「ねぇ、大丈夫?」
背後からかけられた、優しく、どこか不安げな声に、忘却の少女はゆっくりと振り返る。
そこに立っていたのは、自分より少しだけ年上に見える少年。
彼の顔には、幼さの残るあどけない表情の中に、どこか拭いきれない寂しさが滲む。
しかし、その瞳は、少女に向けられた温かい光を湛えていた。
「君は、ここに来たばかりなんだってね。僕は翔太。よろしく」
少年は、柔らかい笑みを浮かべながら、そう言った。
その穏やかな口調と優しい眼差しに、少女は警戒心を解き、僅かな安心感を覚える。
初めて出会う人との触れ合いに戸惑いながらも、彼女は小さく頷いた。
翔太は、少女をこの場所の主である老人や、他の仲間たちの元へと連れて行った。
彼は、一人ひとりの名前や特徴、そしてこの場所に暮らす上でのルールを、丁寧に、そして優しく彼女に教えてくれた。
他の仲間たちも、それぞれ個性的な外見や性格を持っていたが、少女に対して敵意を持つ者は誰一人いない。
むしろ、新しい仲間が増えたことを喜んでいるようだった。
夕食を終え、静まり返った部屋で、少女は再び考え込んでいた。
記憶が戻らない焦燥感と、この場所が一体何なのかという疑問が、彼女の心を締め付ける。
「翔太はどうしてここにいるの?」
ふと、そんな質問が口をついて出た。
翔太は、少し考え込んだ後、静かに、そしてゆっくりと話し始めた。
「僕は、昔、大切な人を傷つけてしまったんだ。
取り返しのつかないことをしてしまった。だから、ここにいるんだ」
翔太の言葉は、少女の胸に深く突き刺さった。
彼が背負う過去の重さが、ひしひしと伝わってくる。
「みんな、それぞれに過去がある。そして、みんなその過去と向き合おうとしているんだ」
翔太は、そう呟いた。
その含みのある言葉に、少女は自分の心の中に何かが生まれつつあるような不思議な感覚を覚える。
それは、今まで感じたことのない感情だった。
それから、翔太は少女に自分の過去を語り始める。
それは少女にとって、想像を絶するほど残酷で、そして悲しい物語だった。
「僕には、大切な妹がいたんだ。名前は、祥子。
僕たちは、両親が失踪して、親戚の家に引き取られたんだ。
でも、そこでの生活は、決して楽なものではなかった……」
翔太の語る過去は、少女の心を深く揺さぶった。
彼女は、翔太の悲しみ、苦しみ、そして後悔の念に、共感せずにはいられなかった。
翔太の話は、少女にとって、まるで自分自身の過去を覗き込んでいるかのように感じられた。
彼女もまた、失われた記憶の中に、何か重いものを抱えているような気がした。
「僕は…… 祥子を……」
翔太の言葉は、震えていた。彼の目には、深い悲しみと絶望が宿っていた。
※次話からは翔太の知られざる過去に迫っていきます。
現在〜回想という流れで話は進んでいきます。