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第32話 噂01

 小夜は江陵館こうりょうかん高校こうこうへ黒塗りの高級車で送り届けられた。車から降りると登校中の生徒たちは物珍しそうな視線を向ける。ダークスーツを着た黒鉄くろがね莞爾かんじや部下たちがSPセキュリティポリスのようにより添っているのだから目立って当然だった。



──あまり目立ちたくないけど……仕方ないか。



 ひろしや睡魔は稲邪寺とうやじへの襲撃に人間の関与を疑っている。だから、黒鉄莞爾に小夜を送らせていた。襲撃されて犠牲者が出ても平然と学校へ通う……小夜の住む世界はそんな環境だった。



「小夜さま、どうかお気をつけて」

「莞爾さん、ありがとうございます。行ってきます」



 小夜は巨体を屈める莞爾に挨拶して校門をくぐった。



×  ×  ×



 『2年B組の成瀬なるせ春馬はるまが軽音部の3人を病院送りにした』……春馬の起こした暴力事件は学年中に広まっていた。


 春馬と喧嘩をした3人は普段から評判が悪かった。彼らは内向的な生徒には暴力的で居丈高にふるまい、体育会系やクラスの人気者には媚びへつらう態度を見せていた。みんな口にはしないが心のどこかで自業自得だと思っていた。


 当然ながら春馬の評価が上がることはない。むしろ、一見おとなしそうな春馬が暴力を振るったことで、春馬へ対する恐怖と嫌悪が増していた。



「成瀬春馬って、ヤバくない?」

「うん……ちょっとやり過ぎだよね」

「校則違反を注意されて逆ギレしたんでしょ? 学校を辞めてくれないかな……」



 暴力を毛嫌いする女子たちは、ことの真相を知らないまま春馬を断罪した。



──何も知らないくせに。



 小夜は午前の授業が終わると囁かれる噂話を嫌って教室を離れた。しくも、小夜が向かった場所は、先日春馬が訪れた校舎外れの外階段だった。



×  ×  ×



 夏の陽射ひざしは強いが踊り場はちょうど日陰になっている。小夜は階段に腰かけると売店で買ったカルピスソーダを飲んだ。暑い中で喉をうるおすカルピスソーダは格段に美味しい。小夜は飲みながらスマホを取り出してメッセージ画面を開いた。



「……」



 画面を見た小夜は綺麗に整った眉をよせた。涼に送ったメッセージが既読になっていない。電話をしてみてもすぐに音声案内へ切り替わる。



「涼……」



 小夜は小さくため息をついた。すると、誰もいない空間から声がする。



「何をうれうのじゃ?」 

「!?」



 突然声をかけられ、小夜は驚いてカルピスソーダが気管に入りそうになった。むせながら顔を上げると、踊り場の鉄柵の上に禍津姫まがつひめが立っている。



「ケホケホッ……脅かさないでよ」

「すまぬ、すまぬ。退屈だったのじゃ」

「……あき、そんな所に立ってたら危ないよ」

「ふふふ。どうじゃ? すごいじゃろう?」



 神出鬼没の神獣は曲芸師のように鉄柵の上を歩いてから、ストンッと小夜の前に飛び降りた。



「それにしても……やはり、『あき』とはよい響きじゃ」



 禍津姫は小夜の隣に腰を下ろすと白い歯をこぼして微笑んだ。



「『媛』という漢字は才色兼備で落ち着いた女子おなごを意味する。わらわに相応ふさわしい」

「そうですか」

「つれないな……。心配事は『げ~む』のことか? ならば相談に乗るぞ!!」

「そんなんじゃないよ」

「なんじゃ……つまらぬな」



 小夜はスマホを覗きこもうとする禍津姫を手で制した。禍津姫が肩を落とすと話題を変える。



「ねえ、媛。昨日の襲撃……何か心当たりがある?」

「わらわにある訳がなかろう。千年以上、鏡の中に封印されておったのじゃぞ」

「そっか。そうだよね……」

「むしろ、原因はそなた達にあるのではないのか?」

「え?」

「そなたらDMHデッドマンズハンドは苛烈に神や幽鬼ゆうきを狩ってきたのじゃろう? 恨みを買っていても不思議ではあるまい」

「……」

「暴力を振るった方が忘れても、振るわれた方は絶対に忘れぬ。それは神や幽鬼とて同じ。人知れず、稲邪寺とうやじを襲う機会をうかがっていたやからがおったのやもしれぬぞ」

「……」



 禍津姫の言うことは正論だった。小夜は黙りこんでしまった。



「あまり案ずるな……」



 禍津姫は気落ちする小夜を見て急に立ち上がった。



「わらわがいまだ健在と辺りの神や幽鬼に知らしめたのじゃ。当面は安全と心得よ。それよりも……」



 禍津姫は小夜の手を強引に引いて立ち上がらせる。



「『おむらいす』を食べに行こうではないか。昼休みが終わってしまう」



 『オムライス』がよほど気に入ったのか、禍津姫は無邪気に笑って学食へ誘う。その笑顔は暗い会話のせいで重くなった空気を軽くした。



「仕方ないな……」



 小夜はスカートをほろって階段をのぼった。

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