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第74話 カケラの謎

「これが、カケラ…………」


 月下げっかさんは、心春の左右合わせた手の平にあるカケラを、そっと人差し指と親指でつまみ上げた。つまんだカケラを目の高さに持ち上げて、しげしげと眺める。

 月見つきみサンから旅の間に起ったあれやこれやを聞いた月下さんが、心春ここはるが闇底市場から持ち帰ったカケラを見てみたい、と言ったのだ。

 月下さんは地上にいた頃、オカルト系なお仕事をしているお家で育ったので、月下さんならカケラのことも何かわかるかも。という話は心春にもしてあった。なので、心春はどこかワクワクしながら、懐から取り出したカケラを恭しく献上するかのように合わせた手の上にカケラを載せて、月下さんに差し出した。


「はい。これが、闇鍋市場を荒らしたカエル妖魔の残骸から出てきたカケラです!」

「カエル妖魔の、残骸から……?」


 元気いっぱい、ハキハキとした心春のお答えに、興味津々にカケラの方へ身を乗り出していた夜咲花よるさくはなが、あたしの背中の後ろにひゅっと引っ込んだ。

 心春も月下さんも、よく平気な顔であれを触れるよなー……。

 あたしには、無理だ。絶対に、触りたくない。

 妖魔の残骸というのもあれだけど、カエルというところがもう絶体絶命的にダメだ。

 カエル、ダメ! 絶対!


「本当に、魔素は全く、感じられないわね…………。何か、得体の知れない力を感じなくもないけれど…………うーん、これが何かは、私にも分からないわね。これが妖魔を変容させて、おまけに魔法を無効にする力まで与えるなんて、ちょっと信じられないけれど。少なくとも、今手にしているカケラからは、それほどの力は感じ取れない……」

「うーん、でも確かに、闇鍋市場を漁っていたカエル妖魔が、突然巨大化して――たぶん、偶然市場に紛れ込んでいたカケラを一緒に食べてしまったんだと思いますが。それで、私の魔法だけでなく、黒ブヨ神に仕えているとかいうミニスカケモ耳ポリスたちの攻撃も効いていないようでした」

「ものすごく、マイペースにお食事してた……」

「まあ、いいタイミングで現れた月華つきはなが、あっさりサッパリやっつけちゃったんだけどねー」


 怪訝そうな顔をしている月下さんに、心春・あたし・月見サンの順で、闇鍋市場でのことを説明していく。

 最後に月見サンが月華の活躍を伝えると、あたしの背中に張り付いてブルブルしていた夜咲花が、「やっぱり、月華はスゴイ」ってため息をつくように呟くのが聞こえてきた。


「本当に、何なのかしらね、これ……」

「うーん……月下でも分からないかー。あ、そうだ。ココはどう? 何か知ってる?」


 カケラを見つめながら唸り始めた月下さんのことは、しばらくそっとしておくことにしたのか、月見サンは、今度はココに尋ねた。

 そう言えば、ココにはまだカケラのことを聞いていなかった。子ギツネとはいえ、神様に仕えていたって言うし、何か知ってるかも。

 期待を込めて、板の間にちょこーんと座っているココを熱い眼差しで見つめると、ココは困ったように首を傾げた。


「え、えと。人の使う技とも、妖魔の力とも、神様の力とも違う、何かを感じますが、それ以上は……」

「そっかー。なんか、話とかも聞いてない?」

「すみません。ボク、使い走りだったので、大事なお話とかは聞かされていなくて」

「そっかー。あ、いいの、いいの。気にしないで」

「ええ。人の技とも妖魔とも神とも違う力……。それが分かっただけでも、十分よ。小さくても神のお使いが言うなら、そう間違いはないでしょうし」


 しょぼーんと肩を落としたココを、月見サンと月下さんが優しく見つめる。

 ああ! なでなで、したい。

 でも、後ろから夜咲花ががっちりホールドしているから、動けない……。


「それにしても、人とも妖魔とも神とも違う力なんて、そんなの、聞いたことないわ」

「あ! そう言えば、魔女のカケラって、言ってたかも! ごめん! いろいろ盛沢山すぎて、話すの忘れてた」

「魔女のカケラ?」


 眉を顰める月下さんを見て、月見サンが「あ!」と叫んで、パンと両手を合わせた。

 魔女と聞いた月下さんが、あたしを見る。

 この中で、魔女に会ったことがあるのは、あたしだけだからだ。と言っても、本人が自分のことを魔女って言ってただけで、黒ブヨ神の言っていた“魔女”と同じかどうかは分からない。でも、不思議な子だった。


星空ほしぞらたちが、洞窟で会ったっていう子。確か、魔女を名乗っていたのよね? それに、カケラを集めているんじゃなかったかしら?」

「はい。黒ブヨ神の言っていた“魔女”と同じなのか、自称魔女なのかは分からないけど。でも、地上からのお取り寄せができるとか言ってたし、普通の子とは違う感じがしましたよ? カケラも、何のために集めているのかは分からないけど、小瓶の中にいっぱい入ってました。カケラを見つけて持っていったら、お礼をくれるって言ってたけど、どうなんですかね?」


 洞窟の奥で出会った、薄紫の長い髪のエンジのジャージを着た、湖の底みたいなどこか不思議で神秘的な女の子のことを思い出しながら、月下さんに答える。


「その子は、このカケラが何なのかを、知っているのかしら? 知っているのだとしたら、その子は、一体何者なのかしら?」


 掲げるように持ったカケラを見上げながら、月下さんが呟く。

 誰かに語り掛けているというよりは、自分自身に言っているっていうか。自問自答? 独り言?


「あー、あとねー。魔女は世界を超越しているとかなんとか、魔女の方が神である自分よりも格上みたいなこと、言ってたかなー。魔女のカケラなら、神の力が効かなくてもしょうがないー、みたいな?」

「え? ええ? それは、闇底に墜とされた時に、神としての力を失ってしまったから、とかじゃないの? それに、月華はカケラを取り込んだ妖魔を倒したんでしょう? 月華は、私から見ても力の強い術者だとは思うけれど、神を超越する存在の力を上回るほどじゃないはずよ?」

「えっと、それは、あたしが魔女にカケラ探しを頼まれたみたいに、月華も何か魔女から力を託されたんじゃ? ……とかいう案が、あったりなかったり?」

「ああ、それなら、月華の力がカケラ妖魔に通用したのも分かるけれど。でも、月華が、そんな力を受け取ったりするかしら? それに、そんなことがあったなら、月華はともかくとして、雪白が私にも教えてくれそうなものだけれど……。それとも、私には内緒の話なのかしら……?」


 月下さんが、一人でぶつぶつ言い始めた!

 少し、そっとしておこう……と思ったのに!

 心春が、追撃をかける。


「世界を創ったのは、魔女! とも言ってましたよね!」

「………………とりあえず、これは返すわ。今までのんびり暮らしていたのに、一気に情報が来て、整理が追い付かない……」


 月下さんは、よろよろと心春にカケラを返すと、人差し指でこめかみを押さえてぐりぐりし始める。

 大分、脳みそがお疲れのようだ。

 魔女が神を超える存在っていうのにも、ついていけてないみたいだけど。

 もしかしたら、月華……はともかく(月華は、聞かれてないことを自分から話すタイプじゃないからな。秘密にしておこうとか、めんどくさいことはそもそも考えたりしなさそう)、雪白ゆきしろに隠し事をされているんじゃ? っていうのが、地味にショックみたいだ。

 えーと、それはあたしたちが勝手に言ってるだけで、ホントかどうかは、まだ分からないですからー、って言った方がいいのかな?

 助けを求めて月見サンを見ると、月見サンは、あーって顔をして、頬をポリポリ掻いている。とりあえず、見守る態勢のようだ。

 夜咲花は、お茶入れてくると言って、錬金部屋へ行っちゃうし。な、なるべく、早くね?

 オロオロしていたら、カケラを受け取った心春が、すっくと立ちあがり、宣言した。


「ここで、私から、提案があります! 分からないことは、本人に聞けばいい! というわけで、星空さん! 一緒に、魔女にカケラを届けに行きましょう! それで、魔女本人にいろいろお話をお伺いしちゃいましょう!」


 カケラを天に掲げ、反対の手は腰に当てての、大変勢いのある宣言と言うか、提案でしたが。

 唐突だな!

 いや、話の流れ的にはおかしくないけどさ!

 あたしも、魔女のところには行くつもりではいたけどさ!

 でも、出来れば、それは今じゃなくてー!

 それにほら、今は月下さんがブルータイムに入っちゃってるし、もっと空気、読んでー!

 とか思って一人でオロオロしていたら、意外にも月下さんは心春の言葉でブルータイムを脱却した。


「……そうね。分からないことは、本人に聞くしかないわよね。そう、そうね。いずれにしても、魔女のところへは行くべきだと思うわ。もしも、その子がただのカケラコレクターの自称魔女だったとしたら、危険な妖魔がいることを知らせるべきだし。元神様が言う“本物の魔女”なんだとしたら、有益な情報が手に入るかもしれない。本当は直接話を聞いてみたいけど…………夜咲花がいるし、私はここを離れなれないから、魔女のところへ行くのはあなたたちに任せるわ」

「ふーん、意外。もしも、本物の魔女なら、危険だから行くなー、とか言うかと思った」


 いつもの穏やかで優しい月下さんとは違う、初めて見る、緊張感のあるまじめな表情で月下さんがあたしたちを見つめると、すかさず月見サンが茶化すようなことを言う。

 すると、張り詰めていた月下さんの雰囲気が緩んで、目元に優しい笑みが戻った。

 親友同士って感じでなんかいいなって、じんわり胸を温めていると、今のやり取りに友情以上の何かを勝手に感じ取った心春が声にならない叫びをあげているのがちらりと見えた。

 仄かな胸のぬくもりが、何か生ぬるいものに変わっていく……。


「お見通しか。まあ、それも少し思ったんだけれどね。神を超越するような存在なら、逃げ隠れしてもあまり意味はないでしょうし、それ以前に……」

「それ以前に?」

「ルナがすっかり魔女のことを気に入ったみたいで、最近はしょっちゅう入り浸っているみたいだから、今さらなのよね。もしかしたら、魔女のところにルナと紅桃べにもももいるかもしれないわ。二人がいたら、回収してきてちょうだい」


 優しく柔らかく微笑む月下さんは、すっかりいつも通りの月下さんだった。

 ルナと紅桃は、アジトで暮らす魔法少女の仲間だ。二人とも、あたしより先輩の魔法少女。年は同じくらいに見えるけど。

 てゆーか、二人とも。あたしがいない間、どうしているのかと思ったら、魔女のお部屋に遊びに行っていたんだ。絶対に、あそこで出されるお菓子目当てだな。おいしかったもんね。魔女が出してくれたお菓子とお茶。

 魔女の住む洞窟は、ルナが見つけたんだよね。それで、なんとなく成り行きで、三人で魔女にお茶にお呼ばれして。その時に、カケラ探しを頼まれたんだ。

 カケラ探しは三人で頼まれたことだから、魔女のところに行くなら二人も一緒に、って思ってたんだけど。気にしなくても、良さそうだな。


「ふぉおおおおおお! ここが、ここが、楽園かーーーー!!!」


 三人でカケラ探しをしてたことを思い出していたら、雄叫びが聞こえてきた。

 …………心春、うるさい。


 魔女のお部屋に行くのは楽しみなんだけど、なんだか不安になってきた。

 この子を連れて行っても、大丈夫なんだろうか?

 心春。くれぐれも、失礼のないようにね?



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