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第79話 月下美人の考察

 魔女さんからのお土産のケーキは、ちゃんと人数分あった。

 ちゃんと、と言うのは。

 心春の分も入っていた、と言うことだ。


 魔女さん…………。

 いい人。


 そんなわけで。

 魔女さんの優しさのおかげで。

 ケンカになることなく、みんなでお茶とケーキを楽しむことが出来た。

 お茶の用意をしている間は賑やかだったのに、ケーキを味わっている間は、みんな無言だった。ケーキのあまりのおいしさに、スイーツパラダイスにトリップしていたのだ。

 ひとかけらも残さずに食べ終えて、それでようやく。

 あたしたちは、人の言葉を思い出した。


「はあ、ごちそうさま。このまま、まったりしたいけれど、そういうわけにもいかないわね」

「だねー……」


 みんなは、まだうっとりと目じりを緩ませている。

 けれど、真っ先に「ごちそうさま」をしてフォークを置いた月下げっかさんは。

 甘い余韻を、すっかり振り払っていた。

 いつも微笑みを絶やさない瞳は、今はキリリと引き締まっている。

 甘いものを食べたばかりなのに、いつも以上に甘さがない。

 取り入れた甘さは、どこへ消えてしまったのだろう……?


「世界は球形をしている。世界はいくつもあるけれど、本来、異なる世界間は行き来できない。けれど、闇底は、なりそこないの世界であり、それがゆえに例外的に地上と繋がっている。世界を創ったのは魔女であるが、それはあの洞窟に住んでいる魔女ではない。カケラとは、何かの誰かの、世界のカケラである……」

「何、言ってるのか、さっぱり分かんねーな」


 唇に人差し指を当てて、月見つきみサンから聞いたと思われる魔女さんの話を一つひとつ確認するように並べていく月下さんを、紅桃べにももがあっさりと薙ぎ払った。

 いや、この場合、薙ぎ払われたのは魔女さんってことになるのか?


「世界は、お昼寝をしていればいいと思う! ルナもお昼寝、したい!」

「おー、好きにお昼寝していていいぞー」

「そうする! お休み!」


 これから難しい話が始まることを察したのか、それともこれからの話に興味がないからなのか。お昼寝を宣言するルナに紅桃が許可を出すと、ルナはココを引っ掴んで板の間にごろんと横たわって、あっという間に寝息を立て始めた。

 は、早いな。


「ルナは結構勘が鋭いところがあるから、話の中で何か気づくこともあるんじゃないかと期待していたんだけど……」

「んー、興味なさそうだし、無理じゃね?」

「まあ、そうね。仕方ないわね」


 月下さんは、話が始まって早々に夢の世界に旅立ったルナを残念そうに見つめていたけれど、紅桃にバッサリされて、諦めたような苦笑をもらす。

 まあ、ルナの中では魔女の話イコール、世界はお昼寝をしているってことになってるみたいだし。他のことは、頭に届いてないんじゃないのかな?

 お昼寝の話は、出来ればすっぱり忘れてほしいんだけどね。


「月下……は、どういう意味なんだと思う? 魔女のセリフを覚えてきたのはいいけど、正直あたしも、さっぱり意味わからんのだよねー」


 スイーツパラダイスの余韻から抜け出した月見サンが、ちゃぶ台に頬杖をついて月下さんに尋ねた。名前の後に、妙な間があったのは、なんでだろ? そう言えば、月見サン、アジトの外では『月下ちゃん』って呼んでたような? あ、月下さんに、ちゃん付けはやめてって言われてるのかな?

 たぶん、きっと、そうだな。


「うーん、そうねぇ。魔女の言う球形……というのが、術式的なことなのか、それとも物理的な……何かの装置の形を差しているのかは分からないけれど、つまりこの闇底は何者かによって創られた箱庭的な世界である……ということではないかしら?」

「じゃ、なりそこないの世界っていうのは、どういう意味?」


 あたしが余計なことに思いを馳せている間にも、月下さんと月見さんはポンポンと話を進めていく。


「ううん、この世界が不安定という意味かしら? それとも、闇底を創った何者かの理想とした世界とは違う、理想には及ばない……という意味なのかしら?」


 二人以外の話し合いに参加しているメンバーは(よーするに、ルナ意外ということだけど)、ポンポンと行き交う会話に合わせて、顔を行ったり来たりさせる。


「何者かっていうのは、元神様の言っていた魔女のことなんだよね? 洞窟に住んでいる自称魔女のことかどうかは置いといて。闇底の元神様は、魔女の方が自分より格上みたいなこと言ってたけど?」

「魔女……という名の由来はよく分からないけれど。これだけの世界を創れるということは、神と同等の存在…………いえ、日本で祀られている神とは別の系統の神……つまり、異国の女神……的な存在……なのではないかしら?」

「あー……。神様よりも魔女の方がすごいって、どういうこと?――って思ってたけど、なるほど。魔女っていうのは、蔑称っていうか、異国の女神様だからそう呼ばれているのか。余所者だから、素直に神とは認められないけれど、只者ではないのは確かだし、それじゃあ、あいつは“魔女”ということにしよう、みたいな? 魔女じゃなければ、異国の邪神とか言われてたのかもね」


 話しながら、月見サンはチラッとあたしの方を見た。

 え、何ですか?

 その、この言い方なら、あたしにも分かるかな?――みたいなのは!

 たぶん、なんとなくは、分かったと思います。

 えっと、力は認めるけど、仲間とは認められない、みたいな?

 だから、同じ神様の仲間には入れなくない、みたいな?

 つまり、神様は心が狭いってこと……?

 …………ん?

 本当にこれ、合ってる?


「まあ、そんな感じなのかもしれないわね。魔女の方が格上のようなことを言っていたのは、実際、異国の女神である“魔女”の方が、神格が高いということかもしれないし、単に闇鍋の元神が神性を失ったことでかつての力をも失くしてしまったから……という可能性もあるわね。地上にいた頃は、同等の力を持っていたのかもしれないわ」

「ま、どっちにしろ、今は闇鍋の元神様よりも“魔女”の方が強いってことなんだよね?」

「まあ、ざっくり言ってしまえば、そういうことになるんでしょうね」


 月下さんは、天井を見上げながらそう言った。


「じゃあ、洞窟の魔女についてはどう思う?」

「そうね、女神に仕える巫女のような存在、なのかもしれないわね。カケラを集めるために、女神から何がしかの力を与えられているのかも……。話を聞いた限りでは、その子、私よりも力がある…………。私だけでなく、恐らく……いえ、何でもないわ」


 何かを言いかけて、月下さんはふるりと首を横に振った。柔らかそうな長い髪の毛が、首の動きに合わせて揺れる。

 何を言おうとしたんだろう?


「じゃあ、次。カケラについて。月下の話を聞いて思いついたんだけど、カケラを集めているのは、なりそこないの闇底を、異国の女神さまが言うところの完全な世界にするために必要だってことなのかな? カケラが何かは、よく分からないけど、全部集めて、集めたカケラをどうにかすれば不完全だった闇底が完全になる……とか?」


 つ、月見サンまで何か意見を!

 ど、どうしよう? あたしも、何か言った方がいいのかな?

 でも、何を言えばいいの?

 話を聞いているだけで、精一杯なんだけど!?

 てゆーか、あたしがこの話し合いに参加する意味は本当にあるんだろうか、とか思いはじめてるんだけど!?

 後で、大事なところだけサクッとまとめて教えてほしい!


「そうね。今ある情報からでは、私もそれしか思いつかないわ。カケラが何なのかについては、とりあえずのところは保留かしら? 世界のカケラ……というだけなら、闇底を創るときの触媒…………そう、例えば、力を宿した水晶玉を触媒として用いたのだけれど、それが砕けてしまい、結果、闇底は不完全な世界となった。闇底には砕けた水晶玉のカケラが散らばってしまったけれど、それを集めて修復のための術式を施せば、闇底は完全な世界となる……。これなら、辻褄が合うかと思ったのだけれど。誰かのカケラ、何かのカケラ、という言葉が気になるのよね。どういう意味なのかしら?」

「カケラを飲み込んだ妖魔に、魔法が効かなくなっちゃったのは……、まあ、月下の言う通り世界を創るような術の触媒に使ったもののカケラなら、どんな力を秘めていてもおかしくないかー」

「ええ。取り込んだ妖魔を変容させるとのことだけれど、その効果は一定ではないようだし、副作用的なものなのかしら? その辺は、洞窟の魔女に聞いてみたかったわね」

「たはー。それについては、面目ない。こっちからは、全っ然、質問とか出来なかったやー」


 月見サンが大げさな仕草で、片手を後ろ頭に当てながら謝った。

 いや、魔女さんの一方的なトークになっちゃったのは、月見サンのせいではなくて、心春ここはるのせいだけどね?

 本来、反省すべき人のところへ視線を投げかけ、あたしは固まった。


 いや、だって。

 心春さん?

 やけに大人しいな、と思ったら。

 どうして、そんなに瞳孔を広げて、どこかイッちゃった顔をしちゃってるんですか?

 え? 今の二人の話に、そんな要素、あった?

 あ、あれか?

 息が合いすぎの二人の会話に、ですか? 他のみんなが口を挟む隙の無い二人の世界になっちゃった的な感じですか? 心春的に?

 いつもなら、とっくに何か意味の分からんことを叫んでるところをそうしないのは、二人の邪魔をしちゃいけないからとか、そういう感じですか?


「気にしなくていいわよ。聞いたところで、答えてもらえたかどうかは、分からなかったんじゃないかしら?」

「あー、うん。それは、そうかもー。答えたくないことには、黙秘……か、はっきり答えられないとか言いそう」


 心春の様子に気が付いていない、月下さんと月見さんの二人は、会話のラリーを続けている。だけど、二人だけの世界が完全になる前に、心春が突然、立ち上がった。

 何やら、拳を握りしめている。

 耳をふさぐべきだろうか?

 迷っている内に、意味の分からん演説が始まった。


「素晴らしいです! 月下美人げっかびじんさんのおっしゃる通りだと思います! そうですよ! この闇底は、女神さまの創った、今はまだ不完全な世界! ですが、失われたカケラを集めることで、闇底は真の楽園となるのです!」


 みんなが(ルナを除く)『いきなり、何言ってんだ、こいつ』って顔で見上げているのには全く気付かずに、心春は熱のこもった声で断言する。


「間違いありません! 私は、確信しました! この闇底を創った女神様こそ、百合神様に違いありません!!」


 ………………ホントに何言ってんだ、こいつ?


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