「春馬君は暴れなかったか……まぁいいさ、
スーパーから春馬たちが出てくると
「上手くいったみたいだな。信じてたぜ!!」
「あ、ありがとうございます……」
「どうした? 元気がないねぇ。あ、もしかしてお金のことかな?」
「……」
春馬は力なく
「キングに売った恩はデカイって言っただろ? 気にしてんじゃねぇよ。話がまとまったなら、さっさと帰るぞ!!」
「は、はい」
寛がハイエースのドアを開けると臣の明るい声が聞こえてきた。
「春馬さん、小夜さん、禍津姫さん、お疲れさまでした!!」
臣がペコリと頭を下げると隣で睡魔も「みんな、お疲れさま」と言葉をかけてくる。春馬は俯きかげんになりながら口を開いた。
「臣君、あの……お金のことなんだけど……」
春馬は契約金のお礼を言おうとしたが、上手く言葉が出てこない。そんな春馬の心を察して臣は微笑みかけた。
「春馬さんのおかげで外の世界を見ることができました!! それに、春馬さんの活躍にも期待しちゃってます!! だから、その……気にしないで下さい!!」
臣は中性的な顔を真っ赤にして精一杯、春馬を気づかっている。その様子を見ていた春馬は胸の奥から熱いものがこみ上げてきた。
「ありがとう……本当に、ありがとうございます」
春馬はみんなが臣に忠誠を誓う理由が少しだけわかったような気がした。お金を用立ててくれたからだけではない。夏実を救うという深刻な問題を共有してくれる……その事実が本当に嬉しかった。
「さあ、参るぞ。わらわは帰って、げ~むをしなければならぬ。忙しいのじゃ」
春馬の気持ちをよそに、禍津姫が
「悪い。みんな、ちょっと待っててくれ」
寛はそう言って莞爾の乗る車へ向かう。戻ってくるときには莞爾の部下を一人連れていた。
「俺はちょっと泰斗たちと話があるから別の車で帰る……この車は彼に運転してもらう」
「よろしくお願いします!!」
寛が運転手の変更を告げると部下は元気よく挨拶して運転席へ乗りこむ。寛は笑顔で指示を出した。
「じゃあ、来たときと同じ車列、道順で帰ってくれ。キングが乗っているんだ。くれぐれも安全運転で頼むよ」
「ハイ!! 寛さん、了解いたしました!!」
「いい返事だねぇ」
寛は部下の肩をポンと叩いて泰斗の車へ向かった。
✕ ✕ ✕
帰りの車内は明るい会話が続いていた。九兵衛が
「ムゥ。うまくいかないのう……なぜじゃ??」
禍津姫は臣からもらった風船ガムに挑戦していた。ただ、風船を作ろうとしては何度も失敗している。
「
「そんなわけないでしょ。見てて」
小夜は悪戦苦闘する禍津姫を尻目に大きな風船を作ってみせた。
「ヌゥ……わ、わらわだって……」
禍津姫は
「フン……もうよい……もう知らぬ……」
「ちょっと膨れないでよ。作り方をちゃんと教えるから」
「本当か? 小夜、騙したら承知せんぞ」
「騙さないって。こうやって舌をガムに入れて……」
「こ、こうか?」
「そうそう……」
ふと、小夜は禍津姫の
「
「えっ!? あ、あとはそこに空気を入れればできるよ」
「
風船ができると禍津姫は大喜びで助手席に座る春馬の肩を叩く。春馬に風船を自慢したいらしい。小夜は振り向いた春馬と一瞬だけ目が合った。慌てて俯き、視線を外す。
──ど、どうしてわたしは顔を伏せてるの……?
小夜は自分で自分が理解できなかった。普段の小夜はスクールカーストでトップに君臨する女王。小夜に
──なんで春馬を意識するのよ……。
小夜には
夜の公園で会った春馬が一瞬だけ見せた、憂いを含む大人びた表情……その顔がどうしても忘れられない。禍津姫は口づけを交わすとき、あの表情を見たのだろうか?
──見たよね……見たに決まってる……。
そう考えると心のざわめきは大きくなり、息苦しさは増すばかりだった。小夜は自分を誤魔化すようにスマホを起動させて涼の名前を探した。
✕ ✕ ✕
春馬が肩を叩かれて振り向くと最初に目が合ったのは小夜だった。しかし、小夜は春馬を避けるように下を向いてしまった。
──僕、また何かしたのかな……。
そう思っていると再び肩を叩かれる。顔をさらに後方へ向けると白い球体が目に飛びこんできた。よく見ると
「風船、できたんだ。よかったね」
春馬が微笑むと禍津姫は限界まで風船を膨らませた。間もなくして、パンッという音とともに風船が割れる。
「風船ガムとは面白いな……美味じゃし、遊び心がある。それに、無くならぬ」
初めて食べる風船ガムがよほど気に入ったのだろう。禍津姫は無邪気に笑っていた。
「春馬、楽しいのう」
「そうだね。でも、味がなくなってきたら捨てるんだよ」
春馬はダッシュボードからティッシュを取り出して手渡した。そのとき、最後尾の座席で
「臣君も……疲れたんだね」
「ん?」
禍津姫も春馬の視線を追いかける。グッスリと眠る臣を見て優しげに目を細めた。
「初めての外界に疲れたのであろう。
耳に溶けこむような慈愛に満ちた
──僕には禍津姫さんが暴虐の神とは思えない。どんな過去があって、今は何を想うんだろう……。
春馬は自分の心へ向かって問いかけてみるが禍津姫からの返答はない。悠久のときをへて復活し、今は春馬の両目に
車内には一人だけ不穏な空気に
──ああ……やっぱり。
睡魔の鬱々とした心が晴れることはない。睡魔はこれから起こるであろうことを想像して強く