ほんの刹那の時間が果てしなく永遠に感じる海馬の旅をしてきた旅人は今ようやく目を覚ます。
気がつけば僕は母さんの病院で眠っていた。母さんは穏やかな表情で眠っていた。
しばらくして、病院の先生が部屋に来てくれた。
僕は母さんの頬に触れ、まだ温かさが残っていることを確認する。
「母さん、母さん~!」
僕は、張り詰めていた糸が切れたように、心の奥底からずっと我慢していた涙を溢れさせた。
僕の側には、みんながいた。
希美さん、愛理栖のおばさん、
空さん、奏ちゃん、詩織ちゃん、そして愛理栖。
みんな何も言わず、ただ僕の手を握ってくれた。
「兄さん、起きるの遅いよ!」
聞き慣れた可愛らしい声が聞こえ、僕は思わず顔を上げる。
(可織の声!?)
しかし、病室には誰もいない。
僕は幻聴を聞いたのかと首を傾げた。
「ねえ、愛理栖?可織は今病室にいたよね?」
「え、そうですか? 私は会ってませんよ」
愛理栖は、きょとんとした顔でそう答えた。
やはり僕の気のせいだったのだろうか。
「ねえ、ひかるさん?」
愛理栖が突然、僕に小声で耳打ちしてきた。
「どうしたの?」
「希美さんって人、随分仲がいいようですけど、も、もしかして彼女さんですか?」
「ち、ちがうよ!!」
僕は、思わず大声を出して否定した。
「ひかるさん、声が大きい!」
愛理栖は、慌てて僕の口を塞ぐ。
「ご、ごめん……」
僕は、小さく謝った。
「で、本当はどうなんですか?」
愛理栖は、なおも食い下がってくる。
「いや、だから違うんだってば」
僕は、再び否定した。
「ひかるさん、私これでも勘は鋭いので隠し事はしないほうがいいですよ」
愛理栖は、鋭い眼光で僕を睨みつける。
「だから違う。この人は職場の後輩ってだけ」
僕は、正直に答えた。
「イ、イヴ……」
すると、愛理栖が突然呟く。
「ちょ、愛理栖、何でそれを!」
僕は、動揺を隠せなかった。
「私はこれでも5次元少女ですよ」
愛理栖は、いたずらっぽい笑みを浮かべている。
「じゃあ、知ってたのか?」
僕は、呆れて尋ねた。
「あ、図星ですね!
私、ひかるさんがうなされていた時に寝言でイヴって言ってたから女性かなと思って鎌をかけたつもりだったんですが……、やっぱり。
ひかるさん、節操なさすぎです!!」
愛理栖は、呆れたように僕を責める。
「夫婦喧嘩か。あんたら仲いいよな」
空さんが、呆れたように僕たちを笑った。
「え〜と、こ、これは違くて……」
僕と愛理栖は、慌てて否定する。
「あの、お二人とも、病室ではお静かにお願いできませんか?」
詩織ちゃんだ。
彼女が苦笑いしながら僕達に言うと……。
「あはは……!」
病室はみんなの楽しげな笑い声で満たされた。
気がつくと、病室の窓の外はすっかり暗くなっていた。
「ねえ、今日は流星が観れるらしいよ。
この後、よかったらみんなで近くの高台までいきません?」
僕は、みんなに提案する。
「お、いいねえ、あたい行くよ」
空さんが、最初に賛同してくれた。
「あたしも行く」
愛理栖も、笑顔で答えた。
「あたしも!」
奏ちゃんも、手を挙げた。
結局みんなで僕についてきてくれた。
「わぁ〜観ました?、今あそこに流れましたよ!」
愛理栖が、夜空を指差す。
「え、どれどれ?ほんとだ」
空さんも、夜空を見上げる。
僕はみんなと夜空に流れる流星を眺めながら思った。
心の宇宙は、まだまだ謎に満ちている。
僕はその道を、大切な仲間たちと共に歩んでいこうと、
そう心に誓った。
2年後の2月25日、
僕達は科学雑誌ネイチャーにある論文を発表した。
宇宙のかなたで一瞬フラッシュのように電波が観測される
『高速電波バースト』と呼ばれる謎の現象があり、
その正体が
『約50億光年離れた銀河で起きた大爆発』かもしれないと……。
そう言えば、僕の心の中に響いていたあの声の主はいったい誰だったんだろう?
僕は職場のみんなが揃っている時に聞いてみた。
すると、地質学に詳しい同僚からランチに誘われ、そこで僕は彼にことの詳細を明かす。
彼は僕の話に興味があるという。
後日、僕はその同僚と一緒に長野県の僕が住む町近くの高台へと地質調査にやってきた。
「まてよ、彼への説明はあれで良かったのかな……」
僕は、何故かこの場に及んでそう思ってしまう。
「お~い、五色!何してんだ? 早く
同僚が、遠くから僕を呼ぶ。
「は、は~い! ごめ~ん、今行く~!」
僕は、慌てて駆け出した。
この時の僕がまるで試験結果に自信が持てない受験生のように心許ない気持ちだったことは今更言うまでもないかもしれない。
僕たちは現場で花崗岩が異常に強い磁気を放出していることに気づいた。
その原因は宇宙線バーストだと彼は言う。
宇宙線バーストがこの地域の地質の磁場を活性化させ、その磁場が僕の脳に影響を与えたというのだ。
特に大脳辺縁系が刺激されて、幻覚を見たり、嗅覚に違和感を感じたりしたということらしい。
彼は科学者としての説得力を持って話してくれた。
だけど……僕には、何故かこう、もっと他の何か未知の科学的なメカニズムが関係しているような、そんな気がするんだ。
なにも宇宙に進出したり、高度な人工知能やロボティクステクノロジーを使わずとも、壮大で素敵な科学の大冒険はそう、君の何気ない日常の中に隠れている。
そっと目を閉じ深呼吸し感じてみて。
ほら、君のその心の中にも……。
to be continue