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第38話 家宰

 春馬たちを乗せた車が稲邪寺とうやじに到着すると、崖前のロータリーには何台もの車が停車していた。内部の立体駐車場にも一般車両からマイクロバスまで様々な車種の車が並んでいる。



──な、なんでこんなに車が集まっているんだ?



 車から降りた春馬は驚いて辺りを見回す。すると莞爾かんじが声をかけてきた。



「驚かれましたか? 襲撃の一報を受けて、全道各地より鈴宝院れいほういんに仕える諸家しょかが集まってきています。みんな、鈴宝院家が北海道へ入植する以前から忠誠を誓う一族です」

「こ、こんなにいるんですか……?」



 車の台数から人数を想像すると優に100人を超えるだろう。春馬が驚くと莞爾は頷きながら角ばった顎をなでた。



「ええ。普段は普通に仕事をしておりますが、鈴宝院家に何かあれば一朝いっちょうにして駆けつけます。諸家しょかがこんなに集まったのは……」



 莞爾はチラリと車から降りる禍津姫まがつひめを見た。すると、春馬を通して会話を聞いていたのか、禍津姫が不敵に笑う。



「ふふふ。わらわの復活をするために集まったとき以来なのじゃろう?」

「さようでございます。もっとも、あきさまが復活なさる際には力のある諸家のおさたちだけでしたが……」

「そうであろうな。犠牲は少ない方がよいと、おみも考えたのであろう?」

「……」



 禍津姫は『ウサギのぬいぐるみ』を抱いたまま意味深に問いかける。莞爾は何も答えず、黙礼を返して先を急いだ。



×  ×  ×



「!!??」


 エレベーターを降りた春馬は物々しい雰囲気に目を見張った。石造りの待合室、山門へと至る道、庭や池の周りにそろいの青いカバーオールを着た男女が立っている。彼らは手に退魔用の自動小銃やバット、木刀を持っていた。全員がピリピリと殺気立っており、まさしく臨戦態勢だった。



「さあ、まいりましょう」



 莞爾が先頭になって進むと人々はそれぞれ春馬たちへ向かって黙礼してくる。しかし、そのあとに向ける春馬と禍津姫への視線が複雑そうだった。


 全員が禍津姫の復活を恐れていたのだから、当たり前と言えば当たり前の反応なのだが、春馬には彼らのおびえ、さげすむ視線が腹立たしく思えた。



──バフォメットを撃退したのは僕たちなのに……。



 春馬はそう思いながら隣を歩く禍津姫を見た。禍津姫は何も気にせず堂々と歩いてゆく。その姿は「人にどう思われようがかまわぬ」と言っているようで自信に満ちあふれていた。



──禍津姫さんはカッコイイな……。



 春馬が感心していると山門の方から蛮堂ばんどう泰斗たいとが数人の部下を引き連れてやってきた。



「小夜さま、あきさま、莞爾さん、お帰りさない。春馬君もいらっしゃい」



 泰斗は早口で挨拶する。何やら慌ただしそうだった。



「泰斗、何があった?」

「莞爾さん聞いて下さいよ。悪狼あろのヤツがまたいないんです」

「悪狼が? しょうがないヤツだな……」



 莞爾が困り顔になると隣で小夜も一瞬だけ眉間に皺をよせる。小夜は泰斗に向かって静かに尋ねた。



「泰斗さん、悪狼あろも来てるんですか?」

「来てますよ。もうすぐ諸家しょか連絡会れんらくかいが始まるっていうのにアイツは……」

「ははは。寛さまは悪狼に甘いからな。諦めろ」



 莞爾はカラカラと笑いながら泰斗の肩を叩いた。



「……莞爾さんは気楽でいいですね。俺の身にもなってくださいよ」




 泰斗は嫌みを言い残して去ってゆく。春馬はふと、隣をの小夜を見た。小夜は物思いに沈んでおり、表情は暗くかげっていた。



×  ×  ×



「見ろ!! 早く、早く!! カメラ回せ!! 見えねーのか!?」

「どこだよ!? え!? 空?? 何も見えねーよ!!」

「あそこだよ!! 大蛇が!! 早く撮れって!! あ……」



 ノートパソコンの画面に映し出された映像では二人の男が慌てて夜空を撮影している。しかし、画面に大蛇は映し出されず、やがて映像はジャミングして消えた。



「まったく……どこのオカルトバカだ?」



 稲邪寺とうやじの事務室。ノートパソコンで動画投稿サイトを見ていたひろしは「チッ」と舌打ちをして画面を閉じた。



「軽く騒ぎになってるな……」

「仕方ないわ。『八頭やず大蛇おろち』は少しの霊感で見えてしまうもの」



 寛の向かいに座る睡魔すいまが印刷された資料に目を落としながら答える。二人は今、大きめのデスクを挟んで会話していた。



「それに、今度は『冥伝めいでん六軍りくぐん烽火ほうか』も現れた……」

「今月は盛りだくさんだな。退屈しねぇよ」

「それにしても……」



 睡魔はチラリと視線だけ上げた。



「偶然かしらね?」

「何がだ?」

「ここ最近の出来事よ。あきちゃんが復活してすぐに襲撃を受けた。それに、小夜ちゃんの友達が消えて『冥伝六軍烽火』が現れる……まるで、タイミングをはかったみたい」

「全部が繋がってて、計画的だって言いたいのか?」

「ええ。バフォメットの襲撃なんて、まるで威力偵察よ」

「俺は偵察部隊に殺されかけたのか。だせぇなぁ」



 寛は自嘲しながら椅子によりかかり、壁かけの液晶パネルを見上げた。監視カメラの映像には襲撃を知って駆けつけた人たちが映っている。全員が鈴宝院れいほういんゆかりの者たちであり、それぞれ手にバットや機関銃を持っていた。



「まるで、マフィアの抗争じゃねぇか♪」

「こんなときにふざけないで」



 睡魔は寛の視線を追いかけた。



「『現世うつしよ』、『幽世かくりよ』、『神域しんいき』……どこの誰かはわからないけれど、何かを計画して実行しようとしている。そのためには……」

「俺たちDMHデッドマンズハンドが邪魔ってことか。非常回線まで乗っ取られたことを考えると……つまり……」

よ」



 寛は「稲邪寺のなかに裏切り者がいる」と言いたかった。しかし、事務室では朝霧あさぎり依子よりこも含めて大勢の人間が業務にあたっている。状況を考えて口にしなかったが、睡魔は寛の意を察してうなずいていた。



「睡魔、キングは?」

おみさまなら眠っていらっしゃるわ」

「また、バンテージ・ポイントを?」

「ええ。お身体にさわるからお止めしたのだけれど……」



 睡魔がため息まじりに言うと寛の顔もけわしくなった。『バンテージ・ポイント』はたぐまれな能力だが、使用すると体力と精神を激しく消耗する。



──キングは何を考えてるんだ……?



 寛は難しい顔つきになる。禍津姫まがつひめが復活してからというもの、臣は『バンテージ・ポイント』で見た夢の内容を寛へ話さくなった。最近では臣が何を考えているのか全くわからない。



「小夜ちゃんたちが着いたわ」



 寛が物思いにしずんでいると、監視映像を見ていた睡魔が声をかけてくる。



「臣さまを起こしてくるわ」

「ああ、わかった……」



 睡魔の背中を見送る寛は臣のいびつな笑顔を思い出していた。思い出すだけでも身震いしてしまう。



──もしかして、キングは襲撃も予測していたのか……?



 寛は心の隅に引っかかる嫌な予感を覚えていた。



×  ×  ×



 春馬たちは稲邪寺とうやじの会議室へと通された。そこは以前、春馬がおみたちとDMHデッドマンズハンドに入る約束を交わした場所だった。



「それでは。わたしはこの辺で失礼いたします」



 春馬たちが着席すると黒鉄くろがね莞爾かんじは深々と頭を下げて部屋を出て行った。そして、入れかわりに寛が入ってくる。寛は走り回る『ウサギのぬいぐるみ』を見て大声を上げた。



「ウオッ!? これ、なんだよ!?」

「ふふふ、わらわが復活して初めての神使しんしじゃ。花魄かはくと申す。可愛いじゃろう? 」

「神使だ? ただのぬいぐるみじゃねぇか?」



 寛は鼻で笑って椅子に座る。すると……。



 テテテテテ。ポスン。



 花魄はバカにされたと思ったのか、寛の足下まで来ると短い足で蹴飛ばした。そして、すぐにまた走り出し、禍津姫の膝の上へピョンと飛び乗る。



「なんて野蛮な神使しんしだ」



 寛は苦笑しながら足を組み、今度は小夜の方を向いた。その目はすでに笑っていない。寛と目が合った小夜はギクリとしてこめかみを汗が伝った。



「小夜、DMHデッドマンズハンドは今、戦争状態だ。それはわかってるな?」

「……」



 小夜が黙って頷くと寛は続けた。



「今後は勝手に行動するな。これは鈴宝院れいほういん家宰かさいとしての命令だ。わかったか?」

「……はい」

りょうって子の失踪に、『冥伝めいでん六軍りくぐん烽火ほうか』……聞きたいことが山ほどある。小夜、キングが来たら全部話してもらうぞ」

「わかりました……」

「ところで……」



 寛はゆっくり身を乗り出した。



「お前、その涼って子とどんな関係なんだ?」

「……」



 寛が尋ねると小夜は肩を竦ませて俯いた。涼の家で寛に連絡したとき……小夜は涼との関係性まで伝えていなかった。

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