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第49話 翔太の過去後半 ※事件当時

そして……痛ましい事件は起こった……。



〔※事件直後〕


夕焼けが、血の色のように部屋に染み込んでいた。

赤黒い光が、床に倒れた男の身体を照らし出す。

男の顔には、まだ生前の苦痛が残っていた。

歪んだ口元、見開かれた目。

それは、恐怖と絶望に満ちていた。

翔太は震える手で、男を見つめる。

心臓が早鐘のように鳴り響く。

怒り、悲しみ、そして深い絶望。

様々な感情が、翔太の胸の中で渦巻いていた。


(祥子……)

そう呟きながら、翔太は妹の顔を見る。

祥子の顔色は青白く、まるで人形のようだ。

翔太はそっと彼女の頬に触れた。

冷たい。

生気が感じられない。

翔太の目から、大粒の涙がこぼれ落ちた。

「ごめん、祥子。

助けられなくて……」

翔太は、自分の無力さを呪った。

もっと強ければ。

もっと早く行動できていれば。

祥子をこんな目に遭わせずに済んだのに。


その時、脳裏に過去の光景がフラッシュバックした。

男の拳が、幼い祥子の頬を打ちのめす。

容赦のない暴力が、小さな体を打ち据える。

祥子の悲鳴が、翔太の耳を劈く。

翔太はその光景に耐えられず、男のナイフを奪い取った。

怒りが、翔太の全身を駆け巡った。

すると、男はナイフを奪われたことに逆上し、もう一本予備で持っていたナイフを取り出し、祥子の肩に突き刺した。

キャぁぁぁぁあああ!!」

祥子の悲痛の叫び声が、再び翔太の耳に届く。

翔太の頭の中は、真っ白になった。

考えるよりも先に、体が動いていた。


(祥子が殺される)


翔太は怒りの余り我を忘れ、男の腹わた目掛けてナイフを振りかざす。

男の目は、恐怖に染まっていた。

だが、翔太の怒りは、そんな感情を凌駕していた。


「お兄ちゃん、やめて!!」

その時、祥子の声が聞こえた。

翔太の動きが止まる。

そして、信じられない光景が目に飛び込んできた。


ドス!

翔太が刺した先。

それは男ではなく、その前に立ち塞がった妹の祥子だった。


「しょ、祥子!?」

翔太は、腹わたを刺した自分の手を見て、震えた。

ナイフには、鮮血が滴っている。

祥子の下腹部から、血がとめどなく溢れ出ている。

翔太の頭の中は、混乱していた。

何が起こったのか、理解できなかった。

(祥子、……どうして!?)

翔太は、祥子に問いかけた。


だが、祥子は答えなかった。

ただ、苦しそうな表情で、翔太を見つめていた。

「ごめんね……お兄ちゃん。

私……お兄ちゃんを……犯罪者に、したく……無かったから……」

祥子の言葉が、翔太の胸に突き刺さる。

祥子は、翔太を止めようとしたのだ。

自分が体を張って、翔太を犯罪者にしたくなかったのだ。

「祥子、傷が開く。それ以上喋るな!」

翔太は、叫んだ。

祥子の言葉を遮ろうとした。

聞きたくなかった。

そんな残酷な言葉、聞きたくなかった。

「お兄ちゃん、今まで私を庇ってくれて、大切にしてくれてありがとね」

祥子は、最後の力を振り絞って言った。

そして、そのまま静かに目を閉じた。


「祥子―!!!!」

翔太の叫びが、部屋中に響き渡る。


祥子は、死んだ。

翔太の腕の中で、静かに息を引き取った。


「くそぉぉぉおお!!

みんな殺してやる!

ぶっ殺してやるー!」

祥子の死のショックから、翔太は錯乱した。

悲しみ、苦しみ、絶望。

様々な感情が、翔太の心を破壊した。

そして、まるで人が変わったように恐ろしい形相で、目の前の男に襲いかかる。

もはや、人間ではなかった。

獣だった。

復讐に燃える、狂暴な獣だった。

翔太の一方的で容赦ない斬撃によって、男は血まみれになりついに倒れた。


翔太は、自分の手で人を殺してしまったという事実に、恐怖と混乱を感じていた。

だが、それ以上に、祥子を失った悲しみが、翔太の心を締め付けていた。


「僕は……何をしていたんだ。

わからない……。

わからないよ……」

翔太は、何度も自分自身に問いかける。

だが、心の奥底では、自分が犯した罪の重さを理解していた。

祥子を失った悲しみと、人を殺してしまった罪悪感。

二つの感情が、翔太の心を引き裂いていた。


※話はこの後、現在に戻ります。


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