──思ったより早く着いちゃったな……。
宵闇駅に着いた小夜は待ち合わせ場所の東改札口へ向かう。昼間の駅構内は混みあっているが、小夜のように学生服姿の女子高生は少なかった。改札前の人混みに春馬の姿はない。小夜は改札横の柱によりかかって春馬を待った。そして、10分くらい経ったころ……。
「小夜さん、お、お待たせ」
「ん?」
小夜は名前を呼ばれて顔を上げた。目の前には私服姿の春馬が立っている。春馬は白のビックシルエットTシャツを着て、黒のジョガーパンツを
よく見ると左手の人差し指には指輪を装着し、首からはチェーンを通したポーンのキーホルダーを下げている。シルバーアクセサリーはワンポイントカラーとなって春馬を大人っぽい男に演出していた。
「それ、ネックレスにしたんだ」
小夜は春馬の胸元で揺れるポーンを見て笑顔になった。誕生日プレゼントをつけてくれると素直に嬉しい。春馬は気恥ずかしそうに頭をかいた。
「う、うん。指輪みたく身体につけてたら無くさないと思って」
「チェーンは? 自分で
用意したの?」
「そうだけど……変かな??」
「カッコイイじゃん。似合ってるよ♪」
「え!? そ、そう!?」
春馬は女の子から「カッコイイ」と褒められるのが初めてだった。あからさまに照れて顔を赤くする。
──張り切ってアクセを付けるなんて、可愛いところあるじゃん。
小夜は春馬の意外な一面を見た気がして微笑んだ。
「あ、春馬……」
小夜は春馬の
「もう少し、おでこを出した方が似合うよ……」
「え!?」
戸惑う春馬を無視して小夜の指先が春馬の前髪に触れる。
「ワックスの使い方、下手過ぎ……」
「……」
小夜は慣れた手つきで春馬の前髪を後ろへ流す。春馬といえば、小夜の真剣な眼差しに身体が硬直してされるがままだった。やがて、目にかかっていた前髪がなくなると、春馬の与える印象が暗いものから明るいものへと変わる。少し髪型を変えただけで、春馬は爽やかな美男子へと変貌を
「おっけ~♪」
「あ、ありがとう。小夜さん」
満足そうに微笑む小夜は気恥ずかしそうにする春馬と目が合った。
「「……」」
あまりに近い距離に気づいて小夜と春馬は同時に顔を赤らめる。二人の姿はこれからデートに向かうカップルのようだった。彼女が彼氏の髪型を直している……
「りょ、涼の家までは歩いて行けるから……」
「う、うん。わかった」
小夜と春馬はお互いに動揺を隠して涼の家へ向かった。
× × ×
カフェ、レストラン、美容室……小夜と春馬は
「ちょっと、春馬……」
小夜ため息をついて立ち止まり、呆れ顔で後ろを振り返った。視線の先では、小夜と並んで歩くことに
「あのさ、もっと普通に隣を歩いてくれないかな?」
「で、でも……」
「ストーカーにつけられているみたいで、わたしが恥ずかしいの!!」
「ス、スト……ご、ごめん!!」
春馬は小走りで小夜に追いついた。
「もっと堂々としてよ……」
「そ、そうだよね。
「えっと……わたしを守る?」
春馬の言葉を繰り返した小夜は数歩だけ前に進んだ。すると突然、小夜のスカートがふわりと揺れ、華奢な背中が宙に浮いて一瞬で回転する。その瞬間、春馬の鼻先を小夜のローファーが掠めた。刹那の回し蹴りに春馬は反応すらできず、
「ねえ、春馬。もしかして、わたしのことを
小夜はトントンと
「よ、弱いだなんて……お、思ってないです……」
「それなら、おっけ~♪」
笑顔で歩き始める小夜を春馬は無言で追いかけた。