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第37話 神具

「話は決まったようじゃな……それでは稲邪寺とうやじにまいるとするか」

「キュ、キュー!!」



 禍津姫まがつひめが話をまとめると花魄かはくがみんなを見上げながら大きく鳴いた。両手を大きく振って必死に何かを訴えている。懸命な姿を見た禍津姫は少し困った顔になった。



花魄かはくも一緒に来たいそうじゃ」

「「え?」」



 春馬と小夜は思わず顔を見合わせる。花魄は涼が心配で仕方がないのだろう。みんなと一緒に涼を救いたいと願っていた。しかし……。



「できぬ相談じゃ……」



 禍津姫は眉根をよせたまま続けた。



「花魄は樹に宿る精霊……言わば樹神じゅしん憑代よりしろとなるハルニレから遠く離れることはできぬ」

「キュ……」



 禍津姫にさとされると花魄は悲しげに俯いた。あまりの落胆ぶりに、春馬は禍津姫と小夜を交互に見つめた。



「な、なんとかならないのかな……?」

「なんとかって言われても……」

憑代よりしろと遠く離れてしまっては、花魄は消滅してしまうのじゃ……」



 小夜と禍津姫も困り顔で花魄を見下ろしている。



「でも、このままじゃ……」



 春馬は孤独のなかで不安にさいなまれることの辛さを痛いほど知っている。誰もいない家に花魄を残して立ち去ることができなかった。



「一緒に……行けないのかな……?」



 春馬にしては珍しく食い下がり、花魄を一緒に連れて行くことを願った。春馬の心と連動する禍津姫は小さくため息をついた。



「花魄がハルニレを離れるためには新たな憑代よりしろを用意せねばならぬ。樹齢300年の霊樹れいじゅわる憑代ぞ? それこそ、と寝食を共にして、神霊しんれい(神の威徳)に触れた神具しんぐでなければダメじゃ。そのようなもの、簡単には見つから……ヌ……ヌゥ?」



 禍津姫は話の途中で何かを思いついた顔つきになる。



「もしや……なら可能かもしれぬ……。いやしかし、アレは……」



 禍津姫は自問自答を繰り返し、なぜか顔を赤くして恥ずかしがる。春馬と小夜は首をかしげた。



あき、どうしたの?」

「ム!? いや、何でもない……ところで小夜、ひろしと連絡を取ってもらえぬか?」

「いいけど、何で?」

「……持ってきて欲しいがあるのじゃ」



 禍津姫は気恥ずかしそうに言いながらさらに頬を赤らめた。



×  ×  ×



 家の外でクラクションが鳴るとリビングにいた春馬たちは玄関へ向かった。扉を開けるとダークスーツを着た黒鉄くろがね莞爾かんじが立っている。



「小夜さま、お迎えに上がりました」

「莞爾さん、ありがとうごさいます」

「ところで……」



 莞爾は右手に持った紙袋を差し、なかから明るい茶色の『ウサギのぬいぐるみ』を取り出した。ぬいぐるみはピーターラビットのように紺色のジャケットを着ている。



を何に使うのですか?」



 莞爾は『ウサギのぬいぐるみ』を不思議そうに見つめた。すると突然、小夜の後ろから禍津姫まがつひめが進み出る。



「う、ウサさん!!」



 禍津姫は慌ててぬいぐるみを取り上げ、ギロリと莞爾を睨みつけた。



「こんなモノとはなんじゃ!! わらわのウサさんをぞんざいに扱うと承知せんぞ!!」

「も、申し訳ございません。あきさまの大事なモノとは知らず……今後は気をつけます」



 莞爾は禍津姫の剣幕に押されて深々と頭を下げた。



「当たり前じゃ!! ウサさんに無礼をはたらくと喰ろうてしまうぞ!! のう、ウサさん♪」



 禍津姫は抱きかかえたウサギに向かって満面の笑みを向ける。



「「……」」



 春馬と小夜は「バフォメットと戦ったとき、ウサさんの片耳だけを握っていたのは誰だよ!?」とツッコミたくなったが、面倒くさくなりそうなので黙っていた。小夜は呆れながら禍津姫に尋ねた。



「で、媛。そのぬいぐるみをどうするの?」

「これを花魄の憑代よりしろとするのじゃ」

「「!? そんなことできるの??」」



 春馬と小夜が驚くと禍津姫は「そうじゃ」と得意げに頷きながら足下の花魄を見下ろした。花魄はキョトンとした顔でみんなを見上げている。



「わらわは太古の神獣。そのわらわと固い絆で結ばれたウサさんは霊験れいげんあらたかじゃ」

「つまり、媛が抱きかかえて寝てたから神具しんぐになったのね」

「小夜!! みなの前で恥ずかしいことを言うな!! それではまるで、わらわがウサさんがいないと眠れないみたいではないか!!」

「え? 違うの?」

「ム!? それは……その……」

「あの……小夜さま、媛さま、盛り上がっているところを申し訳ないのですが、そろそろ……」



 小夜が禍津姫をからかっていると莞爾がすまなさそうに切り出した。莞爾は豪快な性格だけあって花魄を見ても動じていない。むしろ、花魄の方が莞爾の巨体を見上げて怖がっている。



「すまぬな莞爾。すぐに終わらせる」



 禍津姫は花魄の前にしゃがみこむと『ウサギのぬいぐるみ』を両手で差し出した。



「霊樹に宿りし花魄よ。わらわは、闇の領袖りょうしゅうにして混沌と暴虐の神、『八頭やず大蛇おろち』。ここに新たなる憑代よりしろし、そなたをわらわの眷属たらしめん」



 禍津姫の凛とした声が響くと花魄は目を閉じて胸の前で両手を組む。そして、祈りをささげるように頭を下げた。すると……。


 花魄の姿が淡い光に包まれ、やがてその姿は光の粒子となった。空中できらめく粒子はおびのように連なって『ウサギのぬいぐるみ』のなかへ吸いこまれてゆく。



「ことはった!!」



 粒子がすべて『ウサギのぬいぐるみ』に吸いこまれると、禍津姫は満足げに立ち上がった。次の瞬間。



 テテテテテ。



 『ウサギのぬいぐるみ』は突然、駆け出した。

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