば、問題ない」
沈黙を破ったのは、月華のさらっとした一言だった。
内容は、全然、さらっとしてないけど!
「ええ、そうね。契約をした術者を殺せば、契約は無効になるから。その上で、今度は月華と契約をすれば、問題ないわね」
再度、沈黙が降りる。
こ、殺す?
あの子を助けるためには、華月を、殺さないといけないの?
なんか、ドキドキしてきた。
ちょっと、怖い。
華月のことは、好きにはなれそうもないけれど。でも、殺さないとだめなの?
いや、ルナだって紅桃だって、心春だって。これまで、普通に妖魔を倒していたけど。でも、それは、獣型だったり、虫型だったりで。
妖魔とはいえ、ぱっと見は人間に見える華月を殺しちゃうのは、ためらいがある。あたしには、出来そうもない。……そもそも、普通の妖魔も倒せてないけど。
「なるほど。希望の光が見えてきましたね。ですが、あいつには、私の力は通用しませんでした。今まで、どんな妖魔でも、力がかすりさえすれば、塵となって消滅したのに。あいつは、私の力をまとった剣を素手で受け止めたのに、何ともありませんでした。……使い魔の魔法少女モドキの方には、星空さんのスプレーは効いていたみたいなのに」
みんなも恐れおののいているのかと思っていたのに、そうじゃない子がいた!
ちょ。もしかして、力が通じていたら、本当に華月を殲滅しちゃうつもりだったの?
この子は、この子で、怖い。
「魔法少女を、何人か喰らったみたいだし、間接的に月華の力を取り込んだってことでしょうね。だから、魔法少女の力に耐性があるのよ。使い魔は、もとは人間でも、妖魔の使い魔だからね。妖魔の特性があるけれど、耐性までは引き継いでいないってことでしょ」
「なるほど。そういうことですか!」
「気をつけなさい。一度、攻撃が効かなかった経験があると、それがトラウマとなって次も失敗……」
「つまり、魔法少女すら屠れる力を身に着ければいいということですね! 任せてください! 月の騎士として、この心春が、必ずやり遂げて見せます!」
「………………間違って、仲間の魔法少女も一緒に屠ったりしないようにね……」
一度失敗したトラウマが原因で、次も華月への攻撃を失敗しちゃうんじゃ? という、雪白の心配をバッサリと薙ぎ払って、心春は一人だけ立ち上がって拳を握り締めている。なんか、目の奥で炎がゴーって燃え盛っているのが見えたよ。
すみません、雪白さん。この子、そういう繊細さとは無縁だと思います。
見た目は、大人し気な妹系なのに、中身はとんだデストロイヤーだよね。
「…………大丈夫そうだけど、別の意味で大丈夫なの? この子?」
あたしに聞かないでください。雪白さん。
いや、もちろん。
対華月的には大丈夫だと思いますけど。
あたしたち的には、全然大丈夫じゃない……んじゃないかなー、と思います…………。