〔※現在〕
静まり返った部屋で、マダラは震える爪先を見つめていた。
彼の脳裏には、あの日の光景が鮮明に焼き付いている。
〔※マダラの記憶を覗いた老人による回想〕
貴代子は、優しく微笑む女性だった。
40歳という年齢にも関わらず、若々しく、
そして、誰とでも分け隔てなく接して、周囲から愛される存在として。
マダラにとって、そんな貴代子は飼い主であると同時に、親友のような存在でもあった。
しかし、そんな貴代子に、ある日突然、不幸が訪れる。
男は、貴代子の勤める会社に出入りする取引先の人間だった。
その日、男は仕事のことで貴代子を呼び出す。
「少し、話があるんだが……」
男の言葉に、貴代子は警戒の色を滲ませた。
しかし、男は巧みな言葉で貴代子を油断させ、人気のない場所に連れ込む。
そして、男は貴代子を犯した。
貴代子は、深く傷つき、絶望する。
誰にも相談できず、一人で苦しみを抱え込んでいた。
1ヶ月後。貴代子は妊娠していることが分かる。
「どうしよう……」
貴代子は、泣き崩れる。
誰にも言えず一人で悩んでいた。
そんなある日、貴代子は意を決して、男に電話をかける。
「あなたの子を妊娠したの。どうして……」
そんな貴代子の言葉に、男は冷たく言い放った。
「お前の勝手だろ。俺は関係ない」
男は、貴代子を嘲笑する。
絶望し苦しみて続けた貴代子は、その一週間後、
自ら命を絶った。
マダラは、貴代子の変わり果てた姿を見て、怒りに震える。
「許さない……絶対に許さない……」
マダラは、男を捜し始めた。
そして、ついに男を見つける。
薄暗い路地裏。マダラは、男の影を追っていた。
彼の目は、怒りと悲しみで赤く光っている。
男は、貴代子を裏切り、深く傷つけた。
その姿は、マダラの脳裏に焼き付いている。
「許さない……」
マダラは、男に飛び掛かる。鋭い歯が、男の腕に食い込んだ。
男は悲鳴を上げ、地面に倒れ込む。
マダラは、それでも止まらなかった。
まるで、自分の中にいる獣が、男を食い殺そうとしているかのように。
気がついた時には、男は血まみれの状態で倒れていた。
マダラは、自分の爪に染み付いた血を見て、我に返る。
「……どうして、こんなことを……」
マダラの心は、深い闇に包まれていた。
彼は、貴代子を守ろうとしたはずなのに、なぜこんなことになってしまったのか。
〔※現在〕
マダラがここへ来た経緯を語り終えた老人は忘却の少女に言う。
「マダラの記憶を読みった時にわかった事は実はまだ終わりじゃないんだ。
マダラはね、貴代子の自殺後に自分が男を許せず襲ったことは、
結局男が貴代子にしていた暴力と同じだとね。
暴力を暴力で解決しようとした行動は、
決して貴代子は望んでいなかったと思いマダラは深く後悔しているんだよ」
※次話からは、削磨の回想から始まり、
削磨、躍太、優の過去が語られます。