薩摩本土。
「君は本当にこの牢屋から逃げ出す覚悟でいるのかい?」
秀夫にそう訊ねたのは、
カウボーイハットを鼻が隠れるくらいまで深々と被り白い顎ひげを生やした大人の男である。
彼は胸板が厚く背の高い、まるで西部劇の白人保安官の様な普段見慣れない風貌をしていた。
「うん。ボクには時間が無いんだ。妹が病気だって聞いている。だから一刻も早く島に帰りたいんだ。ここにいつまでもいられない」
「脱走してもし捕まったら、たぶん君はほぼ確実に殺されるだろうね。それでも行く覚悟が君にはあるのかい?」
「もちろんそれでも、行かなきゃ!
みんな、お腹を空かせてボクの帰りを待っているんだ。
ボクは妹や家族に絶対に会う!
それまでは絶対に死んだりしない。絶対にだ」
「ありがとう。君が家族や妹さんを大事にしたいというその強い想い、しっかり伝わったよ。
実はね、僕の部下に君と同じように奄美に行こうと準備している仲間がいるんだ。
彼らは君より一足先に脱走して浜辺にイカダを作っているはずだ。
見張りがまだ気絶している隙に、
君は彼らと合流し、私の名前を言いなさい。
そして、秘密の合言葉も。
私の名前はーーー。合言葉はーーーだ。
わかったかね?」
「本当にいいんですか? ーーーさん……ありがとうございます。じゃあ、あなたも一緒に行きましょう」
「すまない。私は事情があって君とは一緒には行けないんだ」
「そうなんですか。良くしてもらっているのに、
ボクだけ先に助かるなんて申し訳無いですよ」
「気にするな。それが私の仕事だ」
「仕事?」
「ほら! さっさといけ! 私がせっかくチャンスをあげたのに、見張りに見つかったら全て台無しになるぞ」
「はい。ありがとうございます!ーーーさんも生き延びて下さいね~」
秀夫は浜辺で、彼の仲間たちに合流し、イカダで海を渡った。
「待っててな、松。
お兄ちゃん、もうすぐ会いに行くからな……」