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第29話 襲撃01

 午前1時ごろになるとひろしの乗る車が稲邪寺とうやじへ帰還した。車は重々しい門扉もんぴを通り抜けて駐車場へ入ってゆく。



「お疲れさまです。寛さん、着きましたよ」

「……ああ」



 寛は運転席の泰斗たいとへ短く答えて車を降りる。



──……ん?



 駐車場へ降り立った寛は言い知れない違和感を感じた。その違和感は直観的なもので、もしかすると滞留する空気や湿度の変化を敏感に感じ取っただけかもしれない。



──何かがおかしい……。



 見慣れた駐車場に妙な雰囲気を感じる。警備員室から夜間担当の警備員が出てくる気配もない。



「泰斗、今日の警備は朝霧あさぎりが担当だったよな?」

「確かそうですが……依子よりこに連絡してみますか?」

「……いや、大丈夫だ」



 寛が答えた瞬間、駐車場の照明が不規則に点滅して消える。非常灯へ切り替わると同時に、けたたましい警報が駐車場全体へと響き渡った。



「ひ、寛さん!!」



 泰斗の困惑した声に振り向くと、駐車場の奥、薄暗がりのなかにボンヤリとした影が3体浮かび上がっている。影は山羊やぎの頭部をしており、ボロボロの黒衣をまとっていた。その姿は悪魔崇拝者たちが崇めるバフォメットそのものだった。



「なんだ? 洋モノが寺で何してんだよ」



 寛はコルト・ガバメントを取り出すと泰斗や部下も慌ててH&Kヘッケラーアンドコックを構える。すると、バフォメットたちはこちらへ向かって一直線に走り始めた。



「来るぞ!! 撃てぇッ!!」



 寛がコルト・ガバメントを撃つと泰斗たちも一斉射撃を始める。BB弾はバフォメットの頭部や胴体へ命中した。しかし、退魔の効果があるBB弾を被弾しても消滅しない。



「オ゛オ゛オ゛……」



 ただ、全く効果がないというわけでもない。バフォメットは頭部に集中砲火を浴びると低い唸り声を上げてその場にしゃがみこんだ。



「バットを使え!!」



 寛はそう叫ぶと車へ駆けより、トランクから退魔用バットを取り出して泰斗へ投げ渡す。自分もバットをつかんで足早にバフォメットへ近づいた。


 バフォメットは部下たちが放つH&Kヘッケラーアンドコックの射撃を受けてうずくまっている。寛と泰斗はバフォメットの頭上に容赦なくバットを振り下ろした。



「オ゛オォ……」



 2体のバフォメットは身体中からアーク放電に似た光の筋を放って消滅する。寛は残された1体の前で仁王立におうだちになった。



「勝手に入ってんじゃねぇよ。クズどもが」



 寛はバフォメットの頭部へバットを一閃させた。そして、全てが終わると泰斗の方を向く。



「他にはいないか?」

「大丈夫です!! 他には見当たりません!!」



 泰斗が周囲を警戒しながら答えると、寛はバットを構えたまま警備員室の扉を開けた。



「……クソが」



 目の前には凄惨せいさんな光景が広がっていた。体格のよい警備員が2名、腹部を血だらけにして倒れている。バフォメットたちの仕業しわざなのだろう、血溜まりには引きずり出された内臓が散乱していた。



「寛さ……ウッ!?」



 寛に続いて入った泰斗が顔色を変える。



「泰斗、見るな。外に出てろ」

「……ハ、ハイ」



 泰斗が外へ出ると寛はスマホを取り出して睡魔にかける。しかし、電波妨害でも行われているのか、発信すらろくにできない。次に固定電話を試してみるが、電話回線も遮断されていた。誰かが手際てぎわよく稲邪寺とうやじを孤立させていた。



「やってくれるじゃねぇか」



 寛は舌打ちをして警備員室を出ると山門さんもんへ向かうべくエレベーターを見た。



「泰斗、ついて来い!!」

「ハ、ハイ!!」

「……どうした?」

「い、いえ、なんでも……」



 泰斗は初めて見る凄絶せいぜつな光景に動揺し、顔色を真っ青にしていた。いつもの冷静な表情とはほど遠い。それは二人の部下も同じで、泰斗たちは必死になって動揺を押し殺していた。



「お前ら、落ち着け。日頃の覚悟が試されているぞ」



 寛の声色こわいろは泰斗たちの動揺を瞬時に凍らせるほど冷たかった。



「お前らは俺と一緒に来るんだろ?」

「……」



 泰斗は語りかける寛の目を見て身震いした。今現在、身の回りで起きていること以上に、寛へ対して恐怖を感じる。寛の目は「頼りにならないなら、お前から先にバットを振り下ろす」と言っていた。



「どうなんだ? 大丈夫か?」



 寛は集団が混乱しても動じずに統率する指導者だった。そんな寛を泰斗は心から尊敬している。寛を落胆させることは泰斗にとって何よりもありえないことだった。



「寛さん、大丈夫です。斬り死にする覚悟はできています」



 泰斗が目つきを鋭くさせると寛はニヤリと笑う。



「泰斗、その意気だ」

「はい」



 泰斗はスーツの上着を脱ぎ棄ててバットを握り直した。部下たちも同様に上着を脱ぎ棄ててH&Kヘッケラーアンドコックの弾倉を交換する。



「行くぞ。ついて来い」



 寛は泰斗の肩を叩くとエレベーター横の階段へ向かって駆け出した。エレベーターは主電源を自家発電に切り替えて稼働していたが、用心のために階段を使っていた。泰斗たちも寛に続いて階段を駆け上がった。

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