「世界は完全なる球形をしている」
まるで、最初からそうだったみたいに。
ゆっくりと目を伏せながら、魔女は言った。
「本来、世界は完全に独立している。お互いが干渉しあうことはない。地上世界と闇底世界が繋がっているのは、闇底がなりそこないの世界だからだ」
そして、やっぱりいつの間にか。
テーブルの上には、カケラがいっぱい詰まったガラスの小瓶が現れていて。
魔女が小瓶の蓋にそっと人差し指をのせると、反対の手の中にあった、元は心春が持っていたはずのカケラが消える。
小瓶の中のカケラが増えたのかどうかは分からない。
心春の手の中に戻された様子もない。
カケラは、どこにいったんだろう?
やっぱり、小瓶の中?
あたしたちが何も言えないでいる中、魔女――魔女さんだけが、一人言葉を繋げていく。
澄んだ冷たい湖の底から上がってきた泡が、小さく弾けて消えるみたいだ、となぜか思った。
「世界を創ったのは確かに魔女だが、それは私ではない」
魔女さんは、あたしたちに口を挟む隙を与えない。
絶妙のタイミングで、次の言葉を弾かせる。
「これらはみな、誰かの、何かのカケラ。なりそこないの世界のカケラだ」
ああ。このフレーズ、前にも聞いたかも。
「さあ。今回は、これでお開きとしようか。また収穫があったらここを訪れるといい。気が向いたら、もう少し話を聞かせてあげよう」
魔女の口元に薄い笑みが広がり。
気が付けば、あたしたちは洞窟の外にいた。
「え? 何、これ? どういうこと? よくわかないけど、最後、魔女のオンステージじゃなかった? で、強制テレポーテーションで退場?」
「こ、この間は、ちゃんと普通に洞窟通ってお暇しましたよ!?」
「一体、何が魔女の機嫌を損ねてしまったんでしょう? はっ! もしかして、カップリングが気に入らなかったとか? それとも、星空さんのハーレム状態が気に入らないとか? ハーレムの主として相応しいのは魔女である自分であると、そういうことでしょうか?」
深い、深い湖の底に閉じ込められていたかのような重圧から解放されて、あたしたちは一斉に喋り始める。
――が。
何かまたスイッチが入ったらしい心春のセリフで、あたしと月見さんは強制退場の理由に思い当たり、一瞬押し黙る。
一瞬。一瞬だけね。
心春は、実際にはさっきのセリフを口にしたわけじゃなかったから、心の声だったんだろうけど、きっと魔女さんは魔女的な力で不穏な気配を察したんだろう。
お部屋に入ってすぐの時点で、すでに心春は一回やらかしているし。
「なんか、こう。魔女はあたしたちに喋る隙を与えなかったって言うか、あたしたちに喋らせたくないのかなー? って、ちょっと感じてはいたんだけどさ」
「あ、あたしも思いました。でも、あれって、もしかして」
「うん。あたしたち、じゃなくて、心春ちゃんを喋らせたくなかったのかなー?」
「なんか、そんな気がしてきました。魔女の勘的なもの……ううん、もしかしたら心の声が本当に聞こえたんじゃ? お茶の時にも、あたしの心、読んだ? みたいな絶妙のタイミングでサービスしてもらったりしましたし! やっぱり、魔女だから!」
「いやいや、さすがにそれはないと思うけど。いくら何でも……、いや、でもテレポーテーションとかできるくらいだし、もしかしたら本当に?」
「そうだとしたら、魔女さんには大変申し訳ないことを! さぞや気持ちの悪い思いをされたのでは! うちの残念な魔法少女がすみませんでした!」
「う、それは確かに。一方的なトークな上の強制退場も、やむなしだよねー。平気な顔してたけど、実は結構、気持ち悪いとか思ってたのかなー? ジッと心春ちゃんのこと見てたのも、カケラを持っているのが心春ちゃんだからってわけじゃなくて、余計なことを喋らないか警戒してたから、とか?」
「ふう。あの魔女とは一度、腹を割って話し合う必要があるかもしれませんね」
あたしと
そこは、土下座で謝罪するところじゃないの?
一体、何を話し合うの?
ここは、心春がまた何かをしでかす前に、きちんと心春に確認しておくべきだろうか?
ううん。でも、聞きたくない。
激しく、とっても、聞きたくない。
「私としては、やはり星空さんのハーレム推しなんですが。いえ、待ってください。無意識かつ無自覚にハーレムを形成する星空さんと、ハーレムの主になろうと目論み女の子たちを集める魔女。最初は、星空さんに一方的にライバル心を抱く魔女だったが、次第に星空さんの魅力に気づき始め……というのは、どうでしょう? アリかもしれませんね…………」
心春は目を爛々と輝かせ、鼻息を荒くし始めた。現実にここにいるあたしと月見サンの存在を忘れ、どこか別の世界のあたしと魔女の妄想にどっぷり浸かっているようだ。
だから、聞きたくないって言ってるのに(言ってないけど)。
勝手に、話し始めちゃったよ……。
ダメだ。
こうなると、しばらくは放置しておくしかない。
続きは聞きたくないので、あたしと月見サンは心春から少し距離を置いて、魔女さんが教えてくれたことについて話し合うことにした。
うん。そもそも、そのために来たんだしね。まじめなお話もちゃんとしないと。
アジトに帰るまでに、少しまとめておかないと。
このまま帰ったら、忘れちゃう。
心春の妄想に、上書きされちゃう。
「なんか、一方的とはいえ、いろいろ情報をもらったと思うんだけど。断片的過ぎて、どう受け止めていいものやら。心春ちゃんのせいで、何かいろいろ台無しだし。星空ちゃんは、何が一番、気になった?」
「あー…………えーと。最初に言ってた、世界は休憩をしているってどういう意味ですかね?」
「あー、言ってたねー。地球は丸かったとかー、そういう話?」
「え? 世界はお昼寝中とか、そういう話じゃないんですか? ほら、なりそこないの世界だから、一休みしているとか、そういう意味だと思ったんですけど?」
心春が現実に帰還するのを待ちながら始めた話し合いだけど、最初から意見が食い違ってしまった。
てゆーか。
え、と。月見サン?
どうして、そんな不思議そうな顔であたしをガン見しているんですか?
あ。もしかして、完全なる休憩とか言っていたのに、お昼寝じゃおかしいんじゃないかとか、そういうことかな?
あたしも不思議そうに月見サンを見つめ返して、はたと気が付いた。
「あれ? 月見サン、何を持っているんですか?」
「え? いや、そういう星空ちゃんこそ?」
「え?」
あたしたちはお互いに、今度は自分の手の中にあるものを見下ろす。
いつの間にか、両手に箱を持っていた。
えーと、なんか、高級そうなお紅茶の詰め合わせ。
月見サンが持っている箱からは、なんだか甘い匂いが漂ってくる。
あれは。あの箱の形は、ケーキ屋さんでケーキを買った時の箱!
大きさからして、アジトに戻ったらみんなでお茶会できるくらい入っていそうな感じ!
もしも、一個だけ足りなかったとしたら、それはきっと心春の分!
だって、チラッと見たら心春は何にも持ってなかったし。
カケラを拾ったのは心春なのに、心春だけ何も持たされていないってことは、まあきっとそういうことなんだろう。
あえて、言わないけど。
「これ、カケラのお礼ってことですかね?」
「たぶん、そうじゃないかなー? あ、メッセージカードが挟まってる」
「え? なんて書いてあるんですか?」
「んー……。お昼寝じゃなくて、丸かった……の方が正解みたいだね」
箱を片手に持ち替えて、月見サンが持ち上げた金の縁模様のシンプルなメッセージカードには、ただ一言。
『球形』
とだけ、書かれていた。