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第63話 紬との対話 ※現在〜???

〔※美嗣/現在〕


「おじさん、お願いします!私の、私の記憶の中の姉の紬に、もう一度だけ会わせてください!」


美嗣は、薄暗いラボの片隅で白衣を着た老人に必死に懇願した。


老人は深い皺の刻まれた顔をゆっくりと動かし、しばらく考え込む。


「……分かった。ただし、これができるのは一度きりだ」


静かながらも重みのあるその言葉に、美嗣は何度も頷いた。


案内された先の部屋には、無機質な機械が並んでいる。


その中央には、カプセルのような装置が鎮座していた。


「ここへ入るんだ」


老人の指示に従いながら、美嗣は緊張した面持ちで装置に近づく。


「本当に、紬さんに会えるんですか?」


声が震える。


「ああ。ただし、これは危険な試みでもある。途中で意識を失う可能性もあるし……最悪の場合は……」


老人は言葉を濁した。


それでも、美嗣の決意は揺らがない。


「お願いします。紬さんに、もう一度だけ会いたいんです」


装置の中へ横たわると、冷たい金属が肌に触れ、現実味を強くする。


「準備はいいか?」


問いかけに、美嗣は深呼吸をし、静かに頷いた。


装置が起動し、意識が徐々に沈んでいく。


深い眠りに落ちていくようだった。




〔※???〕


どこまでも広がる白い空間。


美嗣は、その場にぽつりと佇んでいた。


「美嗣……?」


優しい声が響く。


瞬間、美嗣は声のする方へ走り出した。


そこにいたのは、紬だった。


「紬……!」


涙が溢れ、美嗣は紬にしがみついた。


温かい。


確かに、そこにいる。


「ごめんなさい、紬。私、何も覚えてなくて……」


泣きながら謝る美嗣を、紬は優しく抱きしめた。


「いいのよ、美嗣。辛かったわね」


彼女の手が頭を撫でる。


本物の人間のような感触がした。


「私ね、美嗣とのこと、全部覚えてるの」


紬は微笑む。


その笑顔が、美嗣の心を優しく包んでいく。


「私たち、一緒に暮らしていたこともあったのよ。あなたが生まれたとき、両親と四人でね」


「え……確か私は、本当の両親が亡くなった後に紬の記憶を元に作られたクローンだって……?」


戸惑いながら問いかける。


「違うんだよ。本当は――」


紬は、悲しげな顔をした。


「私には、美嗣という妹がいたの。幼いころ病気で亡くなった、大切な妹」


紬は静かに語り始める。


優しい親戚夫婦との暮らし――

幼い美嗣との束の間の触れ合い――


どれも、美嗣にとって初めて聞く話ばかりだった。


「美嗣は、とても可愛い子だったわ。いつも私と母さんには甘えてくれて……」


紬の言葉は、美嗣の胸を熱くする。


まるで、その記憶が自分にも刻まれているようだった。


「初めて会った日のこと。美嗣は赤ちゃんだった。お母さんが抱きしめて、『妹ができたよ』って私に言ったの」


小さな手を握った日のことを語る紬の瞳が、優しく輝いている。


「美嗣が初めて笑ったときも覚えてる。私が絵本を読んでいたら、急にニコって笑ったの。あの笑顔が嬉しくて、私は何度も抱きしめたわ」


紬は目を細め、懐かしむように微笑む。


「公園へ行ったこと、お祭りの花火を一緒に見たこと、クリスマスにプレゼント交換をしたこと……」


どれも、美嗣には知らない記憶のはずだった。


なのに、懐かしさが込み上げる。


本当に体験していたかのように――


「美嗣が熱を出した時、一晩中看病したわ。あなたが眠っている間、ずっと手を握っていた。早く良くなってほしいって、それだけを願っていたの」


紬の言葉が、静かに胸の奥へ染み込んでいく。


同時に、鋭い痛みが走った。


「ねぇ、紬。教えて。あの時、一体何があったの?」


美嗣は、意を決して問いかけた。


紬の表情が、一瞬曇る。


「美嗣……ごめんなさい。辛いことを思い出させてしまうかもしれないけど……」


深く息を吸い込むと、紬は静かに語り始めた。


※次回は紬の回想シーンから始まります。


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