アジトをどっちだかの方向に、ずーっと進んだ先のお山を越えたその麓に、その洞窟はある。
魔素が全然ない、真っ暗な洞窟。
その洞窟の奥には、魔女が住んでいるお部屋がある。
「えーと、
「はい。場所的なことは、さっぱり覚えてないんですけど! 魔素が全然ないから、この洞窟で間違いないと思います! 行ってみましょう!」
洞窟の入り口の前に立つのは、三人の魔法少女。
あたし、
この中で、魔女のお部屋に行ったことがあるのは、あたしだけ。
どこか不安そう……というか、心配そうに尋ねてくる月見サンに、あたしは自信満々に答えた。場所的にはこれっぽっちも覚えてないけど、なんとなくここっぽい雰囲気がするのだ。
きっと、間違いない!
「まあ、ここが
「そうねー。じゃあ、行ってみましょうか」
あたしに賛成してくれた心春に、月見サンも頷き、洞窟の中へと足を向ける。
でも、えーと。
賛成はしてくれたけど、信じてくれてはいないよね?
いや、うん、まあ。いいんだけどね?
ちょっとだけ、ショボーンとしながら、洞窟の中へ入っていく二人の後を追う。
ホントは、あたしが二人を案内したかったのにな。
まあ、洞窟の中、一本道だし。別に、案内とかいらないしね。
うん。大人しく後をついて行きますよー。
先頭を行く月見サンは、
前に来たときは、アニマル系魔法少女のルナが一人で先に突っ走って行っちゃって、あたしと
なんでかって言うと、夜咲花の錬金魔法で作ったアイテムの方が、物質として安定しているとかなんとか?
えーと、つまり。あたしが普通に魔法で作ったものは、時間がたつと消えちゃったりするけど、夜咲花の作ったのは長持ちする! ってことなんだと思う。たぶん。
「うわ! ホントだ。確かに古代遺跡って感じ」
「この先に目くるめくアドベンチャーが待っていそうな感じですよね! 少しワクワクします!」
懐中電灯の光の先に、重そうな石でできた扉を見つけて、月見サンと心春は立ち止まって歓声を上げた。
なんだかよく分からない文様的なものが彫られた扉は、この奥に財宝と冒険が眠っていそうな気配がビンビンだ。冒険ものの映画とかに出てきそうな感じのやつだ。
さあ、今こそあたしの出番! とばかりに、あたしは二人をずいと押しのけて、古代遺跡の扉をノックしながら叫んだ。
「こんにちはー! カケラを持ってきましたー! 開けて下さーい!」
叫び終わると同時に、ゴゴゴゴゴっと重々しい音を立ててゆっくりと開いていきそうな雰囲気の扉は、自動ドアのような滑らかさでシュンっと開いた。
「ふわっ!?」
「ええ!?!」
二人の驚いた声が聞こえてくる。
二人には、洞窟の奥の古代遺跡っぽい扉の奥に魔女の部屋があるとしか話していなかったのだ。
もちろん! 驚かせるためだよ!
「ただの古代遺跡だと思ったら、実は宇宙人があたしたちをびっくりさせようとして作った古代アトラクション施設だった――みたいな感じですよね!」
「びっくりの方向性!」
「何のためにですか!? 目的がよくわかりませんが……!?」
弾んだ声で後ろの二人に同意を求めたら、思ったのと違う答えが返ってきた。
あれー?
ま、まあ、いいや。
びっくりは、これで終わりではないのだ。
気を取り直して、続き、行ってみよー!
「お邪魔しまーす!」
ご挨拶をして部屋の中へと進むと、二人もあたしに続いて部屋に足を踏み入れ、驚きの叫びをあげる。
「う、わっ! 魔女、洞窟、古代遺跡……と見せかけて実は宇宙船だった? みたいな扉の奥に、めっちゃ女の子のお部屋!」
「ガ、ガーリッシュ!」
あー、あたしもここに住みたーい。
アイボリーの壁紙。白くて丸いテーブルとそろいの椅子が人数分。テーブルの上には、青い小花柄のティーセットと、人数分の白くてふわふわなショートケーキ。イチゴ、イチゴが載ってる!
あと、なんか、パッチワークとかで飾られてる感じ!
パッチワークとか、憧れ! 自分では縫いたくないけど!
家具がなんか、北欧系? とか、そんな感じ! よく知らないけど!
「ようこそ、魔法少女の諸君。ああ、自己紹介は不要だ。まあ、座りたまえ。まずは、お茶にしようか」
憧れがすぎて、よだれをたらさんばかりにしていると、深くて澄んだ声が聞こえてきた。
長い薄紫の髪で片目が隠れている、ミステリアスな女の子。
闇底の魔女は、テーブルの上に両肘をついて指を組み合わせ、その上に顎を載せている。
「はい! お招きにあずかります!」
「は、はあ……」
元気に返事をしてうきうきとテーブルに向かうあたしの後に、呆気にとられちゃった感じの月見サンが続いて、それで、えーと、心春さんはどうしたのかしら?
振り返ると。
両手で顔を覆った心春が膝から床に崩れ落ちるところだった。えらい勢いだったけれど、若草色の絨毯のおかげで膝への衝撃はかなり抑えられたんじゃないかと思われる。
超女の子な部屋には似つかわしくない雄たけびが響き渡った。
「ふぉおおおおおおおおおおおおおお! なんということでしょう! 真っ暗な洞窟の奥にある超ガーリッシュなお部屋で暮らす薄紫髪ミステリアス美少女! しかも魔女! その上エンジのジャージとか! とか! 私は一体、どうしたら! どうしたら!! これは、百合神が私に与えし試練なのでしょうか!?」
何の試練!?
てゆーか、ユリガミって、何!?
心の中で激しくツッコミを入れながら、魔女さんが気を悪くしてないか恐る恐る様子を伺うと、魔女さんは薄っすらとした笑みを浮かべているだけだった。
怒っているのか、気にしていないだけなのか。
どっちなのかよく分からなくて、なんか怖い。
もしかしたら、最初から心春がこういう子だって分かっていたのかもしれない。魔女として。
まあ、心春の方は、放っておけばそのうち現実に戻って来て、しれッと話に加わってくるのは分かっているので、あたしと月見サンはそっと目配せし合うと、先にテーブルへ着くことにする。
さっきまでの、うきうきとした気分はすっかり塵となって消え失せて、どこかいたたまれない気持ちで膝の上に載せた握りこぶしをじっと見つめる。見つめつつ、たまにチラチラとショートケーキの方に視線を走らせる。
ああ、もう。
挨拶も済ませないうちから、これとか。
しかも、絶対これ一回じゃ、終わらないと思う。心春の発作。
お部屋にも、魔女のイメージにも合わない、エンジのジャージを着ていることがちょっと残念な子だなー、なんて思ったりしたこともありましたが。
せっかくミステリアスな美少女なのに、ジャージかー……なんて、こっそり思っていたこともありましたが。
その上をいくような残念さの極みのような子が傍にいると、些細なことはどうでもよくなるものだなー。
もう、ジャージは魔女の公式ユニフォームでいいんじゃないかな、なんて思いながらも心の中で深い深いため息をつく。
余計なことを考えていないと、うっかり膝の上によだれをたらしてしまいそうだったのだ。
ああ。
いつになったら、あのケーキを食べられるんだろう…………?
ああ……。
真っ白で、ふわふわで、赤いイチゴがツヤツヤで。
絶対、おいしいに決まってるのにー!!
チラッ。チラッ。