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第35話 花魄

──この家にはわたしたちの他にも誰かいる……!!



 小夜はスクールバッグから三段警棒を取り出してシャフトを伸ばした。



「春馬、ついて来て!!」

「待ってよ小夜さん!!」



 小夜は階段の前まで来ると躊躇ためらわずに駆け上がってゆく。春馬もつんのめりながら続いた。得体の知れない足音を怖がっている暇はない。しかし……。


 二人が二階へ駆け上がってみてもそこには誰もいない。春馬は少しホッとしながら辺りを見回した。そこは広めのフリースペースで椅子やテーブルが置かれてある。外光を取り入れる天窓もあるが、辺りは薄暗く、シンと静まり返っていた。そして、一本の廊下が奥まで伸びている。



「さ、小夜さん……」

「シッ。油断しないで……来るよ」



 小夜は薄暗い廊下の奥を睨みながら身構える。次の瞬間。椅子やテーブル、壁や窓枠が地震でも起きたかのように揺れ始めた。木のきしむ乾いた音が響き、椅子や花瓶が次々と宙に浮かび上がる。



──ラップ音!? ポルターガイスト!?



 小夜と春馬はとっさに背中を合わせ、飛来物に対して迎撃態勢を取る。しかし……。



──様子が……おかしい……。



 小夜は周囲を浮遊する置物に気を配りながら首を傾げた。『幽霊狩り』で経験してきたポルターガイスト現象は、神や幽霊が人間へ危害を加えるために引き起こす。それが、今は違う。


 浮かび上がる花瓶や掃除用具はただ浮遊しているだけで、小夜と春馬に向かって飛んで来る気配はない。



「ねえ、春……」



 小夜が背中の春馬に呼びかけようとしたとき。



「「静まれ!!」」



 突然、春馬が大声を張り上げる。その声が小夜には禍津姫まがつひめと重なって聞こえた。凛とした声が響くと、無秩序に浮遊していた置物たちがその場に落下する。ガシャンという音がして、花瓶や陶器の置物が割れた。



「春馬?」



 小夜が振り向くと春馬はバツが悪そうに俯いた。



「小夜さん、驚かせてゴメン。禍津姫さんが力を貸してくれるって言うから……」

あきが?」

「うん……」



 禍津姫の本体は春馬の両目に宿っている。全てを見越していたのだろう。



「媛にありがとうって、言っておいて」

「もう伝わってるよ。『苦しゅうない』って言ってる」

「……」



 小夜は苦笑いを浮かべる春馬を見て一抹の不安を覚えた。それは、春馬が簡単に禍津姫の力を引き出したように見えたからだった。もしかすると、春馬は禍津姫と同化し始めているのかもしれない。春馬が禍津姫と一体化するなら封印の意味などなくなってしまう。



──でも……今は涼を救わなきゃ……。



 小夜は憂いを振り払って前を向く。ポルターガイスト現象は終わったが、先ほどから廊下の奥に何者かの気配を感じる。春馬もまた、未知の気配を察して小夜の隣に並んだ。



「そういえば、涼さんの日記には『夜中、気づいたら2階の姿見すがたみの前に立っていた』って、書いてあったよね……」

「うん。多分、この先に姿見がある。」



 二人は薄暗い廊下の先を見た。すると……。



「うぅぅ」



 突然、女の泣き声が聞こえてくる。それは、小夜と春馬が涼の家に入ろうとしたときに聞いたものと同じだった。小夜と春馬は互いに頷き合って廊下を進んでゆく。意外にも泣き声のぬしはすぐにその姿を現した。薄暗い廊下の先に一糸まとわぬ女が立っている。端正な顔立ちで、肩にかかる黒髪としなやかな身体をしていた。


 ただ、女は身長が30センチほどしかない。小人と言ってもつかえなく、全裸でさめざめと泣いている。耳に残る切ない泣き声に、小夜と春馬は困惑して歩みを止めた。



「ねえ……わたしたちに何か伝えたいことでもあるの?」



 小夜がしゃがみこんで優しく語りかけると、女は泣くのをやめて小夜を見上げた。



「キュー、キュー、キュー」



 女は何かを伝えようとして必死に口を動かしているが、声は野鳥の鳴き声のようで小夜には理解できない。困っていると後ろで聞いていた春馬が口を開いた。



「涼さんのことを知っているって……」

「え!? 春馬は言っている意味がわかるの!?」



 小夜が驚いている春馬は散乱した物から小さめのテーブルクロスを拾って手渡してきた。



「僕じゃなくて、禍津姫まがつひめさんが教えてくれたんだ……あの、これを使って」

「うん。ありがとう……」



 小夜は春馬の気づかいに感謝するとテーブルクロスを女の肩にかける。テーブルクロスに包まれた女は小夜と春馬を不思議そうに見つめた。



「キュー、キュー」

「『花魄かはく』っていう樹の妖精なんだって……」



 春馬は女性の正体を告げた。



花魄かはく


 花魄かはくは中国大陸に古くから伝わるあやかしで、同じ樹木で人が三回縊死いしすると現れる、樹木の妖精だった。死んだ人間の怨念が集まって花魄となる。


 ただ、不思議なことに……怨念の集合体であるはずの花魄は可愛らしい小さな妖精で、人に危害を加えることはない。それは、善行を積むことで魂が昇華されるのを待っているからだと言われている。花魄の発する言葉は鳥の鳴き声のようで、人間が理解することはできなかった。



「この花魄さんは、庭にあったハルニレに宿っているんだって……」



 春馬は瞳に宿る禍津姫まがつひめの言葉をそのまま小夜へ伝えた。

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