「ま、
春馬は飛び起きて声の主を呼んだ。
──春馬よ、今、
やけに冷静な禍津姫の声が脳内にひびく。そうかと思えば次の瞬間、
「う、うわぁッ!!」
春馬は高所からの光景に驚いて悲鳴を上げた。
──情けない声を上げるでない。この景色はわらわが今、見ているものぞ。お主は今、わらわと視覚を共有しておる。
「視覚を共有!?」
──さよう。わらわと春馬は……い、一心同体じゃから……な。
禍津姫の
──見るがよい。
禍津姫がそう告げると視界が望遠鏡を覗くようにグンと広がった。夜陰をものともせず、鮮明に辺りを見渡せる。
「えっ!?」
春馬は
──わらわがねぐらを変えたとでも思ったのであろう。人外の者が侵入しておる。下郎が交戦しておるが……まず、敵わぬじゃろうな。
「……」
春馬は顔色を真っ青にした。言葉を失っていると禍津姫が決断を迫ってくる。
──春馬よ……戦うか
「で、でも……」
戦うなら禍津姫の力を解放することになる。誰もが恐れる力を自分一人の考えで解放してよいものかどうか
──ふふっ。
春馬が迷っていると一瞬、禍津姫の笑い声が聞こえた。
──例えその身にわらわの力を宿しても、本人が臆病で優柔不断な
嘲笑とともに禍津姫は再び
「ひ、寛さん!?」
あまりの出来事に春馬は強く目を
──目を背けるな!! 犠牲者も出ておるのだ!!
禍津姫の怒声が聞こえると春馬は慌てて目を開けた。
──嘘に
決断を迫る声は春馬の身体中を駆け巡って心を奮い立たせた。
──僕は……匹夫なんかじゃない……。
春馬は心の中で静かに宣言すると乱れた髪をゆっくり後ろへかき上げた。前方を睨む瞳はもはや怯えてなどいない。眼前の敵を憎み、
「禍津姫さん、僕のために戦って下さい……
春馬は強く願う気持ちをそのまま言葉にして並べた。
──相分かった……ふふ。ふふふ……。あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは。
突然、禍津姫は
──春馬よ、一つ教えておくぞ。そなたの言葉は
「う、うん。わかった……」
──それでは参るか。わらわも寝ているところを起こされて気分が悪い。
禍津姫が語り終えると同時に春馬の視界は高所から山門、そして寛のもとへと曲線を描いて変化する。禍津姫は
──禍津姫さん。コイツらは一体……??
──バフォメット……『サバトの
──サバト?
──サバトとは魔女たちが
──じゃあ、『
──そうなるのう。
──……コイツらを拷問して、他に仲間がいないか聞き出せませんか?
「ほう。春馬は『幽世の住人』を拷問せよと申すか?」
禍津姫は少し驚いた様子だった。
「こやつらは言わば使い魔。しょせんは捨て駒じゃ。痛めつけた所で得るものはなかろう」
──そうなんですか……。
春馬は落胆するのと同時にバフォメットから興味を失った。相変わらず、自室のドアによりかかりながらボンヤリと机を見る。そこには夏実も一緒に写った家族写真が飾られてあった。家族を奪われる辛さは春馬も知っている。
──何も聞き出せないのなら、殺して下さい。みんなの仕返しをしないと……。
春馬は犠牲者たちの報復を望み、暗い声でつぶやいた。
「相分かった」
そして、八頭大蛇がバフォメットを喰らった瞬間、春馬の赤い攻撃色に染まる両目の瞳孔がいっそう細くなった。敵を
──僕の力で『
──寛さんを子供扱いした敵を
──僕は無力なんかじゃない!! 強いんだ!!
春馬は自分に対する惨めな感情をいつの間にか忘れ去っていた。かわりに、心のなかではどす黒い感情が渦巻いている。ギロリと、前髪の奥で瞳が揺れた。そのとき……稲邪寺の上空では、夜空を支配していた