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第51話 マダラの過去(前半)※現在

〔※現在〕


夕焼けが、赤く燃えるような色で廃墟の街を覆い始める。

その光は、壊れかけた建物の隙間から差し込み、まるでこの世の終わりを告げているようだ。

そんな静寂に包まれた街の一角で、老人は一匹の犬の頭を優しく撫でていた。

その犬は、マダラと呼ばれているらしく、ずんぐりとした体格に大きな瞳を持つ、人懐っこい犬だった。

マダラの毛並みは、夕焼けの光を浴びて、まるで磨かれた青銅のように輝いている。


「マダラは、みんなの人気者なんだよ。

この子がいなければ、ここももっと寂しい場所だろうね」

老人の顔は、深い皺で覆われているが、その目はマダラに向けられた優しい光で満ち溢れている。

彼の声は、長年の孤独を物語っているようだが、

マダラに話しかけるその口調は、まるで親愛なる友に語りかけるようだ。


老人の温かい言葉に、少女は微笑んだ。

マダラは、老人の言葉を理解しているかのように、しっぽを振って甘えた。

その仕草は、まるで人間の子供が親に甘える姿と重なる。


「僕はロボットの記憶や意思を読み取ることができるんだ」

そう言って老人は続けた。

「マダラは、元々東京で一人暮らしの女性と暮らしていたんだ。

貴代子という名前の、とても優しい女性だったよ」


老人の言葉に、少女は想像力を掻き立てられた。

マダラが、かつて人間と一緒に暮らしていたなんて。しかも、優しい女性と、まるで家族のように。


「マダラは、貴代子さんと一緒に散歩に行ったり、一緒にご飯を食べたり、とても幸せそうだった。

まるで、本当の家族みたいだったね」

老人の声は、どこか懐かしさを帯びている。

彼は、マダラと貴代子の幸せな日々を思い出し、そして、それが失われてしまったことを悲しんでいるようだ。

「でも、そんな幸せな日々は長くは続かなかった。

ある日、ひとりの男が貴代子さんに近づいてきたんだ。

その男は、貴代子さんを執拗につけ回し、最後は彼女をナイフで脅して追い詰めた。

マダラは、その光景を見て、怒りに震えた。そして…」

老人の声が、突然途切れた。


夕焼け空の下、マダラの大きな瞳が、どこか悲しげに輝いていた。

その瞳には、深い悲しみと、そして怒りが宿っている。


少女は、老人の言葉に息を呑んだ。

マダラが、かつて人間から受けた仕打ちを想像し、胸が締め付けられるような気持ちになった。


老人は、ゆっくりとマダラの頭を撫でた。

「マダラは、貴代子さんを守ろうとしたんだ。でも、男は…」

老人の言葉は、再び途切れた。彼は、辛い過去を思い出すのをためらっているようだ。


少女は、マダラの過去に、深く心を揺さぶられた。

彼女は、マダラがどれほどの苦しみを味わってきたのかを想像し、

そして、彼が今もその過去と向き合っていることに、深い敬意を抱いた。


夕焼けは、ますます赤さを増し、街全体を覆い隠そうとしている。そんな中、

少女はマダラの過去の続きを、老人に聞くことを決意した。

「あの… おじさん、マダラに一体何があったんですか?」


少女の言葉に、老人は静かに頷いた。

「ああ… 話そう。マダラの過去は、とても悲しい物語だが、それでも、君たちに知っておいてほしいんだ」

老人は、覚悟を決めたように、ゆっくりと語り始めた。

「男は、貴代子さんをナイフで脅し、無理やり…」

老人の言葉は、再び途切れた。彼は、言葉に詰まっているようだ。


少女は、老人の様子を見て、無理に話させなくてもいいと思った。

しかし、マダラの過去を知りたいという気持ちは、彼女の中で日増しに強くなっていた。


「マダラは、貴代子さんを守ろうとして、男に襲いかかったんだ」

老人は、絞り出すような声で言った。

「マダラは、男に噛みつき、必死に抵抗した。そして男は……」

老人の言葉は、再び途切れた。彼は、涙をこらえているようだ。


少女は、老人の肩にそっと手を置いた。

「無理しないでください。話せる時に、話してください」


少女の言葉に、老人は感謝の意を示した。

「ありがとう…… でも、話さなければならない。マダラの過去は、決して忘れてはならないことだから」

老人は、深呼吸をし、そして、ゆっくりと語り始めた。

「貴代子さんは…… 生きることに絶望した。そして……」

老人の言葉は、再び途切れた。


少女は、老人の顔を見つめた。彼の目には、深い悲しみが宿っていた。


「貴代子さんは……自ら命を絶ってしまったんだ」

老人の言葉は、少女の胸に突き刺さった。

少女は、貴代子の悲しみ、絶望、そしてマダラへの愛情を想像し、涙を流した。

マダラは、貴代子の死後、男を襲ったという理由で保健所に移送された。

そして、殺処分されこの場所にたどり着いたのだという。

少女は言葉を失った。彼女は、マダラが背負う悲しみ、苦しみ、そして絶望に、深く心を痛めた。

そして、彼女は、マダラにそっと寄り添い、優しく撫でた。


マダラは、少女の優しさに甘えるように、彼女に体を寄せた。


夕焼けは、完全に空を染め上げ、そして、夜の帳が降りようとしていた。


少女は、マダラと共に、静かに夜空を見上げた。

空には、満月が輝き、星たちがきらめいている。

少女は、星空を見上げながら、マダラの未来が、少しでも明るいものになるようにと願った。


※次話からは、現在から始まりマダラの回想になります。


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