ネオンサインの消えたスーパーに再び黒塗りの高級車が入ってきた。車は駐車場の中央で停車し、
「おい、お前ら。準備はできてるか?」
「「「もちろんです!!」」」
寛が尋ねると
「いいねぇ。ギャング映画の主人公にでもなった気がするよ」
寛が嬉しそうに笑うと泰斗は部下たちに「行け」と命じる。2人の部下は頷くと通用口と裏口を目指して駆け出した。
「寛さん、いつでも行けます。命令してください」
「じゃあ、行くか」
寛が歩き始めるとすぐ後ろに泰斗が続く。泰斗は黒髪の長髪で、神経質そうな目つきをしている。スクエアタイプの眼鏡を眉間でクイッとかけ直すとスーツのボタンを外した。
──寛さんの前で無様な姿は見せられない。
泰斗が覚悟を固めたころ、寛はスーパーの自動ドアをコンコンと叩いた。
× × ×
春馬たちが突然やってきたため、スーパーでは普段よりも遅くまで『明日の開店準備』が行われていた。入口付近の雑誌コーナーを整理しているのは
「お兄ちゃん、この雑誌はどうするの?」
「ああ、それなら俺が後で裏に運んでおくよ」
「ありがとう。あ、今度の学校祭、お兄ちゃんたちも来るでしょ?」
「もちろんだよ、楽しみにしてる」
鼠神と言っても外見は人間と変わらない。見た目は仲のよい高校生の兄と中学生の妹で、兄は
「お客さまかな……たまに、24時間営業と勘違いされるんだよな~。ちょっと行ってくる」
「じゃあ、こっちの整理はわたしがやっておくね」
「悪いけど頼むよ」
そう言って伊三次が自動ドアへ向かうと、ドアの向こうには寛が立っている。寛は伊三次に気づくと口元をニヤリと歪ませた。
「君、ちょっとここを開けてくれないかなぁ?」
「申しわけありません。今日はもう閉店……!?」
伊三次はギクリとして息をのんだ。寛の後ろには自動小銃を持つ泰斗が立っている。泰斗は敵意を隠さずに伊三次を睨みつけていた。伊三次が戸惑っていると寛は再び自動ドアをノックする。
「聞こえてるだろ? 俺は
「ちょ、ちょっと待ってください。今、開けます!!」
『鈴宝院家』という名前を聞いた伊三次は慌てて自動ドアを手で押し開いた。
「サンキュー。ところでさぁ~」
スーパーへ入った寛は左脇のガンホルダーからコルト・ガバメントを引き、いきなり伊三次の
「君って
「え……」
伊三次の顔が見る間に引きつり真っ青になってゆく。
「え、えっと、ぼ、僕は……」
「何度も質問させないでくれるかなぁ。君、鼠神?」
「……」
伊三次は恐怖で声を失い、答えるかわりに小さく頷いた。その瞬間、寛は問答無用で伊三次の顔面を撃った。伊三次の
声を上げることすらなかった。伊三次は膝から崩れ落ち、身体は淡い光に包まれて霧散する。七人ミサキや
「お、お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃん!!」
五蕗葉はその場に
「ど、どうして……お兄ちゃんを……」
五蕗葉は伊三次の着ていた服を抱きしめながら寛を見上げる。涙のあふれる瞳には糾弾と憎悪の炎が灯っていた。寛は無表情でを見下ろしていたが、やがて監視カメラを見上げて口を開いた。
「九兵衛、見ているんだろ? 出てこい、二度は言わないぞ」
寛は冷めた口調で言いながら妹の頭部へ銃口を突きつける。少したつと店の奥から
「出会えて嬉しいよ、九兵衛」
「なぜだ? どうしてこんなことをする?」
「教育だよ」
「……教育だと?」
「ああ」
寛はタバコを取り出して吸い始めた。
「お前たちは先代さまとの協定を無視して
「協定を無視? そんなことはしていないぞ!! 実際に今日だって、
九兵衛の語気が強くなると泰斗が銃口を向ける。寛は泰斗を手で制しながら不思議そうに九兵衛を見つめた。
「あれぇ? 協定を無視してないって? そうか、そうか……くくく」
寛は面白そうに笑いながら煙を吐く。そして、タバコを床に投げ捨てると、ダンダンダンと何度も踏みつける。まるで癇癪を起した子供のようだった。
「オイ、九兵衛ぇぇぇ!!!!」
突然、笑っていた寛の額とこめかみに血管が何本も浮かび上がった。
「協定にある、『
「そ、それは……」
「臣さまはな、今日、初めて
ガンッ!! と、寛は商品棚を蹴った。振動でティッシュやトイレットペーパーといった生活用品が幾つも床へ落ちて散乱する。
「協定を結んだ相手は挨拶にも来やしねぇ!! 臣さまを軽く見やがって!! これが協定違反じゃなくて何なんだよ!!」
寛は声を荒げて
「俺は知っているぞ。お前たち
「……」
「ホラ、何も言えねぇだろ? 人間を見下しているくせに、人間の真似事をして社会に溶けこんでやがる……そんな
「信用できないから……伊三次を殺したと言うのか……?」
「そうだ。
「たったそれだけの理由で……」
「いいか!! この地は
寛が宣言すると、それまで俯いていた九兵衛が震え声でつぶやいた。
「わ、わかったぞ……」
「あ?」
「あんたは最初から協定なんて、あてにしていない。俺たちを暴力で縛りにきたんだ……」
「本当にわかってるじゃねぇか。暴力は恐怖を生み、恐怖は秩序をもたらす。だから価値があるんだよ」
「その暴力、あんたに返ってくるとは限らないぞ」
「なんだと? どういう意味だ?」
寛は再びコルト・ガバメントを引き抜いて九兵衛の
「わたしの言っている意味がわからないのなら、引き金を引けばいい……」
「……ふん」
九兵衛の目を見ていた寛は鼻で笑うとコルト・ガバメントの銃口で自身のこめかみを掻いた。
「なあ、九兵衛……俺と
寛は再びニコニコと笑い始めた。