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第73話 それは、とても美しく。

 ゆるふわショートの小柄な魔法美少女。

 それが、夜咲花よるさくはなだ。

 性格はそうでもないけれど、体形はとっても控えめで安心できる。特に、お胸のあたりが。

 衣装も、また可愛い。

 紺地に白のドット。白いレースやフリルがちょこちょこ小技を利かせている。それから、ビーカーとか試験管のミニチュアアクセに、帽子と青い宝石飾りのついた杖。

 絵に描いたような、魔法少女。


 すっかり仲良くなった心春に、衣装の可愛さを褒められて、子ギツネのココをもふもふしながらテレにテレまくっていた夜咲花だったけれど、次なる心春ここはるの言葉に微妙そうに眉を顰めた。


「それで、夜咲花さんと星空ほしぞらさんは、どういうご関係なんでしょうか!? 夜咲花さんのコスチューム、まるで星空を表現したかのようですよね? それって、つまり、星空模様のコスチュームを身にまとうことで、離れていても二人は繋がっている…………。つまりは、そういうことなんでしょうか!?!」


 顎の下で両手を組んで、ほっぺをほんのり紅くして、瞳をキラキラさせている心春は、まさしく恋に恋する乙女!――って、感じなんだけど。

 セリフの中身が微妙に微妙すぎるのだ。


(星空。この子、何なの?)


 もふもふを、もきゅっとしながら、夜咲花が目で問いかけてくるけれど、あたしはぎこちなく視線を逸らすことしかできない。

 何なの、って聞かれても困る。

 こういう子なんだよ。

 こういう子なんだよ!

 それしか、答えようがない。

 …………答えてないけど。


 あたしたちの無言のやり取りにはまるで気づかずに、心春はさらにヒートアップした。膝立ちになって、遠いお空の向こうに旅立って行く。

 あたしには、到底追いつけない、遠い、遠いお空の彼方へ。


「星空さんが、青空っぽいコスチュームなのは、もしかして夜咲花さんと被らないようにという配慮からでしょうか?!? そうでありながらも、青空コスを選んだことで、二人の繋がりを遠回しに表現している…………。青空の向こうには、星空が広がっている…………つまり、アジトで待つ夜咲花さんへと繋がっている…………! 星空という名前でありながら、青空っぽいコスチュームを選んだことに、こんなに深い意味が隠されていたなんて。素敵です! なんて奥ゆかしいのでしょう、お二人の愛は!! 素晴らしいです! ああ!!」


 陶酔した感じの、ため息のような叫びのような器用な声をもらした後、心春は沈黙した。

 といっても、微妙タイムが終わったわけじゃない。脳内では、激しく何かが繰り広げられているみたいで、不穏な空気が心春の全身の毛穴から漏れ出ている。


 説明するまでもないような気がするけれど、心春は、その。女の子同士のほにゃららな感じのことが大好きみたいで。何かにつけて、脳内が暴走するのだ。迷惑。

 旅の間は、そのターゲットはあたしと月見さんだったけれど、アジトに戻って来てからは、あたしと夜咲花のほにゃららに忙しいらしい。

 ……迷惑。


 そして。

 今回、運よく心春のターゲットから外れた月見サンはというと。

 板の間の片隅で、月下さんと二人で深刻な顔で話し合っている。旅の間に起った、あの事件のことを、伝えているのだ。

 あたしに無言の圧力をかけていた夜咲花も、あたしの視線を追って、何かを察したようだ。ココを抱えたまま膝立ちになってあたしににじみ寄ると、耳元でボショボショと囁いた。


「ねえ。もしかして、何かあったの?」

「うん。それがね、月華つきはなには出会えたんだけど……」

「え? どういうこと!? 月華に会えたのに、どうして連れて帰らなかったの!? 自分だけ月華に会って、ずるい! ずるい!! もう、星空には一生コロッケ食べさせない!!」

「ちょ、待って! 待って! これには、深い事情が!」

「浅くても深くても、許さない!」

「あ、あー!!」


 しまった!

 話す順番を、間違えた!

 夜咲花は、ココを放り出して、あたしの首元を掴んでガクガクと激しく前後に揺すぶり始めた。

 あー! あー!

 ちょ、お願い! 言い訳! いや、弁解? 

 とにかく、説明! 説明させて!


「落ち着きなさいな、夜咲花。星空たちも、大変だったみたいなのよ」

「そうそう。それに、月華も後からちゃんと、アジトに来るから! 安心して!」

「え? 月華、来てくれるの? ほんとに?」


 ちょうど話が終わったところなのか、騒ぎを見かねてか。

 月下げっかさんと月見つきみサンが、苦笑いしながらこちらに近づいて来た。

 月見サンの、『月華も後からやって来る』発言のおかげで、ようやく夜咲花の揺すぶり攻撃が終わる。でも、まだその手はあたしの首元を掴んだままなので、油断はできない。

 うかつな発言をすると、また激しいゆさゆさが始まってしまう。


「旅に出る前に、星空がサトーから聞いたっていう話、あったでしょ?」

「あ、うん。魔法少女を狩る魔法少女、だっけ?」

「そう。どうやら、その話、本当だったみたいなのよ」

「え!?」


 形のいい顎に右手の人差し指をあてて憂い顔をする月見サンの様子に、事態の深刻さを悟ったらしい夜咲花が、ようやくあたしから手を放してくれた。

 ほっ。

 ……としている場合でも、話の内容的にはないんだけど。ひとまず、解放されたことに安心する。

 もー。地味に乱暴なんだからー。


「正確には、魔法少女を狩る、魔法少女のコスプレをした妖魔、かな?」

「え? なに、ソレ? 意味わかんない」


 はふーと息をついていると、月下さんの隣から、月見サンが補足説明をしてくれている。

 まったくもって、その通りの説明なんだけれど。

 夜咲花は、怪訝そうな顔をして首を傾げている。

 あ、ちょっと。意味が分からないからって、あたしの首元に手を伸ばしてくるのは止めて。お願い、止めて。

 迫って来る夜咲花の両手首を掴んで、がっちり攻防の構えを決める。

 あたしの思わぬ反撃に、夜咲花はむっと眉間にしわを寄せた。


「ほ、本当なんだって。白いセーラー服を着た人間っぽい妖魔が、女の子を鎖で繋いでいたんだよ! 無理やり! 失敗した魔法少女って言ってた。 女の子、すごい嫌そうにしてて、 助けてあげたかったけど、魔法が利かなくて。あたしたちも、あいつの魔法少女にされそうになったんだけど。スターライトをピカッてやって、目くらましして、それで何とか逃げてきたんだよ!」

「……………………?」


 必死で説明したのに、夜咲花の眉間のしわは、むしろ深くなった。

 なんで!?


「夜咲花さん。星空さんの、言う通りなんです」


 夜咲花と力比べをしていると、今まで遠いところに旅立っていたはずの心春が、そっと夜咲花の手の上に、自分の手を載せてきた。

 心春は、あたしよりも説明が上手だし、ちゃんと説明してくれるならすごく心強いんだけど。たまに、おかしなことを言い始めるから、油断がならない。

 救いの手なのか。それとも、その手で油を注いでくれちゃうのか。

 ドキドキしながら、続きを待つ。


華月かげつ、と名乗ったその妖魔は、月華に歪んだ憧れを抱いているようでした。月華の真似をしているつもりか、白いセーラー服を着ていました」


 夜咲花の手から、力が抜ける。

 ちょっと目を見開き加減にして、夜咲花は心春を見つめる。


「月華の物真似はコスチュームだけではないようでした。闇底に彷徨い込んだと思われる女の子を、魔法少女…………自分の使い魔としたようなのですが。雪白ゆきしろさんが言うには、支配が完全ではないとかで、鎖で繋いで無理やり言うことをきかせているようでした」

「………………そんな、ひどい」


 夜咲花の目が、完全に見開かれる。

 しかし、あたしも同じようなことを説明したと思うんだけどな。

 この差は、一体なんだろう?


「何とか、お助けしたかったのですが。華月にはこちらの魔法がまるで利かなかったのです。危うく私たちも、あいつの使い魔にされるところでしたが、星空さんが機転を利かせて、スターライトで閃光を放ち、あいつの目をくらませてくれたので、その隙に空を飛んで逃げることができたんです。あいつは、空を飛べないみたいでしたので、何とか逃げ切れました。その後、運よく月華と会うことができたんです」

「そ。ちょーっと、危険な妖魔だし、このことを早くみんなにも伝えなきゃーってことで、ひとまずあたしたちだけ先にアジトに戻って来たってわけ。月華たちは、もう少し辺りを捜索したら、華月たちが見つからなかったとしても一度アジトに顔を出すって言ってた。だから、もうちょーっとだけ、待っててあげてね」


 最後に月見サンが、うまいこと話しをまとめてくれる。これは、たぶん、あたしへのフォローだな。

 あたしたちだけ先にアジトに帰ることになった理由は、本当はちょっと違うんだけど。本当のことを言ったら、あたし、もう一生夜咲花に口を聞いてもらえないかもしれないし。

 うん。月見サンが話してくれた理由なら、夜咲花もそんなには怒らないだろう。


「星空! よく、無事で戻ってきた」

「わ!!」


 効果は絶大で。

 夜咲花は、涙ぐみながらあたしに抱き着いてきた。

 勢いで後ろに倒れ込み、床に思い切り頭をぶつけたけれど。

 これは、まあ。我慢しよう。

 大人しく、されるがままになっておく。


「魔法少女同士の魂の戯れ! ふつくしい! 尊い!!」


 心春の雄たけびとともに、何か赤いものが宙を舞うのが見えたような気がしたけれど、あたしはそっと視線を逸らした。


 うん。あたしは、何も見てない。


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