「闇底に墜とされた私たちはみな、百合神様の末裔なのです!」
握りしめた拳を胸の真ん中にドンと当てて、
この話、長くなるのかな?
もうすでに、意味が分からんのですが?
「そう! 闇底とは、百合神様が真の乙女たちの楽園を創ろうと、新たに創造された世界! 本来は、闇底ではなく花園とでも呼ばれるべき世界なのです!」
あー。青空とお花畑と可愛い系の妖魔がいる世界とかは、ちょっといいな。癒されそう。
そう言えば、もうずっとお日様の光を浴びてないなぁ。
でも、なんでだろ?
そんなに、お日様が恋しいとかは思わないんだよね?
もうすっかり闇底の水に馴染んでしまったということなんだろうか。
「私たちは、百合神様に選ばれたのです! 百合神様の創った花園の住民として相応しい乙女であると認められて、ここに召喚されたのです!」
それが本当なら、なんて迷惑な。
「ですが、それを快く思わないもの達がいたのです! 地上から乙女たちが奪われることを良しとしないもの……。すなわち、汚らわしき男神たちです!」
神様に対して、汚らわしいとか……。
祟られるよ?
まあ、闇底市場であった黒くてブヨブヨした元神様とかは、まあ……。いや、でも。あれも別に、汚らわしいとまでは……ねえ?
「古来より日本では、汚らわしき男神への供物として何人もの清らかな乙女が生贄として捧げられ、その純潔を散らしてきました」
あー……。日照りを何とかしてほしかったら、領主の娘(大体、評判の美人さんとかだよね? やっぱり神様も美少女がお好きなのかな)だかを花嫁として寄越せとか、そういうのだよね? うちの村にも、そういうのあったなぁ。竜神様が住んでる池だか沼だかに、花嫁に選ばれた乙女が身を投げるとかなんとか。
…………。た、ただの昔話なんだよね? ね?
どうやら世界には神様が本当にいるらしいし(黒ブヨとかね)、うちの村にも本当に竜神様がいた可能性、あるよね? 今もいるのかは、知らんけど。でも、だとしたら、もしかして本当に女の子が、池だか沼だかに……?
え、ええ!?
い、いや、本当に竜神様がいて、本当に花嫁になって幸せに暮らしてるなら、それはそれでいいんだけど。もし、もし……ゴクリ。や、やめとこ。知ったところで、地上にはもう戻れないわけだし。怖いこと考えるのは、やめとこ。
「そして、闇底に蔓延る妖魔たち……。やつらの正体は、地上の男たちの穢れた、浅ましき欲望の塊! 男神によって、闇底に送り込まれた欲望が妖魔という形をとり、乙女たちを脅かしているのです!」
「そうなの?」
「いや、知らねーよ。俺に聞くな」
紅桃はねー。見た目は、儚くも可憐な極上美少女だけど、実は男の子だからね。まあ、でも、聞かれても困るよね、そんなこと。てゆーか、『その通りだ』とかその見た目で言ってほしくない。あたしの心がダメージを受ける。
あと。そんなに声を潜めなくても、たぶん今の心春には聞こえないと思うよ。
「カケラとは、妖魔に喰われて散った乙女たちの涙が結晶化したもの……。カケラを取り込んだ妖魔が変容するのは、カケラに込められた乙女たちの純粋な思いに触れたから。ある妖魔は、その思いに反発し暴走した結果、今まで以上に危険な妖魔へと変貌した。そして、ある妖魔は、乙女の想いに触れたことで欲望が浄化され、乙女たちに愛されるマスコット系妖魔へと生まれ変わった。そう考えれば、すべての辻褄が合います! ああ、浅ましき男たちの欲望へも慈悲の心を与える百合神様、なんとお優しい! 再び乙女たちに牙を剥くときは、もちろん容赦なく殲滅しますが、乙女の心を癒すマスコットとして存在するだけなら、まあ百歩譲って更生の機会を与えても、ええ、百合神様がそう仰るなら! もしもの時は、もちろん、一切躊躇いませんが!」
一人で勝手に苦悩しはじめた心春は置いておいて。
その説、なんかちょっと分かりやすいかも。
や、やばい。
このままでは、心春に洗脳されてしまう。
「闇底に蔓延る妖魔たちを殲滅すれば、百合神様の楽園は完成するのか? いいえ、残念ながら、そうはなりません。地上に浅ましく下劣な男たちと男神が存在する限り、どんなに妖魔を殲滅しても、どんどん新たな妖魔たちが送り込まれてくるからです! そう、すべては男たちがこの世に存在するせいなのです! かといって、地上に戻れないとあっては、男たちを殲滅するわけにもいきません! それが、一番手っ取り早いのに!!」
悔しそうに唸る心春。
紅桃が微妙な顔で、あたしたちを順番に見回していく。
声には出さないけれど瞳にはっきりと浮かんでいる紅桃の願いを、あたしたちはみんな正しく読み取り、力強く頷いた。
うん。大丈夫。紅桃が本当は男の子だってことは、
「ですが、我慢です! 百合神様ならば、地上に赴いてゴミどもを殲滅することも容易いというのに、それをしないのは百合神様が慈悲深きお方だから! そう、闇底を乙女たちの花園にしようとしたそのことこそ、百合神様がお優しいお方だから! 地上のゴミどもを殲滅するのはたやすいのに、そうすることはせず、乙女たちの新しい世界を創ろうとなさった! それなのに、そのお心も分からず欲望を滾らせる浅ましき男ども、許すまじ!」
地上のゴミどもって……。
「ですが、みなさん、ご安心ください! そう! この闇底の世界が完全な世界となれば、汚らわしき地上との繋がりは完全に絶たれ、真の花園が完成するのです! そう! 百合色の光の溢れる完璧にして美しき世界が!!」
百合色って、どんな色?
本物の百合の花は、白とかだった気がするけど。なんだろう。禍々しい世界が誕生する気しかしない。
「では、どうすれば闇底は完全なる世界となるのか? 答えは簡単です! すべては、闇底の真のヒロインである星空さんにかかっています!」
は!?
やめろ! あたしを巻き込むな!
みんなも、あたしを見ないで!
知らない! あたし、無関係! 無関係だから!
「
そこまで語り終えて、心春は心春の脳内にだけ存在する楽園へと旅立った。
みんなが。みんながあたしを深い同情を込めた眼差しで……!
やめて、そんな目で……いや、待てよ? 同情されてるってことは、あたしのことを心春の同類だと思ってるわけではないってこと? ってことは、よかった……のか?
「キノコは、咲き乱れるっていうのかしら?」
「そこ? まあ、心春ちゃんの脳内では咲き乱れてるんじゃない? 常に」
心春のオンステージが終了したことで、アジト内に充満していた謎の熱気がふっと掻き消えた。途端に、いつも通りの雑談が始まる。
月下さんと月見サンの会話を聞き流しつつ、あたしはカップの中に残っていた紅茶を一気に飲み干した。
ふー。
なんか、無駄に疲れた。
「なんか、すごかったな」
「うん。絶対に違うはずなのに、もう頭の中にはあの子の百合神説しか残ってない……」
「俺も……。もう、それが本当なんじゃないかって気がしてきてる。恐ろしいな、百合神」
夜咲花と紅桃の会話に混ざろうって気も起きないよ……。
まあ、起きるも何も。
みんな、あたしからわざとらしく視線を逸らしてるんですけど。
これは、ハブられてるの? それとも、気遣いなの?
星空ヒロイン説を追及されないのは助かるけども!
そこを、いじられるのも嫌なんだけども!
ジトッとした目でみんなを見ていると、月下さんが気まずそうに咳ばらいをしてみんなの注目を集めた。
「んん。ひとまず、百合神のことは忘れましょう」
月見サンとあたしがすかさず頷き、夜咲花と紅桃が一拍遅れて頷く。
ちょっと、二人とも?
まさか、本当に心春に洗脳されちゃったわけじゃないよね?
心春2号・3号になるのだけはやめてね?
大体、紅桃は男の子なんだから、丸め込まれたらだめでしょ? 殲滅されちゃうよ?
まあ、丸め込まれなくても男の子だってばれたら殲滅されちゃうかもだけど。
「なかなか、面白い話ではあったけれど、さすがにそれはないと思うわ」
「あたしは、星空ちゃんの本命が気になるぅー」
「な、なに他人事みたいにいってるんですか!? アジトに帰る前までは、月見サンがその本命扱いだったでしょ!?」
「あははー。まあ、それはそれだよー」
すっかり空気が緩んだ中、月下さんだけが口元に人差し指を当てて何やら考え込み始める。緩んでいた顔が、段々真剣味を帯びていく。
どうしたんだろう?
そんなに、百合神説が気に入らないのかな?
いや、別にあたしも、気に入ってはいないけど。
「やっぱり、誰かほかの術者と意見を交換したいわね……」
雑談を続けつつも、月下さんの様子を気にしていると、当の月下さんがポツリと呟いた。
みんな、雑談をぴたりと止める。
そのまま少し考え込んだ後、月下さんはあたしたち……の中でも主に夜咲花を見ながら宣言した。
「月華たちが帰って来る前に、サトーに会いに行こうと思うの」
「え?」
「ええ?」
宣言を聞いて、夜咲花と月見サンが同時に驚きの声を上げる。
でも、声に宿る響きは、まったく正反対のものだった。
夜咲花の声には、恐怖と不安がにじみ出ていた。
そして。
月見サンの声は、喜びに満ち溢れていた。
夜咲花、は、分かる。けど。
月見サンのそれは、なんで?
何が、そんなに嬉しいの?