ケーキの誘惑に打ち勝てず。
「先にいただいてもいいですか?」
と、恥ずかしくもはしたないお願いをしでかしちゃう直前に。
なんとか、
よ、よかった。
口に出す前で。
正面の席に座っている
でも、本当に言っちゃうのと、口に出すのは我慢するのと。
その差は大きい! はず!!
我に返った心春は、特にばつが悪そうな風でもなく、それでもぺこりと軽くお辞儀をすると、一つだけ空いている魔女さんの正面にあたる椅子へと腰掛ける。
それが合図だったかのように、魔女さんが何か指示をしたわけでもないのに、テーブルの上のティーポットがふわりと勝手に浮き上がり、空っぽだったカップの中に紅茶を注いでいく。
月見サン、心春、あたし、そして最後に魔女さんと、反時計回りにポットは宙を漂った。
「では、ひとまずお茶にしようか」
「「「いただきます」」」
主催者である魔女さんの一声で、ようやく、待ちに待ったお茶会がスタートする。
「美味しい! アッサムですね!」
紅茶から行こうか。ケーキから行こうか!
目を怪しく輝かせながら迷っていると、先に紅茶に口をつけた心春の声が聞こえてきた。
あっ、寒?
何のことだろ? 寒いところで紅茶を飲むとあったまるって意味かな?
心春につられて、あたしも先に紅茶に手を伸ばす。
熱くないか警戒して慎重に一口啜る。
う、ん? おいしい……のかな? 前飲んだのと、違う。なんか、前のより濃い味がする。気がする。ん、んー?
「ミルクティーにしても、美味しいですよね」
内心、首を傾げていると、また心春が楽しそうに言った。
ミルク! 確かに、この濃い味にミルクをたっぷり入れて超ミルキーにして、それでもってお砂糖も入れて甘くしたら好みの味になるかも!
そう思ったとたん。
テーブルの上に、ミルクの入った白い陶器の入れ物と砂糖壺が現れた。砂糖壺は小ぶりで真ん丸でガラス製で、グラニュー糖が半分ほど入っているのが見える。
も、もしかして、今。
心を読まれた!?
な、なんていたれりつくせりな!
「あ、別に催促したつもりではなかったんですが。でも、ありがとうございます。使わせてもらいますね」
心春が、お礼を言いながらミルクの入った入れ物に手を伸ばした。
あ。そういうことか。
別に、あたしの心を読んで、ミルクと砂糖を出してくれたわけじゃないんだ。
少し赤くなりながら、あたしもお礼を言って、さっそく使わせてもらうことにする。
ミルクをたっぷりと~、お砂糖はスプーン三杯。
スプーンで混ぜ混ぜしてから、すっかりミルキーな色になった紅茶を一口。
ん! んん! おいしい!
温度もちょうど飲み頃になったし。
うん、うん。これは、いいものだ。
ではでは、お次は大本命のショートケーキ様ですよ。
いよいよ、ですよ。
心をときめかしながらフォークを握りしめ、お皿の上の三角のとがったところを切り崩してそっとお口へと運ぶ。
ふわん!
何? なにこれ?
あたしが今まで食べてきたショートケーキと違う!
お高い味がする。
おいしい。おいしいけど、あたしの方がこのケーキにふさわしくない気がしてきて、ケーキに謝りたくなってくるくらいにおいしい。
いや、もう、ホント。これに比べたら、今まで食べてきたショートケーキは、ショトケキって感じだよ。
ゆっくり大事に食べたいような、いっそがつがつ貪り喰らいたいような。
二つの気持ちがせめぎ合い、揺らぎ合う。
そんな、恋する乙女のような心境で、どこか夢心地にケーキを食べ、紅茶を飲む。
そして。ひと夏の恋は、ついに終わりを迎える。
「ごちそう、さまでした」
「ごちそうさまでした。美味しかったです」
「ごちそうさまでした。…………お茶会だっていうのに、まるでカニでも食べてたかのような無言っぷりだったよねー……」
あたしたちは、名残を惜しみながらフォークを置く。
ああ。素晴らしいひと時だった。
出来ることなら時間を巻き戻して、もう一度食べたい。
「さて。では、そろそろ本題に入ろうか?」
甘い余韻に浸っていると、深くて涼やかな声が、テーブルの上に滑り落ちてきた。
みんなハッとして、お茶会の主催者で、この部屋の主でもある魔女に視線を向ける。
そー、そそ、そうだった。
ケーキを食べに来たんじゃないんだった。
カケラを渡して、代わりにいろいろ話を聞かなきゃいけないんだった!
まあ、お話は心春と月見サンが担当してくれる予定なんだけど。
通告されるまでもなく、自ら戦力外宣言しちゃうよ!
ここに来た目的を思い出して、あたしたちはバタバタと居住まいを正す。
魔女さんは、口元だけにうっすらと笑みを浮かべて、正面に座る心春をじっと見つめていた。
たまたま、心春が正面に座っていたから、とかではなく。
心春がカケラを持っていると、知っているから。
そんな風に、感じられた。
さっきまで、ゆるゆるだった心春と月見サンが、今は緊張しているのが分かる。
「もちろん、ただでとは言わない。相応のお礼はしよう」
魔女さんは、あたしでも月見さんでもなく、心春だけに向けて言った。
や、やっぱりこれは、あれだよね?
魔女さんは、魔女だから、まだ何にも言ってないのに、全部分かっちゃってるってことなんだよね?
心春は、どうするんだろう?
あたしは、魔女さんから心春へと視線を移す。
月見サンは、じっと魔女さんの様子を見ているみたいだった。
警戒、しているのかなぁ?
心春の方も、少し前までの緩み具合が嘘のような硬い表情で、妖精風の衣装のどこからかカケラを取り出した。
手のひらサイズの、何の変哲もないただのガラスのカケラに見える。でも、これを飲み込んだカエルの妖魔は、体が急に巨大化して、魔法が全然効かなくなっちゃったのだ。
一体、これは何なんだろう?
何のカケラなんだろう?
「カケラをお渡しするのは構いませんが。その前に、いくつか質問をさせてください」
心春は手の上のカケラを軽く握りしめるようにして、挑むように魔女さんを見据える。
心春の視線の先で、魔女さんは、ゆっくりと紅茶を口に含んでから、静かに答えた。
「構わない。答えられることには答えよう。ふふ。そう緊張しなくてもいい。魔法少女に手を出すつもりはないからね」
寒いところにある湖の底のような魔女さんの瞳。そこからは、何の感情も読み取れない。ただ、口元にだけ薄い笑みが浮かんでいる。
こんなこと言われて、心春がいきなり魔女さんに喧嘩を売ったりしないといいけど、と心配になりながらまた視線をスライドさせる。真面目で大人しい妹風の見た目だけど、中身は結構戦闘民族だからな、心春は。
で、当の心春さんはというと。
なぜか、残念そうな顔をしていた。
いや、まあ。なぜかっていうか、なんていうか。
理由が分かってしまう自分が、なんか嫌だ。
心春。
魔女さんの言う、『魔法少女に手を出す』っていうのは、魔法少女と友情を超えて仲良しになりたいって意味じゃないからね? 魔法少女に喧嘩を売るつもりはないって意味だからね?
そこ、分かってる?