〔※現在〕
夕焼けが、赤く燃えるような色で廃墟の街を覆い始める。
その光は、壊れかけた建物の隙間から差し込み、まるでこの世の終わりを告げているようだ。
そんな静寂に包まれた街の一角で、老人は一匹の犬の頭を優しく撫でていた。
その犬は、マダラと呼ばれているらしく、ずんぐりとした体格に大きな瞳を持つ、人懐っこい犬だった。
マダラの毛並みは、夕焼けの光を浴びて、まるで磨かれた青銅のように輝いている。
「マダラは、みんなの人気者なんだよ。
この子がいなければ、ここももっと寂しい場所だろうね」
老人の顔は、深い皺で覆われているが、その目はマダラに向けられた優しい光で満ち溢れている。
彼の声は、長年の孤独を物語っているようだが、
マダラに話しかけるその口調は、まるで親愛なる友に語りかけるようだ。
老人の温かい言葉に、少女は微笑んだ。
マダラは、老人の言葉を理解しているかのように、しっぽを振って甘えた。
その仕草は、まるで人間の子供が親に甘える姿と重なる。
「僕はロボットの記憶や意思を読み取ることができるんだ」
そう言って老人は続けた。
「マダラは、元々東京で一人暮らしの女性と暮らしていたんだ。
貴代子という名前の、とても優しい女性だったよ」
老人の言葉に、少女は想像力を掻き立てられた。
マダラが、かつて人間と一緒に暮らしていたなんて。しかも、優しい女性と、まるで家族のように。
「マダラは、貴代子さんと一緒に散歩に行ったり、一緒にご飯を食べたり、とても幸せそうだった。
まるで、本当の家族みたいだったね」
老人の声は、どこか懐かしさを帯びている。
彼は、マダラと貴代子の幸せな日々を思い出し、そして、それが失われてしまったことを悲しんでいるようだ。
「でも、そんな幸せな日々は長くは続かなかった。
ある日、ひとりの男が貴代子さんに近づいてきたんだ。
その男は、貴代子さんを執拗につけ回し、最後は彼女をナイフで脅して追い詰めた。
マダラは、その光景を見て、怒りに震えた。そして…」
老人の声が、突然途切れた。
夕焼け空の下、マダラの大きな瞳が、どこか悲しげに輝いていた。
その瞳には、深い悲しみと、そして怒りが宿っている。
少女は、老人の言葉に息を呑んだ。
マダラが、かつて人間から受けた仕打ちを想像し、胸が締め付けられるような気持ちになった。
老人は、ゆっくりとマダラの頭を撫でた。
「マダラは、貴代子さんを守ろうとしたんだ。でも、男は…」
老人の言葉は、再び途切れた。彼は、辛い過去を思い出すのをためらっているようだ。
少女は、マダラの過去に、深く心を揺さぶられた。
彼女は、マダラがどれほどの苦しみを味わってきたのかを想像し、
そして、彼が今もその過去と向き合っていることに、深い敬意を抱いた。
夕焼けは、ますます赤さを増し、街全体を覆い隠そうとしている。そんな中、
少女はマダラの過去の続きを、老人に聞くことを決意した。
「あの… おじさん、マダラに一体何があったんですか?」
少女の言葉に、老人は静かに頷いた。
「ああ… 話そう。マダラの過去は、とても悲しい物語だが、それでも、君たちに知っておいてほしいんだ」
老人は、覚悟を決めたように、ゆっくりと語り始めた。
「男は、貴代子さんをナイフで脅し、無理やり…」
老人の言葉は、再び途切れた。彼は、言葉に詰まっているようだ。
少女は、老人の様子を見て、無理に話させなくてもいいと思った。
しかし、マダラの過去を知りたいという気持ちは、彼女の中で日増しに強くなっていた。
「マダラは、貴代子さんを守ろうとして、男に襲いかかったんだ」
老人は、絞り出すような声で言った。
「マダラは、男に噛みつき、必死に抵抗した。そして男は……」
老人の言葉は、再び途切れた。彼は、涙をこらえているようだ。
少女は、老人の肩にそっと手を置いた。
「無理しないでください。話せる時に、話してください」
少女の言葉に、老人は感謝の意を示した。
「ありがとう…… でも、話さなければならない。マダラの過去は、決して忘れてはならないことだから」
老人は、深呼吸をし、そして、ゆっくりと語り始めた。
「貴代子さんは…… 生きることに絶望した。そして……」
老人の言葉は、再び途切れた。
少女は、老人の顔を見つめた。彼の目には、深い悲しみが宿っていた。
「貴代子さんは……自ら命を絶ってしまったんだ」
老人の言葉は、少女の胸に突き刺さった。
少女は、貴代子の悲しみ、絶望、そしてマダラへの愛情を想像し、涙を流した。
マダラは、貴代子の死後、男を襲ったという理由で保健所に移送された。
そして、殺処分されこの場所にたどり着いたのだという。
少女は言葉を失った。彼女は、マダラが背負う悲しみ、苦しみ、そして絶望に、深く心を痛めた。
そして、彼女は、マダラにそっと寄り添い、優しく撫でた。
マダラは、少女の優しさに甘えるように、彼女に体を寄せた。
夕焼けは、完全に空を染め上げ、そして、夜の帳が降りようとしていた。
少女は、マダラと共に、静かに夜空を見上げた。
空には、満月が輝き、星たちがきらめいている。
少女は、星空を見上げながら、マダラの未来が、少しでも明るいものになるようにと願った。
※次話からは、現在から始まりマダラの回想になります。