そして……痛ましい事件は起こった……。
〔※事件直後〕
夕焼けが、血の色のように部屋に染み込んでいた。
赤黒い光が、床に倒れた男の身体を照らし出す。
男の顔には、まだ生前の苦痛が残っていた。
歪んだ口元、見開かれた目。
それは、恐怖と絶望に満ちていた。
翔太は震える手で、男を見つめる。
心臓が早鐘のように鳴り響く。
怒り、悲しみ、そして深い絶望。
様々な感情が、翔太の胸の中で渦巻いていた。
(祥子……)
そう呟きながら、翔太は妹の顔を見る。
祥子の顔色は青白く、まるで人形のようだ。
翔太はそっと彼女の頬に触れた。
冷たい。
生気が感じられない。
翔太の目から、大粒の涙がこぼれ落ちた。
「ごめん、祥子。
助けられなくて……」
翔太は、自分の無力さを呪った。
もっと強ければ。
もっと早く行動できていれば。
祥子をこんな目に遭わせずに済んだのに。
その時、脳裏に過去の光景がフラッシュバックした。
男の拳が、幼い祥子の頬を打ちのめす。
容赦のない暴力が、小さな体を打ち据える。
祥子の悲鳴が、翔太の耳を劈く。
翔太はその光景に耐えられず、男のナイフを奪い取った。
怒りが、翔太の全身を駆け巡った。
すると、男はナイフを奪われたことに逆上し、もう一本予備で持っていたナイフを取り出し、祥子の肩に突き刺した。
「
祥子の悲痛の叫び声が、再び翔太の耳に届く。
翔太の頭の中は、真っ白になった。
考えるよりも先に、体が動いていた。
(祥子が殺される)
翔太は怒りの余り我を忘れ、男の腹わた目掛けてナイフを振りかざす。
男の目は、恐怖に染まっていた。
だが、翔太の怒りは、そんな感情を凌駕していた。
「お兄ちゃん、やめて!!」
その時、祥子の声が聞こえた。
翔太の動きが止まる。
そして、信じられない光景が目に飛び込んできた。
ドス!
翔太が刺した先。
それは男ではなく、その前に立ち塞がった妹の祥子だった。
「しょ、祥子!?」
翔太は、腹わたを刺した自分の手を見て、震えた。
ナイフには、鮮血が滴っている。
祥子の下腹部から、血がとめどなく溢れ出ている。
翔太の頭の中は、混乱していた。
何が起こったのか、理解できなかった。
(祥子、……どうして!?)
翔太は、祥子に問いかけた。
だが、祥子は答えなかった。
ただ、苦しそうな表情で、翔太を見つめていた。
「ごめんね……お兄ちゃん。
私……お兄ちゃんを……犯罪者に、したく……無かったから……」
祥子の言葉が、翔太の胸に突き刺さる。
祥子は、翔太を止めようとしたのだ。
自分が体を張って、翔太を犯罪者にしたくなかったのだ。
「祥子、傷が開く。それ以上喋るな!」
翔太は、叫んだ。
祥子の言葉を遮ろうとした。
聞きたくなかった。
そんな残酷な言葉、聞きたくなかった。
「お兄ちゃん、今まで私を庇ってくれて、大切にしてくれてありがとね」
祥子は、最後の力を振り絞って言った。
そして、そのまま静かに目を閉じた。
「祥子―!!!!」
翔太の叫びが、部屋中に響き渡る。
祥子は、死んだ。
翔太の腕の中で、静かに息を引き取った。
「くそぉぉぉおお!!
みんな殺してやる!
ぶっ殺してやるー!」
祥子の死のショックから、翔太は錯乱した。
悲しみ、苦しみ、絶望。
様々な感情が、翔太の心を破壊した。
そして、まるで人が変わったように恐ろしい形相で、目の前の男に襲いかかる。
もはや、人間ではなかった。
獣だった。
復讐に燃える、狂暴な獣だった。
翔太の一方的で容赦ない斬撃によって、男は血まみれになりついに倒れた。
翔太は、自分の手で人を殺してしまったという事実に、恐怖と混乱を感じていた。
だが、それ以上に、祥子を失った悲しみが、翔太の心を締め付けていた。
「僕は……何をしていたんだ。
わからない……。
わからないよ……」
翔太は、何度も自分自身に問いかける。
だが、心の奥底では、自分が犯した罪の重さを理解していた。
祥子を失った悲しみと、人を殺してしまった罪悪感。
二つの感情が、翔太の心を引き裂いていた。
※話はこの後、現在に戻ります。