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第81話 式神と魔法少女

「さあ、月下美人げっかびじんさん! 星空ほしぞらさん! お二人で、遠慮なく座っちゃってください! あ、私はいつものペンギンバルーンで行きますから、お気になさらず! お二人で空の旅を楽しんでください!」


 アジトの外で、満面の笑みを浮かべた心春ここはるが指示した先には、真っ白い空飛ぶベンチがあった。色とりどりの花で飾られた白いベンチが、地面の上をぷかぷかしている。

 頼んだわけでもないのに、なぜか勝手に気をきかせてくれたのだ。

 自分以外の女子とあたしをどうにかしようとするのは、いい加減止めてほしい。

 げんなりしつつも、どうしますかというお伺いの意味を込めて隣に立っている月下さんの顔を見上げて、あたしは固まった。


「え? 月下さん? どうしたんですか?」

「………………ふ、二人とも、あのね? 私は歩いていくから、二人は気にせず空からついてきて?」


 月下さんは真っ蒼な顔を引きつらせていた。しかも、額に汗が浮かんでいるような?

 あれー? もしかして、月下さん。高所恐怖症とかなのかな?

 だったら、みんなで歩いても……。


「大丈夫ですよ、月下美人さん! 星空さんがついています! すべて星空さんにゆだねるんです! さ、星空さん、月下美人さんと手を繋いであげてください! 安心させるために!」

「え? わ、分かった」


 歩いて行こうって提案しようとしたんだけれど、心春の熱気に押されてよく分からないまま月下さんと手をつなぐ。

 月下さんは、一瞬ビクッとしたけれど、振り払ったりはしなかった。ほっ。


「それじゃあ、行きましょう! えい!」

「きゃ?」

「わ!?」


 あたしと月下さんの前に立った心春が、両手を突き出して、あたしと月下さんの胸のあたりをドンと押す。

 後ろに転ぶかと思って慌てたけれど、そうはならなかった。

 背中とお尻に何かが当たって、椅子に座っているような状態になる。

 何が起こったのかは、なんとなくわかった。

 心春の「えい!」に合わせて、目の前で浮かんでいた空飛ぶベンチが姿を消したからだ。月下さんがベンチに座るのを待っていても埒が明かないと思ったのだろう。あたしたちを後ろに突き倒すと同時に、ベンチを移動させたか新しく作り直したかしたのだ。ちょうど、あたしと月下さんの真後ろの位置に。


「~~~~~~~~っっっ!!??!!??」


 月下さんの声なき悲鳴が聞こえてきた。

 まあ、それも仕方がないだろう。

 高所恐怖症なのに、空飛ぶベンチに無理やり座らされてしまったのだ。しかも、ベンチはすでに宙に浮かんでいる。チラリと足元を見ると、あたしよりも長めの月下さんの足も、地面から数センチほど離れていた。

 そして、おまけに。勝手に飛び降りたりしないように、小花が咲き乱れたツタっぽいものがシートベルトよろしくお腹の辺をがっちりガードしているのだ。


「フラワーベルトもばっちりの安心設計ですから! 吊り橋効果も見込めそうですし、ロマンチックな空の旅、堪能してくださいね!」


 うきうきとした声で勝手なこと言いながら、心春もペンギンバルーン付きの空中ブランコに座る。

 花で飾られた白い空中ベンチなんて、確かに少し前のあたしなら目を輝かせたかもしれなけれどさ。今は、ロマンチックと言うよりも、ホラーチックにしか感じられないんだけど。

 一緒に旅をしていた、某フラワーでアレンジされちゃった系魔法少女を思い出しちゃうっていうかさ。いつの間にか、いなくなってたけど。心春も月見サンも何も言わないからあたしも何も言わなかったけど。まあ、たぶん、月華の後をついて行ったんだろうし。特に、心配もしてないけど。

 あれな感じのあの子のことを思い出すから、フラワーベルトはホント止めてほしいんだけど。なんかあれなことが起こりそうで、安心設計どころか恐怖設計なんですけど。


「それじゃ、出発しましょー!」


 それぞれの理由で青ざめているあたしたちに気が付いているのか、いないのか。

 心春の高らかな宣言に合わせて、空中ベンチは遊園地の絶叫系アトラクション並みのスピードで急上昇を始めた。

 当然のごとく、悲鳴が響き渡る。

 もー、心春―――!

 月下さんが、かわいそうでしょー!

 あと、操縦! 操縦はあたしにやらせてほしい!

 フラワーアレンジなベンチに心春の操縦とか、嫌な予感しかしないんですけど―――!




 ――――――――で。


 なんで、この三人でお出かけすることになったのかというと、だ。


 月下さんの「サトーに会いに行く」発言を聞いた月見つきみサンが、ちょー張り切って仕切りだして、なんか気が付いたらそういうことになっていたのだ。

 妖魔が怖くて絶賛引きこもり中の夜咲花よるさくはなは、最初は滅茶苦茶不安そうにしていたけれど、お出かけするのがあたしと月下さんと心春の三人(ちなみに決めたのは月見サンだ)と分かると、少しほっとしていた。どうやら、一人だけでお留守番をしなきゃいけないのかと思ったらしい。

 とはいえ、それもほんの一瞬のこと。今回、問題となっている妖魔・華月かげつには、魔法少女の魔法は効かない。それを思い出した夜咲花は、再び不安に襲われて、半泣きの顔で月下さんと月見サンを縋りつくように見つめている。いや、実際、月下さんには縋りついていた。

 月下さんは、あたしたちと違って、月華つきはなと契約をして魔法少女(という名の使い魔)になったわけじゃない。地上にいた頃からオカルト的な力が使えた、生まれながらの魔法少女なのだ! いや、陰陽師だっけ? ん? 美少女霊媒師?

 えーと、まあ、とにかくそんな感じで、あたしたちでは歯が立たなかった華月だけれど、月下さんなら対抗できるかもしれないのだ。

 それもあって、夜咲花としては、月下さんにはアジトに残っていてほしいんだろう。

 夜咲花がかわいそうになってきて、あたしがサトーさんを探してアジトに連れてくるから! って言おうかと思ったけれど、月見サンは、笑顔で夜咲花を丸め込んだ。

 丸め込んだなんて人聞きが悪い、とか月見サンには言われそうだけど、後から考えてもあれはやっぱり丸め込んだんだと思う。

 ちなみにこんな感じだった。


「大丈夫だって、夜咲花ちゃん。もし、例の妖魔が現れても、あいつ空は飛べないはずだから、あたしの空飛ぶほうきの後部座席に乗せてあげるからさ」

「う、でも。もし、飛べるようになってたら?」

「その時はー、逃げながら月華を呼べばいいんだよ! きっと、来てくれるから!」

「え? でも、迷惑じゃ……。月華の邪魔は、したくないし……」

「迷惑なんかじゃないって! それに、月華は、その妖魔を探しているんだからさ! むしろ、月華の役に立ってるって!」

「月華の……役に?」

「そっ。あちこち探しまわる手間が省けて、月華も大助かりだって!」

「そ、そっか。月華の、ために……。わ、分かった。みんなとお留守番、してる! 月下、行って来て!」


 ね?

 丸め込んでるよね、これ。

 ――――とーゆわけで、回想終わり。




「さて! この辺りでしょうか、月下美人さん!?」

「…………ええ、ここで、間違い、ないわ。だから、早く、下に、降りましょう?」

「え!? もう、ですか!? まあ、でも、仕方ありませんね! 吊り橋効果もあまり見込めないみたいですし、地面に降り立った安心感から……というのを狙った方がいいかもしれませんね!」


 見覚えのある荒野の上空で、ベンチとブランコはキキッーピタって感じで止まった。あ、実際にはキキーッとはいってないです。あくまで、イメージです。念のため!

 で、ベンチとブランコが止まった場所は、前にサトーさんに出会った、あの荒野だった。たぶんだけど。

 吊り橋効果を狙ったのか何なのか、コークスクリューな感じの心春のベンチさばきに、月下さんは息も絶え絶えになっていた。

 ここは、月下さんと月見サンに聞いた、アジト周辺のサトーさん出現ポイントの一つなのだ。つまり、“道”だっけ? それのある場所だ。

 “道”っていうのは、オカルト的な、術的な感じの近道? うん、そんな何か、らしいです。

 あたし的には、“道”っていうよりも“ゲート”って感じのような気がしたけど。なんかね。黒くて大きな楕円が突然現れて、その楕円の中からサトーさんが出てきて。で、また別の楕円の中へ消えていったんだよね。たぶん、その黒い楕円の向こうに“道”があるってことなのかなー? と思ってはいるんだけど。どうなんだろうね?

 で、まあ。そのサトーさんが使っている“道”の近くで待ち伏せしちゃおう、というのが月下さんと月見サンが立てた今回の計画なんだけどね。


「ここで待っているだけで、本当に大丈夫なんですかね?」

「うん……。サトーさんは、常にアジトの様子を伺っているから、待ってればその内現れるって、月下さんと月見サンは言っていたけど……」


 ベンチと向かい合う形でブランコに腰掛けている心春に、あたしは力なく笑った。

 月見サンはともかくとして、月下さんにしては、大雑把すぎる作戦のような気がする。

 それに……。


「常にアジトの様子を伺っているって、サトーって人は、魔法少女の誰かのストーカーとかなんでしょうか!? だとしたら、割とすぐに現れそうな気がしますけど! そうだとしたら、月下美人さんが話を聞き終わる前に、うっかり殲滅してしまいそうです!!」


 うん。それね。あたしも思った。

 まあ、魔法少女の誰かっていうよりは、月下さんの……だと思うんだけど。

 前に会った時も、なんか月下さんのことだけ、なんていうか、こう。悪者、みたいに言ってたんだけど。でも、それって。

 もしかして、サトーさんは。

 それに、それって、月見サンがやたらと張り切って月下さんのお出かけを推し進めたのと、関係している……ような、そうでもないような?

 うーん、分かんない。


「大丈夫。来るわ。知らせを出したからね」

「知らせ、ですか?」


 ベンチが地面に降りたことで、落ち着きを取り戻した月下さんが、激しい空中飛行で乱れた髪を直しながら囁くように言った。まだ、本調子じゃないからなんだろうけど、その喋り方、フラワーな感じのあの子を思い出すから、早くいつもの調子を取り戻してほしい。切実。


「式を飛ばしたのよ。術的な知らせ、というか、呼び出し。まあ、分かりやすく言えば、電話……いえ、電報かしら?」

「し、しき……?」

「星空さん、星空さん! あれですよ! 式神ってやつですよ!」

「し、式神?」


 聞きなれない単語に首を傾げていると、心春がひそひそとあたしに解説してくれた。

 あー、えーと。オカルト系のマンガとかアニメとかで、聞いたことがあるような?


「えーと、つまりです! 分かりやすく言うと、折り紙に手紙を書いてからツルを折って、そこに命を吹き込んで、伝書鳩のように相手に飛ばすんですよ! 大体、そんな感じです!」

「な、なるほどー」

「……………………ま、まあ。星空が分かりやすいなら、そういう解釈でもいいわ」


 そういうことかー、とあたしは納得したんだけれど。

 月下さんは、なんか渋い顔をしているな?

 渋いというか、釈然としない顔をしているな?


 ま、まあ、とにかく。

 サトーさんには連絡がいっている、ってことだよね?

 うん、じゃあ、それでよし!

 この話は、これで終了!

 ね?


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