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第39話 兄妹

 小夜さやひろしに『りょうは恋人だ』と言えなかった。寛は物事を『敵か味方か?』で決める過激な原理主義者。『小夜や鈴宝院れいほういんのためにならない』と判断すれば平気でりょうを攻撃対象にする。小夜はそれが怖かった。


 とり憑かれていたとはいえ、涼は『冥伝六軍めいでんりくぐん烽火ほうか』なるものを描いている。場合によっては「涼と別れろ。それが嫌なら稲邪寺とうやじから出て行け」と寛は言うだろう。


 寛にとって鈴宝院家……つまりおみは絶対的な存在だった。臣の害悪になるとすれば平気で小夜を追放する。かつて、父をそうしたように。



──なんて言えばいいの……。



 小夜が言葉に窮していると気まずい空気に耐え切れなくなった春馬が口を開いた。



「あ、あの……普通にお友達なんじゃないですか? さ、小夜さんと涼さんの関係性って、今必要ですか?」



 春馬は気をかせて小夜をフォローしたつもりだった。しかし、寛にとっては事態の深刻さを理解していない少年ガキが出しゃばっているだけにしか見えない。寛は苛立ちを隠さなかった。



「俺は小夜に聞いているんだよ。は黙ってろ」

「……」



 寛は春馬の学校での陰口で呼んだ。春馬があからさまに顔をしかめると隣にいる禍津姫の目つきも鋭くなった。



「下郎、春馬を侮辱するなら皆殺しにするぞ」

「……やってみろよ」



 禍津姫が感情のこもらない声で言うと寛は椅子によりかかりながら不敵に笑ってみせる。その態度は挑発的で、「やりたきゃやれよ」と言わんばかりだった。「どうせ春馬が手を出させない」と読みきっている。



──無軌道に見えて計算高いヤツじゃ。こういうヤツは必ず何か切り札を隠し持っている。いっそ本当に殺してしまうか……しかし、春馬が許さぬじゃろうな。



 禍津姫の眼光はさらに鋭くなってゆく。会議室の空気はさらに重く、殺伐としたものになった。そこへ、会議室の扉がノックされておみ睡魔すいまが入ってきた。



「みなさん、お待たせしました。あれ? 緊張感がみなぎってますね」



 臣は張りつめた空気を察してもにこやかだった。中性的な童顔に薄い笑みを浮かべると重苦しい雰囲気が幾分かやわらいでゆく。臣はテーブルを囲む椅子の中央に座って小夜を見つめた。



「それでは……小夜さん、話して下さい。でも、言いにくいなら無理して言わなくても大丈夫です」



 臣が柔らかな声でうながすと小夜は気持ちがフッと楽になった。心の整理がつき、今までの経緯いきさつをすべて話した。双葉ふたばりょうがかけがえのない恋人であるということも含めて……。


 小夜の話を臣は黙って聞いていた。その姿からは精一杯、小夜により添おうと努力しているのがわかる。臣は他人が深刻に考えている事柄を真剣に共有する……成熟した大人でも難しいことを平然と行う凄味があった。



「よく話してくれました。ありがとうございます……」



 小夜が語り終えると臣はにこりと微笑んだ。そして、あらためて春馬や禍津姫まがつひめの方を向く。



「禍津姫さん、春馬さん、それに花魄かはくさんも……小夜さんに力を貸してくれて、ありがとうございます」

「わらわは春馬が小夜に助力したから助けたまでじゃ。礼にはおよばぬ」

「僕は……何も……」

「キュ……」



 禍津姫の膝の上にチョコンと乗っている花魄までもが返事をする。すると、どこか面白くなさそうな顔の寛が尋ねた。



「キング、これからどうしますか?」

「そうですね……」



 臣は一瞬だけ思案顔になったが、すぐに全員を見渡した。



「みんなで、学校見学でもしませんか?」

「「「学校見学??」」」



 春馬たちは意味がわからず、一斉に臣を見る。臣の後ろに直立する睡魔も不思議そうに首をかしげていた。



「はい。とってもよい考えだと思うんです!!」



 臣は満面の笑みで続けた。



「涼さんが何者かにとり憑かれているのは間違いないでしょう。でも、学校を調べてみなければ、ことの真相はわかりません。ですから、みんなで雨藤あまふじへ行って現地を調べてみるのはどうですか?」

「……それはいいですけど、他校の生徒が雨藤に入れるんですか?」



 春馬が不安そうに尋ねると臣は後ろの睡魔を見上げた。



「睡魔さんどう思いますか?」

「そうですね……一般的な学校見学の時期はもう少し先ですが、転入希望者として見学要請を出せば可能かもしれません」

「そうですか!! じゃあ、ボクと小夜さん、春馬さんで転校希望者として雨藤に行ってみましょう!!」

「……」



 春馬は絶句しつつも、心のどこかで納得していた。DMHデッドマンズハンドは禍津姫を復活の翌日に江陵館こうりょうかん高校へ転入させた。その力業ちからわざを考えると今の話も実現するのだろう。臣は無邪気に喜んでいた。



「今から楽しみです。寛さん、いいですよね?」

「キングの考えですから異論はありません。ただ、護衛はつけさせてもらいます」

「寛さんは心配性ですね……小夜さんと春馬さん、それにあきさんもいるから大丈夫ですよ!!」



 春馬が来るということは自動的に禍津姫も一緒だった。それなら、臣には最強のボディーガードが付いて来ることになる。



「……でも、春馬君は本当にいいのかい?」



 ふいに、寛は春馬へ尋ねた。その顔は笑いをこらえているようにも見える。



「え? 僕は別にかまいませんけど……」

「ふぅん。あ、そう。ガチだな?」

「……は、はい」



 春馬は寛の顔が意味する所をわからないままうなずいた。



「じゃあ、決まりですね!! ボク、学校へ入学する前に色々と見学してみたかったんです!! さっそく明日にでも雨藤へ行ってみましょう!!」



 臣は嬉しそうに結論付けて席を立った。



「春馬さん、ボクたちはこれから諸家しょか連絡れんらく会議かいぎがあるのでこれで失礼いたします。今日はありがとうございました!!」

「いえ、こちらこそ。キ、、また明日」

「はい!! 春馬さん、また明日!!」



 春馬は勇気を振り絞って「キング」と呼んだ。臣は嬉しそうに微笑むと睡魔をともなって会議室を出て行く。



──僕もキングって呼べた……よかった。



 春馬はDMHデッドマンズハンドに対する帰属意識が満たされる気がした。すると、寛がニヤッと笑いながら肩を叩く。



「クックック。春馬君、明日はイロイロと大変だろうけど……まあ、頑張ってくれよ。小夜、行くぞ」



 寛は相変わらず意味ありげに笑いをこらえている。その後ろでは小夜も春馬を見つめていた。



「春馬、今日はありがとう」



 短い言葉には最大限の感謝がこめられている。小夜は気恥ずかしそうに頬を赤くしていた。



「えっと、大したことしてないよ……小夜さんもまた明日」

「うん、また明日ね」



 春馬が照れ臭そうに応えると小夜は寛を追いかけてゆく。会議室には春馬と禍津姫、そして部屋中を駆け回る花魄かはくだけが残された。



花魄かはくは元気じゃのう。さすが、わらわの神使しんしじゃ」



 禍津姫は夢中になって『ウサギのぬいぐるみ』とたわむれていた。

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