パンゲアと呼ばれた超大陸の世界。
そこでは、
神や創造主と言い伝えられてきた何者かが過去に
もたらした急激な進化により、様々な動物達が高度な科学文明を創り上げていた。
その超大陸の北東の外れ。
いくつも存在する列島の中に、
首都から離れた郊外の一区画に木造建築の老舗が立ち並ぶ喧噪がある。
キ、キー!
朝の通勤ラッシュの時間、
道路を往来する自動車に負けないくらい元気に自己主張をするそれは自転車のブレーキの音だった。
青い空の下、ハルは元気いっぱいに走り回っていた。彼女の緑色の短い髪は風に舞い、可愛らしい笑顔が絶え間なく輝いている。ハルは、その無邪気で純粋な性格から、周囲の人々を自然と引き寄せていた。
「ふっふっふ、今日は絶対に遅刻しないよ!」と、ハルは元気よく叫ぶ。
その瞳はキラキラと輝き、熱意が溢れていた。
ワニと犬を併せたような姿をしたキノドン人は、
ワニ寄りか犬寄りかで見た目が違う種族である。
食パンを口に加え颯爽と現れた自転車の少女。
毛先がカールしたサラサラで艶のある緑色のショートヘアーからは爽やかなシャンプーのいい匂いがする。
だが、相当なアホ毛だ。
華奢で小柄な彼女は一見すると美少女で可愛い。
だが、相当なアホ毛だ。
まず第一に、頭部に占めるアホ毛のサイズが大きすぎる。
ツムジを中心に、左右に生えた大きな二本の触手。
アホ毛である。
彼女の仕草に合わせ、まるで蛇のようにウネウネと動く。
見てる方が気になってしまい、
ある意味ハタ迷惑で、今すぐどうにかして欲しい。
しかし、このアホ毛は案外本人のこだわりだったりするのだろうか?
アホ毛は彼女の良い印象の全てを帳消しにしていた。
そして、その特徴のある頭髪の両サイドからは垂れ耳が二本ぴょこんと可愛く顔を覗かせている。
アホ毛なんて気にしない。
そんな彼女はまるで子犬のようなバイタリティーと人懐っこいオーラを全身から醸し出している。
「やべぇ、急がなきゃ!」
とうの彼女は今焦っている。
少女はまるで最速記録に挑戦するかのように無駄の無い動作で自転車を裏の駐輪スペースに駐めると、
目的の建物の周りをキョロキョロと落ち着き無く見渡す。
特に建物裏側の駐車スペースに駐められた数台の自動車付近を念入りに確認している。
自転車の少女の目的の場所。
そこは、敷地内に雑貨棟を増築し鉄筋新築にリニューアルされた老舗布団屋さん『てろめ屋』である。
「遅刻遅刻〜!」
「ちょっとー!
ハルちゃん、また遅刻ー!?」
チャリ勤のアホ毛をハルちゃんと呼ぶのは
同年代で二つ歳下の雑貨部門担当のアキである。
アキはアホ毛同様キノドン類で、子犬の愛くるしさを持つオシャレでスタイルの良いツインテール美少女である。
垂れ耳に緑色でサラサラな艶のある髪であることはハルと同じだ。
しかし、アホ毛では無い。
ハルの元気いっぱいな笑顔の隣には、いつも穏やかで優しい微笑みを浮かべる職場の後輩アキの姿があった。
アキはハルとは対照的に、冷静で理知的な性格を持っている。
彼女の落ち着いた振る舞いは、まるで一陣の涼風のように周囲を和ませる。
「ハルちゃん、無茶しないでね」
と、アキはいつもハルに優しく声をかける。
その瞳には、ハルを心から心配する気持ちが映し出されていた。
「ご、ごめん〜!」
「わたしはいいけどさ、聡子主任カンカンだよ」
「ねえアキちゃん?
口裂けBBA、そんなに怒ってた?」
「うん。今日は今度の催事に向けたメーカー勉強会があるからみんないつもより早く来るようにって昨日の終礼で言ってたよね。
聡子主任のイライラ、あれは相当だよ」
「わ〜ん!!
アキちゃ〜ん、あたし、ど、ど、
どうしよ平八郎の乱ん〜!!」
「自業自得だよ。
昨日帰る前の時間、
ハルちゃんスマホゲームに夢中で、
主任達の会話に全然入ってこなかったじゃん」
「ったくしゃあねえ。
あたいちょっくら30秒でバズってくるワ!!」
「ねえ、ちょっと待ってハルちゃん!?」
(ハルちゃんは多分、某国民的アニメ映画の少年の名前と悪役の名台詞"人がゴミのようだ"をうまくかけて言ったつもりだろうけど、
アキは思った。
「んじゃ、後オナシャス!」
「あ、ハルちゃん!?
何処に行けばいいかわかっ……」
ビューン!!
「……って、やっぱ、聞いちゃいないか」
落ち着きが無くおっちょこちょいなハルが
アキの忠告を最後まで聞くはずもなく、
ハルはまるでどこぞの村のおてんばロボット少女の様に既に遠くの方まで走り去ってしまっていた。
***
「あ、でもまてよ。
主任今どこいるんだっけ?
……。
詰んだ(゚o゚;;
全然思いだせん(>人<;)」
***
ボインッ♪
「あ、ハルちゃんから※BOINEだ」
アキはショルダーストラップで腰の後ろに回していた赤く小さなポーチからスマホを取り出し、手に取った。
BOINE
ハル→
【アキ殿、オイすた〜系(※助けて)ソース!!
ヽ( ̄д ̄;)ノ】
アキ→
【どうしたの、ハルちゃん!?】
送信
パフパフ♪
ハル→
【ねえアキちゃん。朝礼は!!?(;´Д`A】
ボインッ♪
ボインッ♪
アキ→
【もうとっくに終わったよ】
パフパフ♪
ハル→
【うそ〜ン!?】
ボインッ♪
アキ→
【ホントだよ。
とにかく早く聡子主任に謝りに行ったほうがいいよ】
パフパフ♪
ハル→
【りょ、
スタスタε=ε=┌(; ̄◇ ̄)┘】
「ハルちゃん、
あんなに慌てて大丈夫かなぁ……」
自転車通勤で遅刻魔でアホ毛のハル。
ハルはそのまま聡子主任と呼ばれる俗に言うお局上司の元へと謝りに走った。
聡子主任。
言動がハキハキサバサバしていて、どこか男性的な雰囲気のある彼女はハルと同じキノドン類で、緑色のストレートヘアーでありつつもワニ的な貫禄のようなものも併せもったハルの担当寝具売り場を任されたお局上司である。
「あ、あの……」
「……」
「あのぉ〜聡子、主任?」
「……」
「お願いです、主任、何か返事をしてください!」
「ふ、ふぅ〜」
聡子はため息の後に続けた。
「あのねぇ。あんた先に私に言うことあるでしょうよ?」
「あの……、遅刻してすみません」
「あんたねー、
自分が何やったか意味わかってんの?」
「え? だから遅刻を……」
「だからって何、だからって!!」
「ごめんなさーい」
「それに、あんたはここに遊びに来てんの?
は?」
「い、いえ、仕事に……」
「働いてお給料を貰う為に来てんのよね?」
「は、はい」
「ならどうして?
どうしてそんな堂々と遅刻できるわけ?」
「あ、朝。妹に目覚し時計を消されちゃって……」
「小学生か!
そんな言いわけ社会で通用するわけ無いでしょ!」
「すみません」
(本当は違う。でも、シンママの母の負担を減らす為に一番下の弟の育児を手伝って睡眠不足で朝も早起きしてるけどなかなか出勤できないなんていう家庭のデリケートな内部事情をこんな人には死んでも漏らしたくない。
もちろん、主任以外の上司や同僚はみんな私の事情を知って遅刻を理解してくれている。
お局様は仕事がバリバリ出来るという意味では素敵な人。
だけど、仕事以外のことでは社内で度々人間関係で問題を起こす人。
だから、私が主任から謂れのない悪い噂を立てられ傷付かないようにと店長がみんなには口止めしてくれているのだ)
「すみませんじゃなくてごめんなさいでしょうが!
はぁ〜、これだからゆとり世代は」
「あの……、ゆとり世代だからってそんなの関係無くないですか?」
「そうやっていつも話のコシを折らないで!!」
「……はい」
働く気が無い人に居てもらっても困るわ。
さあ、邪魔だから早く帰って!」
「ごめんなさい、本当にごめんなさい」
上司の聡子の前で泣きながら頭を下げるハル。
結局、ハルは謹慎の意味で聡子に今日一日雑用以外の一切を禁止されてしまった。
プルルルル〜♪
『ありがとうございます。
お客様の暮らしのお手伝い、
てろめ屋。
担当
『ちょっとー!
さっきアタシが買って帰ったコレ、
これ、店員が話してた内容とぜーんぜん違うじゃない!
社長出してー!』
それは男性のように声が低い年配の女性の声だった。
『実は、社長は普段店にはいませんでして……』
『じゃあ店長出してー!!』
『店長も、あいにく今店を空けておりまして……』
『嘘!あんたんとこ、店長も不在で店開けてんの?』
『は、はい。店長は今取引先のメーカーのところに出かけております。
ご迷惑をおかけして申し訳ございません。
ところで、対応したスタッフの名前はおわかりになられますか?』
『あ? 対応したスタッフ?
んなこといちいち覚えちゃいないわよー!』
『レシートに担当の名前が書いてあるのですが……』
『あ、そう。レシートならあるわよ。
え〜と、ちょっと待ちなさいよ……』
『はい……』
寝具館。
プル、プルッ♪
(あれ、雑貨コーナーから内線?
口裂けBBAから謹慎って言われてるけど、
電話だしまあいいか)
『はい、寝具館ハルですが』
『ハルちゃん!?』
※BOINE(架空)
BOINE株式会社(架空)が開発し提供するソーシャル・ネットワーキング・サービス、ならびに同サービスにおけるクライアントソフトウェアの名称である。 スマートフォンやパソコンに対応し、インターネット電話やテキストチャットなどの機能を有する。