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第30話 サバト02

──禍津姫まがつひめさん、コイツらは一体……??



 禍津姫が心の奥底で語りかけると春馬の声が返ってくる。二人は精神世界で会話していた。



──バフォメット……『サバトの牡山羊おすやぎ』と言う別名を持っていたはずじゃ。

──サバト?

──サバトとは魔女たちがもよおうたげのこと。バフォメットは魔女を崇拝し、信仰する妖怪といったところじゃ。

──じゃあ、『幽世かくりよの住人』でDMHデッドマンズハンドの敵……。

──そうなるのう。

──……コイツらを拷問して、他に仲間がいないか聞き出せませんか?



「ほう。春馬は『幽世の住人』を拷問せよと申すか?」



 禍津姫は思わず声に出すと、おもむろに瞼を開いた。目の前では無数の蛇に絡めとられたバフォメットが手足を捻って足掻あがいている。その姿はまるで人語をかいさない獣だった。



「こやつらは言わば使い魔。しょせんは捨て駒じゃ。痛めつけた所で得るものはなかろう」


──そうなんですか……。



 春馬の声はどこまでも暗い。落胆ぶりが禍津姫にも伝わってくる。少したつと、再び春馬の声が聞こえてきた。



──何も聞き出せないのなら、殺して下さい。みんなのをしないと……。



 禍津姫には揺るぎのない冷たい意思がハッキリと伝わってきた。



「心得た」



 禍津姫はバフォメットへ向かって再び左手をかざした。そして、その手を素早く空へかかげる。その瞬間、バフォメットの身体は凄まじい勢いで空高く舞い上がった。樹々の葉を突き抜け、またたく間に稲邪寺とうやじを見下ろす高さまで飛び上がる。



「う゛ぅ……」



 バフォメットが呻くと今度は夜空に輝く月や星々が消え去った。そこには、夜空一面を覆う一匹の大蛇だいじゃが現れていた。


 かつて、神話の時代……八頭やず大蛇おろちの力は『天を覆い、地を震わせ、海を飲み干す』と形容された。禍津姫はその力の片鱗を顕現けんげんさせていた。夜空を支配する大蛇にとってバフォメットなど取るに足らない、小さなつぶのような存在だった。


 ぱくり。と、大蛇はバフォメットを丸呑みにした。そして、赤い眼で辺りをひと睨みしてき消える。八頭大蛇が消えると稲邪寺の樹々に再び月光がさし、星々はまたたきを取り戻した。



「……不味まずい」



 夜空を見上げていた禍津姫は顔をしかめながらつぶやいた。そして、そのまま春馬の声を待つが、春馬は沈黙したままだった。しかたなく、禍津姫はウサギのぬいぐるみを抱きしめる。



「ウサさん、参ろうか。わらわはネムネムじゃ……」



 禍津姫は抱きかかえたウサギに語りかけながら山門へ向かった。



×  ×  ×



「兄さん!!」


 山門さんもんをくぐった寛へ真っ先に声をかけてきたのは小夜だった。小夜は寛に駆けよって抱きつくと、存在を確かめるように両腕へ力をこめる。普段は気丈な小夜が不安げに寛を見上げていた。



「小夜……」



 寛は小夜の頭を優しくなでながら辺りを見回した。山門の周囲には泰斗たちの他に稲邪寺とうやじで働く人々の姿もある。



「小夜、キングは?」

おみさまは睡魔義姉ねえさんと一緒に避難してる」

「そうか……」



 寛は安心して深く息をついた。



「何がどうなってる?? 何が起きた??」

「……わからない。義姉さんに起こされたときにはもう警備員室が襲われた後で、外部との連絡も取れなくなっていたの」

「……」

「強力な結界がある山門のなかは大丈夫だったけど、外は……」



 言いよどむ小夜を見て寛は襲われた警備員室を思い出した。



「何人やられた?」

「連絡が途絶えたまま山門に戻って来てないのは……ひっ!?」



 寛を見上げていた小夜は急に悲鳴を上げた。寛が慌てて小夜の視線を追いかけると、高い樹々の上には星空を制圧する一匹の大蛇が現れていた。



──な、なんだ……アレは……。



 寛は強大で禍々しい姿を見て言葉を失った。寛と小夜だけではない。山門の周囲にいる人々も八頭やず大蛇おろちの存在に気づいて圧倒されている。


 大蛇はバフォメットをひと呑みにすると、巨大な双眸そうぼうで辺りを一睨いちげいして消える。赫赫かくかくとした眼光は、消えたあとも見た者の心を震え上がらせていた。



「アレが……八頭やず大蛇おろち……マジか……」



 寛が絶句しているとほどなくして山門にウサギのぬいぐるみを抱いた禍津姫が現れる。みんなは一斉に禍津姫を見た。



「……」



 禍津姫は集まる視線に気づいてピタリと足を止めた。禍津姫を見つめる誰もが恐怖で顔を引きつらせている。もちろん、窮地を救った感謝などない。禍津姫はどこか悲しげに微笑んだ。



「遥か以前にもそのような目で見られたことがある。いつの世も変わらぬな……」



 強大な力を振るえば必ず恐れられる。わかっていたことだが、それでも禍津姫には寂しく思えた。



──しょせん、嫌悪される運命さだめなのじゃ……。



 禍津姫がため息をついたとき突然、小夜の明るい声が山門に響いた。



あき!! 助けてくれてありがとう!!」



 禍津姫は意外そうに小夜を見る。小夜は笑顔で歩みよってきた。



「さすが、神話に出てくる神獣。最強じゃん」

「さ、小夜……」

「ホラ、行こう」

「え!? あ……」



 小夜は戸惑う禍津姫の手を強く握って引いた。禍津姫の心の悲哀を感じ取ったのか明るく振舞っている。



「ぬいぐるみと一緒に戦うのはいいけど、大切にしてよ」

「あ、当たり前じゃ!!」

「大事にしないなら、返してもらうからね」

「嫌じゃ!! ウサさんはもうわらわの物じゃ……返さぬぞ」

「わかった、わかった」

「……」



 繋いだ手からは小夜の温もりが伝わってくる。小夜の気配りに気づいた禍津姫は心も温かくなるのを感じた。



「……小夜は優しいのう」

「ん? 何か言った?」

「いいや。何も言っておらぬ」



 禍津姫のつぶやきが小夜に届くことはなかった。それでも、禍津姫は嬉しかった。小夜に手を引かれていると心なしかきずなを感じられる。いつの間にか足取りも軽くなっていた。

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