虚ろな瞳に映る天井のくすみは、まるで彼女の希薄になった魂の濃さを写し出しているかのようだった。
「ゴホゴホ、キーちゃん…来てくれたんだね。
ごめんね、最近全然会えなくて。」
「ううん、いいよ。それより今は安静にしなきゃだよ。
ところで、お医者さんは何て?」
「お医者さん?
そっか、ゴホゴホ。キーちゃんには言って無かったよね。
私達にはお医者さんとか薬とか縁が無いんだ……」
「そんな!
待ってて。私が力を使ってすぐにお医者さんと
薬を、そして栄養のあるもの用意してあげる!」
クオリアはそう告げ、ベッドからゆっくりと起き上がろうとした。
「待って!」
松は、か細い声でクオリアの名を呼び止めた。
「どうして……松?」
驚いたクオリアは涙を浮かべながら松に尋ねた。
すると松は顔をゆっくり左右に振り、かすれた声で答えた。
「みんなに迷惑はかけたくないんだ。
だからお願い、わかって」
丁度その時、外から戸を激しく叩く音が響き渡り、
男の怒声が屋敷内に轟いた。
「開けろ!早く開けろ!」
「お役人の人?」
「そう。多分私とお母さんが二人共いないから、
探しに来たんだと……思う。
ごめん、キーちゃん、表の戸を開けてもらえる?」
「ちょっと何言ってるのよ、松?
絶対に働くの無理じゃない」
「大丈夫だから、お願い」
松は真剣な目でクオリアに訴えた。
「わ、わかったわよ。でも、もし松にもしもの事があったら、
私は是が非でも松の助けに入るからね」
クオリアはそう言い、重い足取りで戸を開けた。
ガラガラガラ。
「うわっ~! 戸がひとりでに空いた!」
「馬鹿野郎。お前が動揺してどうする」
「すんません、兄貴」
……。
もう一人から兄貴と呼ばれたそのお役人の男は、松の簡素な家の戸をくぐると、ずっとクオリアから鋭い眼光で睨まれているとは露知らず、
狭い部屋の中をまるで粗探しをするように執拗に見回した。
「そうそう、そこの女とその娘!
言いたい事は沢山ある。
まずはそこの女! どうして無断で仕事をせず、
家にいるんだ!」
「お役人様、申し訳ありません。
娘が高熱で、看病のために家にいました」
「お母さんは悪く無いです。ゴホゴホ、ゴホゴホ。あたしが熱を出したばっかりに」
「松、あなたは黙ってて」
「ハー、ハー」
「母親の私が全て罰を受けます。だから、だからこの娘だけは
どうかお助けください」
「ちょっとお母さ、ゴホゴホ」
「じゃあ、あんたには娘の分まで二倍働いて貰おう。
もちろん、休んだ分も含めてな」
「はい。わかりました」
「じゃあ、さっさと畑に向かえ!」
「はい」
お役人の一人が去った後、松のお母さんは心配そうに娘の顔をみると、
そのまま畑に向かって行った。
「じゃあわしもそろそろ出ようか。
おい!そこの娘!ワシも兄貴も鬼じゃないからの。
その熱で働けとは言わん。
だがな、お前が働け無い事で
まわりにどれだけ迷惑がかかるのか、覚えておくんだぞ!」
「待って下さい!」
松の声だった。
松の声は残ったお役人のすぐ下から聞こえていた。
「あぁ鬱陶しい!!わしの足にまとわりつくなや」
「ゴホゴホ、ゴホゴホ。
お願いです」
松は役人をそれでも必死に引き止めようとした。