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第30話 サバト01

 ぶらん、ぶらん、ぶらんと宙でウサギが揺れている。禍津姫まがつひめはぬいぐるみの持ち方までもが残酷だった。



──いろいろと間違ってねぇか?



 寛は切迫した状況にも関わらず苦笑いを浮かべる。すると、禍津姫は不機嫌そうに口を開いた。



「下郎、さっさと山門さんもんまで走るのじゃ。睡魔すいまが待っておるぞ」

「睡魔は無事なのか!?」

「さよう。小夜さやおみも……みな無事じゃ」



 禍津姫は敦盛から視線を切らずに答えた。



「さっさとぬるがよい」

「……わかった、感謝する」



 寛は敦盛を禍津姫に任せて山門へ向かった。敦盛はすでに標的を禍津姫にかえて戦闘態勢をとっている。一瞬、寛は禍津姫と共に戦うことを考えたが、すぐに思い直した。参戦したところで、足手まといになるのは明白だった。



──禍津姫と敦盛が共倒れにでもなれば願ったり叶ったりなんだがな……まぁ、格が違い過ぎるか……。



 寛は思惑を胸に走り続けた。



×  ×  ×



「さて……」



 禍津姫は敦盛を値踏みするように見つめた。その顔には強者の余裕と、闇をべる女王としての威厳が満ちあふれている。そして今、女王は不機嫌だった。



「敦盛……さぞ、苦しかろう。今、その呪縛をくゆえ安堵いたせ」



 禍津姫は敦盛の顔の横にえたバフォメットを無視して語りかける。



「お゛、お゛、お゛」



 敦盛は返答のかわりに低く唸る。敵意を剥き出しにする姿を見て禍津姫は一瞬だけ眉をよせた。そうかと思えば双眸そうぼうがだんだんと赤い攻撃色に染まってゆく。



塵芥ちりあくたに等しき下等なものよ。今すぐ敦盛を解放するのじゃ。さすれば、わらわも慈悲を見せようではないか。苦痛を感じさせず、一瞬でほうむってやろう」



 禍津姫は細くなった瞳孔でバフォメットを見すえる。バフォメットは無表情のままだが、かわりに敦盛が唸り、吠えながら小刀を構えた。



「ふふっ」



 禍津姫は呆れて小さく笑った。



「ゴルゴンの三姉妹ならいざ知らず、その程度の力でわらわに対峙するとは……片腹痛い」



 禍津姫の嘲笑が聞こえたのか、敦盛は憤怒の形相をいっそういからせた。四本の足で大地を蹴り、禍津姫へ向かって思いきり跳躍する。



「無駄じゃ」



 禍津姫は飛躍する敦盛に向かって悠然と左手をかざした。とたんに、敦盛の動きが空中でピタリと止まる。静止する敦盛の周りには無数の蛇がまとわりついていた。



「たわいもない……敦盛よ、しばしの我慢じゃ」



 禍津姫がつぶやくと蛇たちは口を目いっぱいに開いてバフォメットの顔や手足に喰らいつく。蛇たちはバフォメットを敦盛から引きがそうとして牙に力をそそぎ、思い切り引いた。



「う゛ぅう゛ぅぅぅ」



 バフォメットが引き剥がされていくにつれて敦盛の顔が憤怒から苦悶へ変わる。やがて、同化していたバフォメットが完全に引き離されると、敦盛の顔は安らかなものへと変わった。



「敦盛、また笛を聴かせたもう……」



 禍津姫がささやくと敦盛はニコリと微笑んだ。そして、闇に溶けこむようにして消えてゆく。



「あとはこやつじゃな……」



 禍津姫は空中で蛇たちに縛られているバフォメットを見た。無数の蛇に巻き付かれたバフォメットは身体を小刻みに震わせて脱出を試みている。しかし、バフォメットの抵抗など有ってないようなものだった。



「どうしたものかのぅ……」



 禍津姫は眉をひそめながら首を傾げる。そして、今度は右手に持ったウサギのぬいぐるみを大事そうに両手で抱えた。



「どうしようかの? ウサさん? ……フム、フム」



 禍津姫はぬいぐるみの口元へ耳をよせて何度も頷く。まるで人形遊びをする大きな子供だった。



「やはりウサさんもそう思うか? では、聞いてみるとしよう……」



 禍津姫は納得したように呟くとゆっくり瞼を閉じる。



「春馬よ、こやつをどうする?」



 禍津姫は力の行使を許した宿主へ語りかけていた。

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