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第78話 世界だって、お昼寝したい!

 洞窟の魔女にお土産をもらって、アジトに帰ると。


 儚くも可憐な絶世の美少女が、あたしたちをお出迎えしてくれた。


 薄茶色のショートカット。フルフルの睫毛はくるんくるん。くっきりとした二重まぶた。黒目勝ちでウルウルの瞳。何にも塗ってないはずなのに、チェリーピンクでツヤプルの唇。

 そして、もう、なんていうか。触ったらほろほろって崩れていなくなっちゃいそうな可憐さなのだ。これそ、真の妖精系美少女ですよ!

 いつまでも、鑑賞していたい。

 儚くも可憐な妖精美少女は、衣装の方はシンプルにスポーティー。

 黄緑色のシンプルなショートパンツタイプの魔法少女ルック。両方の腰脇の濃い緑のボタンで、腰の後ろのふわっとした被い布を止めているのが、若干の女の子らしさを主張している。立ち姿のシルエットでは、ミニスカートを穿いているようにも見えるのだ。今は、座っているけど。

 うん。座っている。

 いや、座っているのはいいんだよ? いいんだけど。

 問題は、座り方だ。


 大胆におっぴろげた足を、はしたなくも板の間に投げ出した格好でのお出迎えですよ。

 可憐さに、裏切られた!


「よっ。お帰り、星空! 迷子にならずに無事に帰れて、よかったなー!」


 そんなあたしの気持ちをよそに、可憐な妖精美少女は、片手をあげて、やんちゃな少年のような笑顔を浮かべる。

 まあ、少年のようなも何も。実際、男の子なんだけどねー。

 そう、紅桃べにももは。

 アジト一の可憐系美少女にして、実は男の子なのだ。


「ただいまー。紅桃も帰ってたんだね。あ、そだ。お土産もらってきたよー」


 あたしは、可憐さに一人で勝手に裏切られてモヤッとしちゃった気持ちを押し隠し、魔女にもらった紅茶の入った箱を掲げて見せてから、板の間に上がって、ちゃぶ台の上に箱を置く。

 箱を置いて。

 今か? 今か?

 と、後ろにいる心春ここはるの気配を伺う。

 だって。あの心春だからね。

 男は世界の敵で、女の子同士のあれやそれや最高!――の心春だからね。

 男の子だけど、見た目だけは妖精級に可憐な美少女である紅桃を見て、妄想を爆発させないわけがない。紅桃が男の子だってことは、まだ話してないし。話したら、殲滅とか言いかねないので、今後も話すつもりはないけれど、ね。

 こんな美少女を目にしたら、一体、何を言い出すことやら……。

 と、内心ビクビクしていたわけなんですが。


 ん? んん?


 なんだ? どうした? 

 やけに静かだな? どうして、何も始まらないんだ?


「なー、星空ほしぞら? あいつ、どうしたんだ? 俺の顔見て、いきなり固まっちまったんだけど?」

「へ?」


 鼻の横をポリポリしながら、困ったような顔をする紅桃。

 困ったような顔は可愛いけど、お鼻ポリポリは出来れば止めてほしい。

 じゃなくて、心春だよ。

 紅桃を見て心春がおかしくならないなんて、具合でも悪いんだろうか?

 ちょっと、心配になって振り返ってみる。

 心配の方向性についてはこの際、置いておく。


「心春? 大丈夫?」

「………………………」


 うん。大丈夫じゃなかった。

 大丈夫じゃない方向に、大丈夫じゃなかった。


 衣装は妖精風の魔法少女心春さんは、開いた瞳孔で紅桃をロックオンしたまま、フリーズしていた。

 これは、あれだな。

 具合が悪いのは頭であって。そして、それは、いつのもことであって。

 つまり、だから。


 紅桃のあまりの可憐さに脳髄がショートしてフリーズしちゃったってことかな。

 まあ、正気に戻っても(あれを正気と言っていいものかどうかは置いておいて)面倒くさいだけなので、しばらくそのままで!



「はーい。じゃ、これも、お土産―。夜咲花よるさくはなちゃんたちは、錬金部屋かなー?」

「おう。ルナとあの子ギツネも一緒にな。一段落したら、戻ってくるだろ。…………で、このカード、なんだ? 球形……? ケーキの形のことか?」


 ある意味安定の心春のことは放置して、月見つきみサンもちゃぶ台の上に魔女からのお土産パート2をのせる。箱の形と甘い匂いで、中身が分かっちゃった紅桃が、不思議そうに箱の上に載っていたカードを取り上げる。

 いつものごとく落ち着いた微笑みを浮かべて成り行きを見守っていた月下さんの視線も、カードに注がれている。

 ちょ、月見サン、捨てちゃってくださいよ。そんなの!


「あー、それがねー」


 月見サンが笑いを堪えながら、魔女の部屋で聞かされたことを話し始める。

 魔女のお部屋で聞いたことと、それからお部屋から退場させられた後のことを。


「休憩って、そっちかよ!」

「…………星空らしくて、いいんじゃ、ないかしら?」


 あたしの『世界はお昼寝中』発言の後、突然手の中に現れたお礼の品に挟まれていたカードがこれ!――って、月見サンがカードを取り上げて二人に見せつけるように掲げたところで、紅桃は可憐な美少女にあるまじき大爆笑をし、月下さんはかろうじていつも通りの保々詠美を湛えつつも、腹筋をプルプルさせている。


「やー、星空ちゃんといるとー、意図せずして腹筋が鍛えられるよねー」

「………………」


 そういう月見サンも大笑いをはじめ、月下げっかさんはそっとうつむいて、腹筋だけでなく全身をプルプルさせている。

 いっそもう、思い切り笑い飛ばしてほしいんですが。


「おかえりー。帰ってたんだね。ていうかさ。何があったの?」

「みんなだけ楽しそうで、ズルイ! ルナも! ルナも仲間に入れて!」

「お、おかえりなさい?」


 騒ぎを聞きつけたのか、ちょうど区切りがついたのか。

 錬金魔法にいそしんでいたはずの夜咲花とアニマル系魔法少女のルナと、それからココが、そろって板の間の方へやって来る。

 ルナは中身の方は、ちょっと幼いって言うかいろいろつたない(このあたしから見ても)感じがするけど、体の方はすっかり大人と言うか。健康的な素晴らしい凹凸を、白いTシャツとデニムのショートパンツから惜しげもなくさらす、猫耳猫しっぽ付きのアニマル系魔法少女だ。肩口までのちょっとバサッとしたワイルドヘアーがまたよく似合っている。

 タイプの違う美少女の登場に、正気に戻った心春がどう反応するだろうかと心配していたら、さっそく背後から心の叫びが聞こえてきた。


「アニマル! せくしー! ワイルド! はうっ!!」


 魂の叫びに続いて、何かが倒れるような音が聞こえてきたけれど、あたしは振り向かない。

 絶対に、振り向かない。


「あ、あれは心春ちゃんの趣味だから! そっとしておいてあげてねー」

「なんだ、そっかー。分かった! ルナ、そっとしておく!」

「………………」


 みんな何事かと、心春に注目したけれど。

 月見サンの雑なフォローに、ルナはあっさりと納得し。さすがに驚いて笑いの発作が止まってちょっと心配そうにしていた紅桃は、天井を見上げて少し何かを考え込んだ後微妙な顔で頷いてそっと心春を視線から外す。

 月下さんと夜咲花とココは、二人よりは免疫があるからか、あたしと月見サンが放置の姿勢を貫くと分かると、やっぱりあっさりと心春から関心を失くしていく。


 そして、何事もなかったかのように、月見サンが夜咲花たちにさっきの話を繰り返すと。

 アジトは再び笑いの渦に飲み込まれる。

 夜咲花は、板の間を転がりまわって床をバンバン叩きながら、文字通り笑い転げていらっしゃるし!

 最初は耐えていた、紅桃と月下さんもさっきの続き(プルプルのことだ!)を始めちゃうし! 月下さんとか、今度は完全にちゃぶ台に突っ伏しちゃってるし!

 もちろん、月見サンも盛大に腹筋を痙攣させてるし!

 ココは。ココは。


「星空さんは、面白いことを言いますね」


 とか、感心しているけれど。

 それが、むしろ居たたまれないし!


 ルナだけが、ルナだけが!


「世界が、お昼寝かー……」


 なんか、ホワンホワンした顔で、長閑でのん気できっと可愛い妄想の世界に心を飛ばしているみたいで! で!


「ルナ! 愛してる!!」


 身の置き場のなさマックスのあたしは、危険人物がこの場にいることをうっかり忘れて、たった一つの小さくて部分的に大きな希望に思い切りよく抱き着いて、そのままハグハグしてしまう。


 こういうことは絶対に見逃さない心春の歓喜の雄たけびが、アジトを轟かせたのは。

 まあ、言うまでもないよね?


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