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第26話 脅迫

 ネオンサインの消えたスーパーに再び黒塗りの高級車が入ってきた。車は駐車場の中央で停車し、蛮堂ばんどう泰斗たいとと黒服を着た男2名が降りてくる。やがて、助手席のドアが開くと緋咲ひさきひろしも駐車場に降り立った。



「おい、お前ら。準備はできてるか?」

「「「もちろんです!!」」」



 寛が尋ねると泰斗たいとたちは緊張した面持ちで答える。その手にはH&Kヘッケラーアンドコックと呼ばれる自動小銃の電動エアガンが握られていた。



「いいねぇ。ギャング映画の主人公にでもなった気がするよ」



 寛が嬉しそうに笑うと泰斗は部下たちに「行け」と命じる。2人の部下は頷くと通用口と裏口を目指して駆け出した。



「寛さん、いつでも行けます。命令してください」

「じゃあ、行くか」



 寛が歩き始めるとすぐ後ろに泰斗が続く。泰斗は黒髪の長髪で、神経質そうな目つきをしている。スクエアタイプの眼鏡を眉間でクイッとかけ直すとスーツのボタンを外した。



──寛さんの前で無様な姿は見せられない。鼠神そじんのクソどもにDMHデッドマンズハンドの偉大さを教えてやる。



 泰斗が覚悟を固めたころ、寛はスーパーの自動ドアをコンコンと叩いた。



×  ×  ×



 春馬たちが突然やってきたため、スーパーでは普段よりも遅くまで『明日の開店準備』が行われていた。入口付近の雑誌コーナーを整理しているのは鼠神そじんの兄妹だった。



「お兄ちゃん、この雑誌はどうするの?」

「ああ、それなら俺が後で裏に運んでおくよ」

「ありがとう。あ、今度の学校祭、お兄ちゃんたちも来るでしょ?」

「もちろんだよ、楽しみにしてる」



 鼠神と言っても外見は人間と変わらない。見た目は仲のよい高校生の兄と中学生の妹で、兄は伊三次いさじ、妹は五蕗葉いろはという名前だった。やがて、伊三次は自動ドアを叩く音に気づいた。



「お客さまかな……たまに、24時間営業と勘違いされるんだよな~。ちょっと行ってくる」

「じゃあ、こっちの整理はわたしがやっておくね」

「悪いけど頼むよ」



 そう言って伊三次が自動ドアへ向かうと、ドアの向こうには寛が立っている。寛は伊三次に気づくと口元をニヤリと歪ませた。



「君、ちょっとここを開けてくれないかなぁ?」

「申しわけありません。今日はもう閉店……!?」



 伊三次はギクリとして息をのんだ。寛の後ろには自動小銃を持つ泰斗が立っている。泰斗は敵意を隠さずに伊三次を睨みつけていた。伊三次が戸惑っていると寛は再び自動ドアをノックする。



「聞こえてるだろ? 俺は鈴宝院れいほういんの使いだ。開けてくれ」

「ちょ、ちょっと待ってください。今、開けます!!」



 『鈴宝院家』という名前を聞いた伊三次は慌てて自動ドアを手で押し開いた。



「サンキュー。ところでさぁ~」



 スーパーへ入った寛は左脇のガンホルダーからコルト・ガバメントを引き、いきなり伊三次のひたいへ銃口を突きつけた。



「君って鼠神そじんでしょ?」

「え……」



 伊三次の顔が見る間に引きつり真っ青になってゆく。



「え、えっと、ぼ、僕は……」

「何度も質問させないでくれるかなぁ。君、鼠神?」

「……」



 伊三次は恐怖で声を失い、答えるかわりに小さく頷いた。その瞬間、寛は問答無用で伊三次の顔面を撃った。伊三次のひたいや頬にポツ、ポツ、ポツと黒い穴が開く。


 声を上げることすらなかった。伊三次は膝から崩れ落ち、身体は淡い光に包まれて霧散する。七人ミサキや雨傘女あまがさおんなの最期と同じだった。床にはあるじを失った服だけが取り残されている。すると、店内に響き渡る悲鳴を上げて五蕗葉が駆けよってきた。



「お、お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃん!!」



 五蕗葉はその場にうずくまって何度も兄を呼ぶ。やがて、悲痛な呼び声は泣き声へとかわった。



「ど、どうして……お兄ちゃんを……」



 五蕗葉は伊三次の着ていた服を抱きしめながら寛を見上げる。涙のあふれる瞳には糾弾と憎悪の炎が灯っていた。寛は無表情でを見下ろしていたが、やがて監視カメラを見上げて口を開いた。



「九兵衛、見ているんだろ? 出てこい、二度は言わないぞ」



 寛は冷めた口調で言いながら妹の頭部へ銃口を突きつける。少したつと店の奥から九兵衛きゅうべえせんたち従業員が出てきた。泰斗たいとH&Kヘッケラーアンドコックの銃口を向けると九兵衛たちは両手を挙げて寛の前へ進み出た。



「出会えて嬉しいよ、九兵衛」



 ひろしはわざとらしい笑みを浮かべながらコルト・ガバメントをガンホルダーにしまいこんだ。すると、千が泣きじゃくる五蕗葉を抱きかかえて九兵衛の後ろへ連れてゆく。五蕗葉を見ていた九兵衛は怒りを押し殺して静かに尋ねた。



「なぜだ? どうしてこんなことをする?」

「教育だよ」

「……教育だと?」

「ああ」



 寛はタバコを取り出して吸い始めた。



「お前たちは先代さまとの協定を無視しておみさまを出迎えなかった……人間を舐めてる何よりの証拠じゃねぇか」

「協定を無視? そんなことはしていないぞ!! 実際に今日だって、鈴宝院れいほういん名代みょうだいが仲介して、春馬さまと神約しんやくを交わしたじゃないか!!」



 九兵衛の語気が強くなると泰斗が銃口を向ける。寛は泰斗を手で制しながら不思議そうに九兵衛を見つめた。



「あれぇ? 協定を無視してないって? そうか、そうか……くくく」



 寛は面白そうに笑いながら煙を吐く。そして、タバコを床に投げ捨てると、ダンダンダンと何度も踏みつける。まるで癇癪を起した子供のようだった。



「オイ、九兵衛ぇぇぇ!!!!」



 突然、笑っていた寛の額とこめかみに血管が何本も浮かび上がった。



「協定にある、『鈴宝院れいほういんの当主にこうべれる』を実行してねぇだろ!!」

「そ、それは……」

「臣さまはな、今日、初めて稲邪寺とうやじの外へ出たんだ!! それなのに……」



 ガンッ!! と、寛は商品棚を蹴った。振動でティッシュやトイレットペーパーといった生活用品が幾つも床へ落ちて散乱する。



「協定を結んだ相手は挨拶にも来やしねぇ!! 臣さまを軽く見やがって!! これが協定違反じゃなくて何なんだよ!!」



 寛は声を荒げてまくし立てる。その剣幕はこの場にいる全員を殺しかねない勢いだった。九兵衛のひたいに玉の汗が浮かびあがると、寛は急に顔をグッと近づけた。



「俺は知っているぞ。お前たちってヤツはどこまでいっても、人間を見下しているんだ。だから、舐めたマネができる。人間には敬意を求めるくせに、自分たちは敬意を払わねぇ」

「……」

「ホラ、何も言えねぇだろ? 人間を見下しているくせに、人間の真似事をして社会に溶けこんでやがる……そんなネズミどもを信用できると思うか?」

「信用できないから……伊三次を殺したと言うのか……?」

「そうだ。けものには調教が必要だ」

「たったそれだけの理由で……」



 うつむく九兵衛をよそに、寛は千や他の鼠神たち一人一人の顔も見た。鼠神たちは兄を殺された妹を除いて、誰も彼もが恐怖におののいている。寛は大きく息を吸いこんで声を張り上げた。



「いいか!! この地は鈴宝院れいほういんべる!! お前らの生殺せいさつ与奪よだつなんてDMHデッドマンズハンドの思うがままだ!! それを忘れるな!! おみさまは優しいかもしれないが、俺は違う!!」



 寛が宣言すると、それまで俯いていた九兵衛が震え声でつぶやいた。



「わ、わかったぞ……」

「あ?」

「あんたは最初から協定なんて、あてにしていない。俺たちを暴力で縛りにきたんだ……」

「本当にわかってるじゃねぇか。暴力は恐怖を生み、恐怖は秩序をもたらす。だから価値があるんだよ」

「その暴力、あんたに返ってくるとは限らないぞ」

「なんだと? どういう意味だ?」



 寛は再びコルト・ガバメントを引き抜いて九兵衛のひたいへ突きつける。しかし、今度は九兵衛にひるむ様子がなかった。



「わたしの言っている意味がわからないのなら、引き金を引けばいい……」

「……ふん」



 九兵衛の目を見ていた寛は鼻で笑うとコルト・ガバメントの銃口で自身のこめかみを掻いた。



「なあ、九兵衛……俺と神約しんやくを交わそうぜ」



 寛は再びニコニコと笑い始めた。

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