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第33話 告白02

 双葉ふたばりょうの通う雨藤あまふじ女子高等学校は文武両道に秀でた道内有数の進学校だった。



 「涼はスポーツ推薦で特待生なんだ。出身は東京だから、親元を離れて一人暮らしをしているの」



 小夜が説明すると隣を歩く春馬は驚きを隠せない様子だった。



「高校から一人暮らし!?」

「うん。叔母さん夫婦が長期の海外勤務で家が空いているから、住まわせてもらっているんだって」

「一軒家での一人暮らしか……僕には想像できないな」

「何かと大変みたいだよ。家族が近くにいないから、何かあっても頼れないし……」

「……小夜さん、涼さんのことが心配なんだね」

「……」



 春馬は親身になって話を聞いてくれる。だが、そんな春馬を見ていると小夜は胸が苦しくなった。ずっと、春馬に「涼は恋人」と言えないでいる。



──どうして、わたしは躊躇ためらっているの……?



 小夜は自分に問いかけてみる。意外にも答えはすぐに見つかった。



──ああ、そっか……わたしは春馬との関係が変わるのが怖いんだ。『小夜さんには好きな人がいる』って、春馬に思われたくないんだ……でも、どうしてだろう……?



 自問自答するたびに心がざわついてくる。これ以上問いかければ、答えが出てしまいそうで怖かった。すると、もの思いに沈む小夜を見て春馬が不思議そうに首をかしげた。



「涼さんは……DMHデッドマンズハンドのことを知ってるの?」

「え?」



 春馬が尋ねると小夜の表情が見る間に陰った。



「……知らない」



 小夜は俯き、歩調がゆっくりになる。


「言えるはずがないよ。『神や幽霊と戦って粛清する』って誰が信じるの? それに……わたしたちは戦いで死人が出ても、平気な顔で日々を過ごしてる。わたしたちの生きる世界は、そんな世界なんだよ……」

「そっか……そうだよね」

「わたしたち、に慣れちゃってるんだよ。そんなの、狂ってるでしょ? 涼には言えない……」

「……」



 春馬は立ち入った質問を後悔して黙りこむ。とたんに小夜は慌てた。春馬を『こちら側の世界』へ引き入れたのは小夜だった。今さら「狂ってる」と言われて、返す言葉があるはずがない。



「ごめん、春馬。本当に……ごめん……」

「……小夜さん、謝らないで」



 小夜が必死になって謝ると春馬は顔を上げて隣を見た。普段は気の強い小夜の眼差しが、悲しげで弱弱しくなっている。それは、何かを悔やんでいるような表情にも見えた。



「も、もしかして、小夜さんは僕をDMHデッドマンズハンドに入れたことを後悔してる?」

「……」



 図星だったのか小夜は黙った。



「僕は……小夜さんたちの住む世界を知って感謝してる」

「……」

「うまく言えないけど……あの日、バス停で小夜さんと出会わなかったら、僕は臆病で意気地なしの二酸化炭素のままだったと思うから……」

「……」

「弱虫のままじゃ、夏実は救えない。僕は強くなるよ」



 春馬は雄々しい言葉を並べた。しかし、聞いていた小夜の表情からはだんだんと感情が消えてゆく。



「春馬、甘いよ」



 小夜の目はめたものへと変わり、唇は突き放すように冷たい言葉を並べた。



「少しずつ感覚が麻痺してくるの……」

「え?」

「神や幽霊をたおしても……そして、人が死んでも……その内、。春馬も今にわかるよ」



 幼い頃から『幽霊狩り』をしてきた小夜は幾度となく死線を乗り越えてきた。小夜にとって神や幽霊とは戦う相手であり、『死』そのものだった。


 『死』がすぐ隣にある世界。そんな世界で生き抜いてきた小夜に、日の浅い春馬が「変われた」「強くなる」と口にしても響かない。先駆者を前にして春馬は口をつぐむしかなかった。



「学校に行くたびに思うんだ。特に、クラスメイトの笑顔を見てると思い知らされる。『ああ、わたしは異常な世界にいるんだ……』って」

「……」

「涼はそんなわたしを現実世界に繋ぎとめてくれる大切な……」



 小夜は意を決して春馬を見つめた。



「恋人なんだよ」



 それは切なくて悲しい声色こわいろだった。小夜の告白に春馬は戸惑い、沈黙したままだった。



──涼さんが……小夜さんの恋人?



 春馬は心のどこかで『僕は小夜さんにとって特別な存在なんだ』と思いこんでいた。誕生日プレゼントをもらい、心配までしてもらえた。それに、こうやって涼の相談までしてくれる……春馬が自分は特別だと思うのも無理はなかった。


 それが突然、涼は恋人だと告げられる。現実を突きつけられた春馬は、付き合ってもいないのに、小夜にフラれた気持ちになった。



──僕は、何を一人で勘違いしてたんだ?



 動揺は増すばかりだった。それでも、春馬は必死になってかけるべき言葉を探す。しかし、心のどこを探しても言葉は見つからない。やがて、沈黙する春馬をよそに小夜は足を止めて目的地への到着を告げた。



「……着いたよ」

「……」



 そこは豪華な門扉もんぴと高い塀に囲まれた屋敷の前だった。小夜が門の鍵を開けると屋敷の全貌が見えてくる。屋敷は二階建てで、一軒家と言うよりは邸宅と呼ぶ方がふさわしい造りになっていた。


 庭はよく手入れされており、芝生に設置されたスプリンクラーがくるくると回転しながら水をいている。庭の一画にはハルニレの巨木がそびえ立ち、太い枝にはブランコが取り付けてあった。



「あれ?」 



 小夜との間には気まずい空気が流れたままだったが、春馬はスプリンクラーを見て足を止めた。



「小夜さん、家には誰かいるの? スプリンクラーが……」

「あれは時間がきたら自動で水をく設定になっているんだって」

「じゃあ、涼さんは昨日から帰っていないのかな……」

「どうしてそう思うの?」

「この芝生、僕の実家と同じで『夏芝なつしば』って言うんだ。この時期は2~3日に一回くらいの水やりでいいって父さんが言ってた。設定にもよるけど、昨日、水を撒いたなら、今日は必要ないんじゃないかな」

「涼が昨日帰宅しているなら、スプリンクラーを止めたってこと?」

「うん。今日の朝に散水を設定したのかもしれないけど、涼さんとは昨日から連絡が取れないんでしょ?」

「……うん」



 小夜は玄関の前まで来るとインターホンを押した。しかし、応答はない。スマホを取り出して涼に連絡してみるが、やはり出る気配がない。仕方なく、小夜はスクールバッグから家の合鍵あいかぎを取り出した。



「小夜さん、合鍵まで持ってるの!?」

「う、うん。涼の家じゃないから断ったんだけど……」



 今から行うことは不法侵入になる。DMHデッドマンズハンドで手荒なことに慣れている小夜も、さすがに罪悪感を抱いた。鍵を回すとカチリという解錠の音がする。そのとき。



 ザワッ。と小夜は背筋に悪寒が走り、身体中にまとわりつく視線を感じた。それは、春馬も同じだった。二人は間髪入れずに視線を感じた方を向く。


 そこでは……ハルニレの巨木に取り付けられたブランコが風もないのに揺れていた。まるで、ついさっきまで誰かが乗っていたかのように。そして、次の瞬間。



「うぅぅ。う、ぅ、う」



 突然、泣き声とも呻き声とも判別つかない声が聞こえてきた。声の主は女でハルニレの周辺から聞こえてくる。しかし、幽霊が見える春馬と小夜をもってしても、なんの姿も確認できない。思わず、二人は顔を見合わせた。



「小夜さん、これって……」

「うん。DMHデッドマンズハンドの領域だよ。春馬、入ろう」



 小夜は得体の知れない声に臆することなく、玄関の扉を開けてなかへ入ってゆく。



──この家にはがいる……。



 そう確信しながら春馬も小夜のあとに続いた。

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