キノコが造ったキノコの森は、まるで巨大なキノコ型ランプの展示会場のようでもあった。
ひょろんと頭の上まで伸びて、ゆらんゆらんと揺らめいている巨大エノキは、白っぽい光を放っている。腰のあたりまである、オレンジに光るなめこっぽいやつが集まっているところがあったりもする。
ぐおーんと背の高い大木のようなキノコは、カサの部分は黄色で、茎の部分は黄緑に光っている。並んで立っているところもあれば、ポツンポツーンと間をおいて立っているところもある。
一番多いのは、膝くらいの高さのキノコだ。色や形もいろいろで、カサに模様があるのが特徴。星とかハートとか水玉とか、あと花柄とか。チューリップ柄のキノコとかもあるし。
どれもこれも、薄ぼんやりとした光を放っている。
不思議な骨董屋に迷い込んだみたいだ。
「キノコ本体を知らなければ、絵本の中に迷い込んだ気分に浸れたのに。森を出た時には、私たちまでキノコになっていそうな恐ろしさがあるわよね」
キョロキョロと視線を動かしながら、ベリーが言った。
うん、分かる。
「道があるのはありがたいわ。あのキノコの群れを掻き分けて進むのは勘弁願いたいもの。自転車も持って行けないし」
これは、
愛用の赤いチャリを引いている。
自転車は魔法で作ったやつだし、一回消して、森を出たらまた作るというか、呼び出せばよいのでは、と思いはしたけれど黙っておいた。
その方法に思いついていないだけなのか、思いついてはいたけれど、もう一度ちゃんと魔法で自転車を作れるか自信がないからなのかが、分からなかったからだ。
触らぬ何とかに何とかかんとかというヤツだ。
一番最初にこの森を訪れた時は、通れそうなところを探して、キノコを掻き分けて森を進んで行った気がするけど、今回は、森の創造主が一緒のため、足元的にはかなり快適になっていた。
気分的には、微妙だけど。
「ユリガミの力を秘めし、菌糸たちよ! 今こそ、ユリガミに祝福されし者たちを導くのです! 幻惑の彼方より姿を現せ! キノコロード!!」
とかいう、キノコの呪文というか呪いというか掛け声により、森の中に道が出来上がったのだ。森の中央まで一直線の、魔法のキノコロードが、ずわっと一瞬で出来上がったのだ。
スムーズに自転車を引いていける、アスファルト舗装どころかワックスがけ後の廊下のようなツルツルでぼんやり光るキノコロード。
地の色は白なんだけど、両手を合わせたくらいのサイズのカラフルなキノコ模様の廊下というか通路だ。模様は、マッシュルームみたいな形で、なんかランダムに消えたり現れたりしている。
キノコロードの終着点、森の真ん中には、平べったいキノコが見える。小さく見えるけど、近づいたらみんなが乗れるくらいのサイズはあるはずだ。
うん。覚えている。
あれは、キノコ型トランポリンだ。
あたしが、キノコ(心春)と初めて出会った場所でもある。あそこ、森の真ん中だったんだなー。
「では、みなさん! 私の後について来てください! まずは、
「…………はーい」
威勢のいい心春の指示にやる気を削がれ、無気力漂う返事をしつつ、言われたとおりの隊列を組んで心春の後に続く。
もちろん、手を繋いだりしないし、小指と小指を触れ合わせたりもしていない。
てゆーか、月下さんは自転車を持って行くつもりみたいだし、両手がふさがっているから、どのみち無理じゃない? まあ、いいんだけどさ。
それにしても、先導役のキノコの喧しさと言ったら半端ない。
喧しいと言っても、耳にではなく、目に喧しいのだけど。
間違った方向に気を使っているつもりなのか、百合色漂う妄想に忙しいだけなのか、キノコロードを進み始めてからのキノコは無言を貫いていた。
だが、煩い。
存在が煩い。
キノコの森のキノコロードを歩くキノコの着ぐるみなんだから、景色に埋もれてもいいはずなのにさ。
煩い。とにかく、煩い。
キノコの体に纏わりついている、カラフリャーなミニキノコ電球がビカビカと煩いのだ。
キノコが歩くのに合わせて、そのビカビカがゆらんゆらん揺れるのもまた煩い。
はっきり言って、景観を損ねている!
ぼんやりとした光を放つ幻想的なキノコの森の中を歩く、ネオン街系キノコっていうか。
思い出してみれば、初めて会った時は、妖精っぽいコスチュームだったんだよな。絵本とかに出てくる妖精をモチーフにしたみたいな、可憐で可愛い感じのコスチューム。髪型がマッシュルームだったから、キノコの森で暮らしている妖精みたいだったのにな。
コスチュームだけは。
なのに、コスチュームだけとはいえ、どうしてこんなことになっちゃったんだろうな。
……………………。
いや、キノコへの愛ゆえだって分かってはいるけどね!
分かってはいても、つい問いかけたくなってしまう。
そういう時って、あるよね?
「到着しました! どういたしましょう! まずは、お二人ずつキノコランポリンの上で、愛を確かめ合ってみます!? それとも、先に、もう一度カケラサーチをしてみます!? あ、いけない! 私としたことが! もちろん! お二人ずつとは言わず、全員で愛を確かめ合うというのもありだと思います! あ! その際には、私は下に残って、見守らせていただきますから、ご安心ください!」
ぼんやりと戻らない過去へと想いを馳せていたら、キノコの無意味に元気な声が聞こえて来て、現実に呼び戻された。
…………いや、待て!
いろいろ、ツッコミどころが…………いや、今さらだよね。
ここは、スルー一択で。
「キノコランポリン……? ああ、キノコ型のトランポリンってことね。じゃあ、もう一度サーチするわね」
ベリーがキノコランポリンに引っかかったみたいだけれど、一人で解決して、キノコには答えずに早速サーチを始めた。
さすが、ベリー。
あたしよりも、キノコの扱いを分かっているよね。
…………てなわけで。
仕事の早いベリーさんは、最後まで言い終わる前にペンダントを掲げる。
すると、光はトランポリンの前であたしたちの方を向いている心春の脇を掠めて、トランポリンの真上、中央よりやや右側を射した。
光の先に、何かがいる。
トランポリンの上で、ひらんひらんと舞うそれを追いかけて、サーチライトが模様を描く。
ん? あれ?
あれって…………。
自分の目が信じられず、あたしは何度か瞬いてから、正体を見極めてやるとばかりに、もう一度それを凝視してみる。
でも、結果は同じだった。
見間違い、なんかじゃない。
え?
これって一体、どういうこと?
「白い……蝶々?」
誰かの呟きが、湖面に広がる波紋のように響いていった。
そう、なのだ。
カケラを探す光が照らしだしたのは。
ヒラヒラと舞い踊る、一匹の白い蝶々だった――。