「いっでぇー!死ぬ程いでぇ~よ! 歯が抜けた~!
それに、見えない! 何も見えない。誰か!誰か~!」
男の絶叫が、薄暗い部屋に響き渡る。
秀夫の感情の爆発。それは同時に秀夫自身の心を打ち砕き、希望の光を奪い去った。
逮捕された今、彼は深い闇の中に閉じ込められたような感覚に襲われていた。
「松ごめんよ、本当にごめんよ……」
彼は一人、壁に顔をうずめ、悔恨の涙を流す。
家族や妹への裏切り、そして自分自身の無力さ。その重みに、彼の心は押しつぶされそうだった。
その頃、奄美の島。
クオリアは松・その兄秀夫、
二人の元気な再会を願いながら、日々を過ごしていた。
貧しい島で、サツマイモとソテツの実を家族で分け合い、秀夫の帰りを待ち焦がれる。
松の衰弱した姿を見るたびに、クオリアの心はその痛みに締め付けられる。
「お兄は帰りの船で事故にあったのかな?」
「私はそんなことないと思う。
お兄さんを信じよう。ね?」
クオリアは、かすかな希望を胸に、松を励まそうとする。
しかし、心の奥底では、
「ねえ、キーちゃん?」
「なあに、松?」
「お願いが……あるの。
お父さんとお母さんを呼んできて……」
松の弱々しい声が、クオリアの心を震わせる。目力を失った彼女の目は、まるで大海原を見つめるように遠くを見つめているようだった。
「うん、わかったわ!」
クオリアは、一刻も早く松の願いを叶えようと強力な思考誘導を行使した。
それは、クオリアにとって初めて時間や物理法則の理に干渉する程の能力の使用であり、同時に、大きな罰を受ける覚悟でもあった。
クオリアは※宇宙に存在する全ての生命の感覚部分だけを重力から切り離すと、松の両親が本来家に帰り着くはずだった時点まで延々と加速させ続けた。
すると突然、二人の前に松の両親が現れた。
「あれ?あれ?」
「ねえ、あなた? 私達は確かにさっきまで畑にいましたよ……ね?」
その目の前のあり得ない光景に松の両親は驚きを隠せなかった。
松は両親の姿を見て、安堵の表情を浮かべた。
しかし、その表情はどこか儚く、まるでもう一つの世界を見ているようだった。
「お父さん、お母さん……もう来てくれたんだ……」
松の言葉に、両親は急いで彼女の元へと駆け寄る。
「松!しっかりしろ!」
父親は、娘の痩せこけた手を握りしめ、涙を流した。
「お父さん、お母さん。今まで、あたしを大切に育ててくれて本当に本当にありがと……」
松の言葉は、静かな部屋に響き渡り、クオリアの心を深くえぐる。それは、感謝の言葉であり、同時に、永遠の別れを予感させる言葉とも思えたからだ。
「松!お前何を言ってるんだ。
今のは冗談だよな? な? 松」
両親の絶叫が、静寂を破る。しかし、彼女の瞳には、もう何も映っていなかった。
松の最期の言葉は、クオリアの心にも深く刻み込まれた。
それは、生と死、愛と別れ、そして人生の儚さを教えてくれた。