『アキちゃん……、どうしたの!?』
『ついさっき雑貨館宛にあるお客さんから電話が入ったんだ。
だけどそのお客さん、会話のキャッチボールが出来ないくらいに気が動転してたみたいで……。
だから私、折り返しにしておいたの。
実はえ〜と、そのお客さん、ハルちゃんが担当したレシートを持ってるらしいんだけど……、
ハルちゃん何か心当たりある?』
『え〜と、もしかしたらあのお客かも?』
『あ、ごめんハルちゃん!
レジにお客さんの列が出来ちゃったみたい。
ごめんけど後でメモを雑貨館2番レジまで取りに来て』
『
すぐ行く!』
ハルはアキからすぐにメモを受けとると、
誰もいない店鋪の外壁の死角に向かいそのメモを開いた。
……。
「わ、我が輩、
江戸川意味がわか乱歩……、
はにゃ……?」
電話のメモを読んだハルは秒で猫目になる。
そしてただただ愕然とした。
メモはハルが今日接客したある一人のお客についてのものだった。
ハルの非常識な接客に対してのクレームの電話である。
そしてまた、そのお客は店長と直接話したいらしいとも書かれてあった。
ハルはそのメモに書かれた事の深刻さから、
慌てふためいてしまう。
「直接店長に話したいとお客さんは言ってるし、とにかく店長に電話しなきゃ!」
プル、プルプル♪
「ちょい待ちー!!」
「え、主任!?」
ガチャン!!
今まさに外出先の店長に電話をかけようとしていたハルを上司の聡子が辞めさせたのだ。
「バカ!
こういうときは先ずは上司の私を通しなさいよ!」
「す、ごめんなさい」
ハルは聡子のお説教モードのスイッチが入ると思い身構えたが、意外なことにハルは聡子にそれほど強く咎められることは無かった。
「ほらハル!
一緒に店長に報告に行くわよ」
「え!?」
聡子が店長に状況を報告すると、
店長も意外に落ち着いていた。
てろめ屋の店長をしている彼女もキノドン人の特徴を持っていた。
ハルやアキと同じく子犬よりの美人で、
顔まわりとトップにレイヤーを入れた巻きロングの髪型をしている。
30代前半の夫子持ちではあるが肌にはまだ充分な潤いと張りがある。
そしてまた、華奢で細身の体型などから見た目よりも随分若く見える。
「あのお客様ね。
あのお客様は気難しい性格の方なのよ。
ハルちゃん、大変だったわね」
「ホントそうですよ!
あたし大変でした〜」
「このバカ!
ハル、元はと言えばあんたが悪いんでしょうが!」
「まあまあ、聡子ちゃん……」
「店長はいつもハルに甘いんですよ」
「あら、そう?」
「店長、私の指導が悪くて申し訳ありません。
この後、ちゃんと指導しておきますから」
「指導?
あたしは間違ったことはしてないですよ」
「このバカ!」
「まあまあ」
「店長、今回の件について、
今から私がお客様のところに返品交換と謝罪に行かせてもらってもいいでしょうか?」
「あら、ハルちゃんは一緒に連れていかないの?」
「は、はい。
ハルは自分の接客の何処が悪かったのかすらわかっていません。
そんなハルを大切なお客様のところに一緒に行かせる訳にはいきません」
「聡子ちゃん、あなたの気持ちもわかるわ。
でもね、ハルちゃんの成長の為にも、
ちゃんとこういうときに経験を積ませてあげなきゃ」
「店長……」
「いいわ、聡子ちゃん。
今から私がハルちゃんを連れて一緒にお客様のところに行ってくるわ。
その間、お店を頼んだわよ」
「い、いいんですか、店長!?」
「ええ。
それじゃあハルちゃん、
私は車を出してくるから、あなたには釣り銭袋と、ここにメモをしたものの準備、
お願い出来るかしら?」
「は、はい店長!」
ハルは手早く支度を済ませると、店長の待つ自動車のところへと向かった。
「あれ?
いつもの※ハイルースで行くんじゃないんですね」
「私も出来ればそうしたいんだけどね。
雑貨館のスタッフが他のお客様受注分の商品をこれから別館の倉庫に取りに行かなきゃいけないらしくて、それでハイルースは使え無いのよ」
「そうなんですね」
「ねえハルちゃん。
もう一つお願いしていい?」
窓を開け運転席から顔を出す店長はそう言って話を続けた。
「はい。 何ですか店長?」
「シートに飼い犬の毛がついているから後部座席にはお客様の商品を載せられ無いのよ。
だから、私が車を少し前に出すわ。
そうしたら、後ろのトランクに交換用の掛け布団を入れて貰っていい?」
「はい!」
支度を終えてきたハルを横目に店長はそう言うと赤い※プニウスを少しだけ前進させた。
「
ゆ、※ゆにばーす興産!!」
「えええ?
急に悲鳴を上げて、いったいどうしたのハルちゃん!?」
「店長〜!
あたしの髪の毛後ろタイヤで巻き込んでますよー!」
ギャャ〜!!
「店長驚き過ぎですよ。
あたしの方が叫びたいですよー!」
「ご、ご、ごめんなさい。
ハルちゃん、髪大丈夫ー!?」
「全然大丈夫じゃ無い
「ホントにごめんね。
お客様のところへは聡子ちゃんに代わってもらうから、一緒に今すぐ病院に……」
「それは大丈夫です。
あたし、昔からメンタルと癖毛だけは鍛えてますんで。
それに、この癖毛っていろいろと便利なんですよ」
「え?
便利ってどういうこと?」
「この癖毛はですね、
お箸やスプーン、ナイフやフォークを使ったりノートをとったり、ボクシングしたり、
地下の温泉や貴金属、鉱脈を発見したり、
こんな風に羽ばたいて空を飛んだりってことも出来るんですよ、ほら!
凄くないですか?」
「わぁ、本当ね、凄ーい♪
ってなるかー!!
もはやあなたが生まれてくる世界、
不思議な力を引き出すアブナイ実や海賊とかが出てくる作品と間違えたんじゃないかって本気で心配しまうレベルよ」
ピピピピ……。
「私のアラームだわ。
あらあら、もうこんな時間!
お客様との約束の時間に余裕を持って着いておきたいし、そろそろ出なきゃね。
ハルちゃんの準備が大丈夫なら、
助手席に乗って」
「はい」
店長の車に乗せられクレームのお客のところへと行く道中、ハルの心臓はバクバクと脈打ち不安でいっぱいになる。
店長の車内にはアロマチックな素敵な匂いがしていて、それらの精神的鎮静作用だけがそのときのハルにとっては唯一の救いだった。
「いい匂〜い♪
このすがすがしくてほんのり温もりも感じられる香りは柑橘系フローラルですよね?
というと、アレですかね?」
「あら〜、ハルちゃん詳しいわね♪
そうよ、オレンジブロッサムよ」
ハルは自分の緊張や不安という感情を全て受け入れることに決めたらしい。
いくら悩んだところで所詮はなるようにしかならないと吹っ切れることにしたのだ。
そうやって、店長の車に同乗したハルは電話のお客のところへと向かう。
※ハイルース(架空)
国内トップクラスの某自動車メーカーが製造・販売しているキャブオーバー型の商用車及び乗用車。
※プニウス(架空)
国内トップクラスの某自動車メーカーが製造・発売を開始した世界初の量産ハイブリッド専用車(スプリット方式)、およびそれを中心としたハイブリッド専用車のブランドである。