「待っ、ゴホゴホ。待って下さい!」
松は、逃げるように立ち去ろうとする役人に必死で声をかけた。
「私が元気になったら、何倍も頑張って働きます。だから、
うっ、ゔうっ」
「ま!!……」
クオリアは慌てて松の側に駆け寄った。
『ぐぐるしい……』
しかし、松はそんなクオリアの口をすぐに左手で塞いでいた。
そして、クオリアにしかわからないよう小さく首を振ると、話の続きを始めた。
「だからどうか母を助けてください。お役人様。どうか、どうかお願いします!」
寝たきりの体を起こし、松は役人に深々と頭を下げた。何度も何度も。
「偉い! 親孝行だね。おじさんそういうの好きだよ。
わかった。そうだね!おじさんもそれが一番正しいと思う」
役人は松の言葉に上機嫌になりそう返していた。
(何が一番正しいだって?てめえ、こんにゃろー!)
クオリアは今にも役人の背中をグーでぶん殴ろうかと言わんばかりに片手を大きく振り上げた。
しかし、先ほど松に止められていたこともあったので、
お役人が帰ってしまうまで歯を食い縛り必死で堪える他なかった。
「ごめんね、松。本当にごめんね……」
クオリアは、何もできない自分に苛立ち、涙を流すしかなかった。
翌日以降、クオリアは毎日松のもとを訪れるようになった。
「キーちゃん、いつも来てくれてありがとう」
松は、クオリアの優しさに感謝の気持ちを伝えた。
「いいよ。だって、私たち友達だもん」
クオリアは、そう言って松の頭を優しく撫でた。
「うん、ありがとう。キーちゃん」
松は微笑んだが、その瞳には、年不相応の深い悲しみが見え隠れしていた。
クオリアは、その時の松の気持ちを理解できなかった。まだ、現実が飲み込めないでいたのだ。
「松は、病気と一生懸命戦っている。だから、私も頑張らなきゃ!」
クオリアは、そう心に誓い、松を励まし続けた。
やがて冬が終わり、春が近づこうとしていた頃、松の兄からの知らせが届いた。
「兄さんが明日、遂に島に帰って来るんだよ。楽しみだなぁ」
松は、兄との再会を心待ちにしていた。
「うん。きっと嬉しいだろうね」
クオリアは、松の笑顔を見ているのが嬉しい反面、切なくもあった。
「うん。ありがとう。キーちゃん。
ゴホゴホ、ゴホゴホ」
松は突然咳き込み始めた。
「松、大丈夫?今水を持ってくるわ」
「ゔうっ、ごめんね、キーちゃん」
「松、無理しないでね」
クオリアは、心配そうに松を見つめた。