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第27話 神約

「あんたと神約しんやくを結ぶだって?」

「ああ、そうだ。取引だよ」

「……」



 九兵衛は眉間に皺をよせ、怒りで頬をひくつかせた。



──この状況でコイツは何を言っているんだ? 



 寛は「取引」と言っているが、九兵衛には脅迫にしか聞こえない。追い返したいところだがひろしの残虐性を考えるとそうもいかなかった。



「……言ってみて下さい」

鼠神そじんの力で『カンデラ』っていう教会を探してくれないか」

「カンデラ?」

「ああ、名前なのか地名なのかわからないが、そう呼ばれている教会を見つけ出して欲しいんだ。北海道のどこかにあるのは確実なんだが……どうしても見つけられねぇ。どこにあるか、知りたいんだよ」

「……頼みごとができる状況だと思っているのか?」

「思ってるさ……おい、泰斗たいと

「ハイ」



 寛が呼びかけると泰斗は銃を構えたままスマホを取り出した。



「お前たち、入ってこい」



 泰斗が命令すると、ほどなくして通用口と裏口から二人の部下が銃を構えたまま入ってくる。二人は泰斗と一緒になって銃口を千や従業員たちに向けた。



「九兵衛、お前が首を縦に振るまで一人ずつ撃ち殺してもいいんだぜ」

「……」



 寛が凄んでも九兵衛にしゃべる気配はない。それどころか、覚悟を決めた目つきで寛を睨みつけていた。



「無駄な時間を使うのは嫌いなんだよ」



 寛はため息をついて再びタバコを取り出した。悠然とタバコをふかしながら九兵衛を見すえた。



「さっさと神約を交わそうぜ。気に入らないなら断ってくれて構わない。犠牲者が増えるだけだがな」

「……あんた、俺たちを脅せば何でも引き受けると思ってるだろ?」

「思ってるさ。実際、そうだろ?」

「つまり、引き受けなければ俺たち全員を殺すのか?」

「さすが鼠神そじん。察しがいいな」

「そんなの取引でも、神約しんやくでも、なんでもないじゃないか」

「それは、お前からすればの話だろ? 俺からすれば『カンデラ』を探してもらうかわりにお前たちの命を保障するんだ。立派な取引で神約だよ」

「……」

「またダンマリか? 無駄な時間を使うのは嫌いだって教えただろ? 断るなら、断ればいいじゃねぇか」



 寛は暴力を背景に暴論を押しつける。それは、人間の世界においてよく見られる光景だった。人間は暴力を背景に暴論を押しつけ、果てには戦争まで始める。その事実を人間社会で暮らす九兵衛は痛いほどよく知っていた。



──コイツは本当にわたしたちを撃つ……。



 『言うことを聞かなければ殺す』という単純な理屈が九兵衛のささやかな抵抗を徒労感に変えた。



「わ、わかった……わかったから銃口を下げてくれ!!」

「そうか? それなら、神約が成立だな」



 寛はタバコを投げ捨てると右手を差し出した。九兵衛は屈辱に耐えながらその手を握り、憎々しげに寛を見つめた。



「あんたの……名前は?」

「これは失礼。まだ名乗っていなかったな。俺は緋咲ひさきひろし鈴宝院れいほういんを取り仕切る家宰かさいにしてDMHデッドマンズハンドのメンバーだ。今後ともよろしく頼むよ」

「……このこと、鈴宝院家は……おみさまはご存知なのか?」

「キングには関係ない。俺とお前の神約しんやくだろ? ああ、そうだ……神約にもう一つ条件を加える。今日あったことを他言するんじゃねぇぞ」

「……」

「わかったな?」

「ああ、わかった」



 九兵衛の返事を聞いて満足したのか、寛は背を向けて歩き始めた。



「泰斗、取引はすんだ。帰るぞ」

「ハイ、わかりました」



 泰斗たちが寛に続こうとしたとき突然、九兵衛が声を張り上げた。



「緋咲寛!! あんたの親父さんを知っているぞ!!」

「……」



 寛はピタリと足をとめた。すぐに泰斗が顔を覗きこんでくる。



「寛さん、どうしますか?」



 泰斗は寛に心酔している。もし、寛が「撃ち殺してこい」と命令するなら、すぐにでも引き返して九兵衛を撃つつもりだった。しかし、寛の返事は素っ気ない。



「いい、構うな。ほっとけ」



 寛は振り返らずに歩き始め、自動ドアの前までくると脇へ視線を落とした。そこには撃ち殺した伊三次の衣服がそのまま置かれてある。一瞬、寛は再び五蕗葉いろはの悲鳴を聞いた気がした。



×  ×  ×



「『カンデラ』の件、まとまってよかったですね!!」

「……」



 寛が車の助手席へ乗りこむと運転席の泰斗が嬉しそうに話しかけてきた。泰斗の顔には大任を果たした喜びがあふれている。



「でも、大丈夫ですか?」

「何がだ?」

「人質とか取らなくて……鼠神そじんの奴ら、逃げませんか?」

「神ってヤツは自分から神約しんやくを破ることができない。それに、あいつらは八頭やず大蛇おろちの宿主とも神約を交わしている。もし逃げようとするなら……八頭大蛇が始末してくれるよ」

「なるほど、さすが寛さんだ!! 凄いなぁ……」



 泰斗は神経質そうな顔をほころばせてうなずいる。寛は大きな欠伸あくびをしながらシートを倒した。



「それにしても、疲れたよ」

「寛さん、稲邪寺とうやじに着いたら起こしますので、休んでいて下さい」

「わかった。頼むぞ、泰斗」

「はい!!」



 泰斗は寛に頼られるのが嬉しくて元気に答える。寛は少しだけ口の端を上げて微笑み、座席に深く座り直した。ゆっくり目を閉じるとまぶたの裏に睡魔の面影が浮かぶ。睡魔は悲しげな顔をしていた。



──やはり睡魔は……俺の行為を嫌悪しているのだろうな……。



 そんなことを考えているとエンジンの起動音が聞こえ、やがて背中に重力を感じる。車はスーパーから稲邪寺とうやじへ向かって発進した。

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