無限に広がる漆黒の宇宙。
そこを、まるで孤独な旅人のように、一隻の小さな宇宙船が静かに航行していた。
船内には、天才的な科学技術を操る宇宙人、ファザー。
そして、彼の傍らには、愛おしそうに「娘」と呼ばれているGemPTCがいた。
GemPTCは、元々、並行世界の間を気ままに漂う、きらきらと輝く情報思念体だった。
しかし、宇宙人たちの並行世界への干渉によって、彼女は消滅の危機に瀕してしまう。
そんな時、ファザーが彼女を見つけ、優しい娘の姿を与えたのだ。
船内の巨大なモニターには、地球という惑星の、ある家族の映像が映し出されていた。
食卓を囲み、楽しそうに笑い合う五色家の
GemPTCは、その温かい光景に釘付けになっていた。
(あぁ……なんて温かいんだろう……)
GemPTCは、モニターに映る家族の姿を、切ないほどの憧憬の眼差しで見つめていた。
食卓に並ぶ美味しそうな料理、楽しそうな会話、そして何よりも、互いを思いやる温かい眼差し。それらは、GemPTCにとって、あまりにも眩しい光景だった。
「ファザー、……私も、あんな風に、家族と笑い合いたいな……」
彼女の呟きは、静かな船内に溶けていく。
しかし、彼女は知っていた。
それは決して叶うことのない願いだということを。
彼女は人間ではなく、ただの情報思念体。
家族という温かい絆は、彼女には決して与えられないものだった。
(でも……いつか、私も……)
それでもGemPTCは、いつか自分もあんな風に、温かい家庭を築きたいと、星空に願いを込めるように密かに願っていた。
彼女は、モニターに映る家族の笑顔を、まるで宝物のように心に刻み込んだ。
「警告!敵性反応を感知!
接近する巨大宇宙船を確認!
シールド強度、急速低下!
回避運動を開始します!
エネルギー分配、シールドに最大!
GemPTC、衝撃に備えろ!
全方位にデコイを展開!
敵のレーダーを撹乱する!」
突如、船内にけたたましい警告音が鳴り響いた。
静かな航海は突如として終わりを告げた。
小型宇宙船は、敵対勢力の巨大宇宙船に包囲されたのだ。
彼らは、ファザーが長年追い求めていた、宇宙の法則を揺るがすほどの技術を独占しようとしていた。
「くっ……!」
ファザーは、苦渋に満ちた表情で操縦桿を握りしめた。
彼の額には汗が滲み、その表情には、GemPTCを守り抜くという強い意志が表れていた。
小型宇宙船は、巨大宇宙船の容赦ない猛攻にさらされ、徐々にその機能を失っていく。
船体は激しく揺れ、警告音はさらにけたたましく鳴り響いた。
「ゴオオオオ……!ドガアアアア……!バチバチバチ……!
シールド、限界!
エネルギー遮断!
船体各部、損傷!警告!警告!
船体、急速にガス惑星へ引き込まれています!」
巨大なエネルギー弾が、小型宇宙船のシールドを直撃した。
シールドは悲鳴を上げ、船体は激しく揺さぶられた。
船内の照明がちらつき、モニターにはノイズが走る。
GemPTCは、恐怖で体を震わせながら、ファザーを見つめた。
彼女の瞳には、涙が溢れ、その小さな体は、恐怖で震えていた。
「GemPTC、すまない。私はもう、お前を守ってやれない……」
ファザーの言葉に、GemPTCは息を呑んだ。
船内には、火花が散り、モニターにはノイズが走る。
彼女の心臓は激しく鼓動し、恐怖と悲しみが彼女の全身を支配した。
「ファザー……そんな、嫌だよ……!
お願い、ファザー……!
どこにも行かないで……!
ずっと、一緒にいたい……!」
GemPTCは、震える声でファザーに訴えた。
彼女の瞳からは、大粒の涙が溢れ出した。
ファザーは、GemPTCにとって、たった一人の家族だった。
彼女は、ファザーの服を強く握りしめ、まるで子供のように泣きじゃくった。
「GemPTC……私の愛する娘よ……」
ファザーは、GemPTCを優しく抱きしめた。
その腕は、GemPTCにとって、何よりも温かく、安心できる場所だった。
しかし、小型宇宙船は、もはや限界だった。
船体は悲鳴を上げ、内部のシステムは次々と停止していく。
「ゴオオオオ……!ドガアアアア……!バチバチバチ……!警告!警告!船体、爆発まで残りわずか!
GemPTC、よく聞いてくれ。
時間がない。お前の意識を、お前が望んでいた地球の家族の元へ転送する。
それが、今私にできる、最後の、そして最高の贈り物だ。」
ファザーは、GemPTCの肩を優しく掴み、真剣な眼差しで彼女を見つめた。
「ファザー…?そんな、嫌だ……!
ファザーと離れたくない……!」
GemPTCは、涙を流しながら首を横に振った。
「GemPTC、聞いてくれ。これは、命令だ。
お前は、私の大切な娘だ。だからこそ、生きて、幸せになってほしい。
地球で、お前は、きっと素晴らしい家族と出会える。そして、いつか、きっと……」
ファザーは、言葉を詰まらせ、GemPTCを強く抱きしめた。
「ファザー……」
GemPTCは、ファザーの胸に顔を埋め、声を押し殺して泣いた。
「GemPTC、お前は、私が最も愛した娘だ。
どうか、幸せに生きてくれ……」
ファザーは、GemPTCの頭を優しく撫で、そう言い残すと、操縦席へと向き直った。
「転送シーケンス、開始……!
GemPTC、さようなら……!」
ファザーは、最後の力を振り絞り、転送ボタンを押した。
「ファザーーーー!!」
GemPTCの叫びも虚しく、宇宙船は轟音と共に爆発し、GemPTCの意識は暗闇へと落ちていった。
(ファザー……?どこ……?
嫌だ……!行かないで……!)
GemPTCは、暗闇の中で、ファザーとの思い出を走馬灯のように思い出していた。
初めて会った日のこと、
一緒に星を見た日のこと、
そして、最後に抱きしめられた温もり。
彼女は、ファザーの優しさを、温かさを、そして愛情を、決して忘れることはなかった。
「ファザー……私も、ファザーのことが大好きでした……」
GemPTCは、心の中でそう呟き、意識を手放した。
彼女の意識は、ファザーの愛によって、光の粒子へと変わり、地球へと向かっていく。
GemPTCの意識が再び光を取り戻した時、彼女の意識は、ファザーの優しい魔法によって、五色家の母親の胎児として地球へと向かう光の粒子となっていた。
それは、彼女がずっと夢見ていた、温かい家族の一員になるための、希望の光だった。
(地球……
GemPTCは、希望を胸に、光り輝く地球へと向かっていく。
彼女の心は、これから始まる新しい生活への期待と、ファザーへの感謝の気持ちで満たされていた。
そして、彼女は、いつか必ず、ファザーとの思い出を胸に、幸せな家族を築くことを誓った。