『……』
『……ちゃん?』
「!!!」
(間違いない。
誰かあたしを呼んでるんだ……。
誰……?)
『ハルちゃん?
ハルちゃん聞こえる?
大丈夫?
しっかりして!』
「て、店長……?」
「ハルちゃん!」
「あれ!?
もしかしてあたし、
寝ちゃってました……?
……、
ご、ごめんなさい」
「いいのよ。
さっき私がハルちゃんの髪を車でひいちゃったからかもしれないし…… 」
「たぶんそれは無いんで大丈夫です」
「そう?
わかったわ。
でも、無理はしちゃだめよ」
「はーい。
ところでここは、え〜と……」
ハルはまだ寝起きの状態から意識が完全には戻っていない。
おぼろげながらにそう応えると、ハルはゆっくりと助手席の窓に意識を向けた。
「コンビニよ。
お客様のお宅の近くのね。
連絡がとれ次第、このまますぐにお客様宅に向かう予定だけど、ハルちゃんの心の準備は大丈夫?」
「え……?
は、はい。たぶん……大丈夫です」
突然、冷や水を浴びせられたかのように
現実に引き戻されるハル。
そして……、ハルの表情はみるみる青ざめていった。
「ごめんなさい。店長、本当にごめんなさい」
「お願いだから、そんな今にも泣き出しそうな顔でうつむかないで。
大丈夫!
もしもの時はちゃんと私がハルちゃんをフォローしてあげるから。ね?
ねえ、少しは元気でた?」
「は、はい……。店長!!
「え、えー??
ハルちゃん急にどうしちゃったの?
それに、急に股を左右に大きく広げたかと思うと、体全体を使ってオッケーのポーズをしたりして……」
「すみません。あたしついつい嬉しくて……」
ハルは頬をピンク色に膨らませ下向きにうつむくと
相槌をうちながら恥ずかしそうにそう返事をした。
(店長はあたしを心配してこんなふうに優しい言葉をかけてくれるけど、これがもし主任だったらと考えると……正直ゾッとする。
きっとあたしは主任の容赦無い一言でバッサリと心をへし折られてるよ、多分)
甘えられるときにはしっかり甘えておこう。
ハルはそう思った。
前もってコンビニでお手洗いを済ませた後、
二人は駐車した車の中でひたすらお客からの折り返しの電話を待っていた。
プルル、プルル♪
「あ、店長。
電話です!」
『あ、もしもし……、
はい。
先程も一度お電話させていただきました……。
はい、そうです。
わたくし、てろめ屋の奈津と申します。
はい。今ご都合はよろしかったでしょうか?
その件は本当に申し訳ありませんでした。
ありがとうございます。
実はもう近くまで来ておりまして、
もしご迷惑で無ければ、このままお伺いさせていただいてもよろしいでしょうか?
本当ですか?
はい。
ありがとうございます♪』
「お客様から改めて訪問のお許しを得たわ。
行くわよ、ハルちゃん!」
「はい、了解道……」
「何?」
「いえ、何でも無いです」
ハルと店長は意を決してお客のお宅へと向かった。
「店長、あれ見てください。あの看板です!」
車の助手席に座るハルはそう言って高速道路予定地の大きな看板を指差した。
「え?
高速道路予定地って書いてあるけど……、
それがどうかしたの?」
「あたしテレビでみたんですけど、
たしかこの場所って……」
「言葉を遮ってごめんなさい。
着いたわ、ハルちゃん」
ここは都心から離れたのどかなかた田舎。
しかし、その場所の印象は
建設中の高速道路に上書きされてしまった。
今ちょうどハルが立つ側から見て
前側と後ろ側それぞれに高速道路が建設中だった。
その工事の魔の手は今にもこちらの方まで迫ってきている。
ハルにはそう感じられた。
建設中の高速道路に挟まれて立つ木造平屋建ての喧噪。
そのような特殊な立地にお客のお宅はあった。
車から降りたハルは店長と一緒に玄関先へと向かう。
「お客様のお宅、今日は車が多いわね」
「そうですね」
店長が車を駐めたさら地の駐車スペースには他にも5台車が駐められていた。
「さあ、ハルちゃん。
インターホンを頼むわ」
「は、はい」
ピンポーン♪
「……」
インターホンを押した後、五分以上は待ったが
誰も出てこない。
「おかしいわね〜」
「あの〜店長?」
「どうしたの、ハルちゃん?」
「玄関の戸が少し空いていますね。
中から子供がはしゃいでる声が聞こえます」
「ええ、そうね。
だってここは……」
すると、店長が理由を最後まで話し終える前にお客が玄関に向かって小走りで走ってきた。
「あ〜ごめんなさい。
手のかかる子が喧嘩して泣き出したもんだから
手が離せなくて」
ガラガラ
「外は寒かったでしょう?
中は中で悪ガキ達がうるさいんだけども、
お茶くらい出しますから、
さあ、あがってくださいな」
「はい。お邪魔します」
ハルは確信した。
「あの、店長?
ここって……」
「ハルちゃんも知っていたのね。
お客様はてろめ屋ではよく商品や店員の態度に難癖をつけクレームを言う迷惑なお客様って悪いイメージが付いちゃってているじゃない?
だけど実はね、旦那さんが亡くなって独り身になった後に自分の家を改築してね、
家庭に問題を抱えた子供達の拠り所『こども食堂』を作った優しいおばあちゃんでもあるのよ」