※今話は子難しい会話のエピソードになります。備考で要約していますので、本文では雰囲気だけ感じていただければ大丈夫です。
極秘研究室の重い扉が静かに開かれると、冷たい空気が流れ込んできた。
白い制服を着た研究員たちが行き交う中、丘教授が一歩を踏み出す。
「はぁ〜、やっと着いた」
と溜息をつく丘教授。
研究所の奥深く、地下に広がるこの場所までの道のりは険しいものだった。
待っていた後輩の研究員の男が丘教授に駆け寄る。
「丘教授、お待ちしていました」
「君がわたしにどうしても見せたいものがあると言うから来てみたんだが、エレベーターだけで5回。
そして、無重力に宇宙服までも。
この大掛かりな地下実験施設はいったいどういう意図なんだね?」
と私は彼に疑問を投げかける。
すると男は恐縮しながら答えた。
「申し訳ありません。実は、例の発見したもの物質としての振る舞いには前例が無く、出来る限り危険を排除する為に宇宙空間と同じ状態を再現しています」
「前例が無いだと?その例のモノというのを先ずはみせてくれないかね」
「わかりました。こちらのハッチを開けた先の部屋ににあります。さあ、この先です」
と言い、男は丘教授を案内する。
部屋に入ると、科学的な機器が並ぶ中、一人の人物が顕微鏡を覗いていた。丘先生が声をかけると、彼は驚いた様子で言った。
「おや、前回の学会でお会いした数学者の丘先生ではありませんか?」
「はい、お久しぶりです。あなたは縞先生ですね!確か半導体の研究開発を専門にされていますよね?縞先生もここに呼ばれたのですね」
「はい」と縞先生は微笑んだ。
「ところで、さきから熱心に走査型プローブ顕微鏡を覗いておられますが、何を調べられているのですか?」
と丘教授は尋ねる。
「これです」
縞先生は不思議な形をしたペンダントを示し、
そして続けた。
「百聞は一見にしかずです。丘先生もペンダントの先の石の部分を覗いてみてください」
そう促され丘教授はさっそく顕微鏡を覗き込む。
すると……。
「どうですか、見えますか?」
縞先生は尋ねる。
「はい、見えます。おや!?もしかして、これフラクタル構造じゃないですかね?」
丘先生は驚きを隠せない。
「はい、実は私も最初そう思いました。
しかし、顕微鏡レベルでしっかり観察しないと気付けないのですが、フラクタル構造は外殻だけで、内部では電子が絶えず複雑に動いているようなのです」
「ほう〜、なるほどですね」
丘教授は感嘆の声をあげる。
「まるでプロセッサユニットのように工学的人為的に作られているようにしか思えません」
そして、縞先生は尚も続けたる。
「しかし、驚くべき部分はこれからです。
丘先生。先生に見せたいものがありますので少し席を代わっていただいてよろしいですか?」
「は、はい」
「ありがとうございます。例えば、この物体外殻の内側のどこかに、このように極小レーザーパルスピンセットを差し込むとします」
縞先生はそう言いながら実演を始める。
「すると、今、宇宙空間のどこかに巨大な電磁パルスが出現しているはずです」
縞先生は言った。
「ちょっと待ってくれますか。直ぐに天文台のリアルタイムデータにアクセスしてみます」
丘教授は慌てて確認をする。
すると……。
「し、信じられん……」
驚愕の声を上げる丘教授。
「本当に信じられません。
しかし、現に……」
「さらに、石のある一点が青く光っていますが、このポイントがおそらく私達の銀河系周辺だと思われます。
その証拠に、青く光る点のほんの少し右横のほんの一部空間Aをピンセットで摘んで、今度は左横空間Bに置き換えると、置換前の空間Aと空間Bが入れ替わるのです」
縞先生は説明を続けた。
「なるほど。上書きでは無く、あくまで置き換えになる訳ですね」と丘教授は納得したように言った。
「はい、そうです。丘先生。もう一度天文台の観測データにアクセスしてもらってもよろしいですか?」と縞先生は頼んだ。
丘教授は再度データを確認する。
「丘先生……、おわかりいただけましたか?」
「は、はい。しかし、未だに信じられません。地球から見える天体の位置が対局的に大きく入れ替わってしまっています」
丘教授は信じられない様子で呟く。
「つまり、そういうことです」
縞先生は冷静に答えた。
「信じられません。
しかし……。まるでホログラフィック原理のようですな」
「ホログラフィック原理とは何ですか?」
縞先生は興味深そうに尋ねた。
「私の専門外ではありますが、ホログラフィック原理と呼ぶ宇宙理論があるそうです。
それによりますと、宇宙は1枚のホログラムに似ているとされています。
つまり、ホログラムが光のトリックを使って3次元像を薄っぺらなフィルムに記録しているように、3次元に見える私達の世界や心は全てそれが実体だと思い込んでいるだけで、実際はある面の上にまるでアカシックレコードのように予め記録されたデータこそが根元であって、私達が日々感じている世界も、脳や心、五感全体が感じる感覚もその全てはそれらデータが映す像による錯覚に過ぎないと言えるかもしれません」
丘教授は説明した。
「成る程、随分インパクトのある仮説ですね。しかし、私のように半導体システムのエンジニアとして人生を捧げてきた身としましては、どうしてもオカルトじみて聞こえてしまう部分があります」
縞先生は複雑な表情を浮かべた。
「もちろん、私自身もホログラフィック原理は今でも信じてはいませんよ。
しかし、ホログラフィック原理自体はエイプリルフールのジョークに過ぎないかと言われればそうでは無くて、そのような仮説が生まれ研究されるだけの背景が存在します。
と言いますのが、ブラックホール研究の中で、ある空間領域の情報量が領域の体積ではなく表面積によって決まる事実がわかってきています。物質がブラックホールに落ち込んで消え去るとエントロピーも永久に失われ,熱力学の第2法則が破れてしまうように見えます。
しかし、実際にはブラックホールは事象の地平面の面積に比例したエントロピーを保持するのです。これは、ブラックホールの全エントロピーとブラックホールの外にあるエントロピーの総和は決して減少しないということを意味します。ホログラフィック原理とはつまり、これらブラックホールでの研究を宇宙全体に当てはめ思考を発展させたものなのです。
例えば、3次元の物理過程をその2次元境界面について定義された別の物理法則によって完全に記述できるとする立場だと思ってください」と丘教授は続けた。
「成る程、確かに私も丘教授も実際にこの現象を目にしている訳ですからオカルトの一言では片付けられませんよね」
縞先生は納得した様子で頷いた。
「しかし、実際の広い宇宙と全く同じオリジナルなものがすぐ目の前の小さな空間の中にも同時に存在しているなんて今まで聞いたこともありませんよ。
これは、私が数学の研究者だから言うのですが、もしかしたら私達が生きているアレフ1の濃度の無限の広がりを持つ宇宙が、この小さな石のような物体の中にも同じモノとして存在していると言えるかもしれません。
それも1対1対応でです」
丘教授は考え込みながら言った。
「私も薄々それを考えていたんですが、やはり数学にお詳しい丘教授もそう思われますか?」と縞先生は驚いた様子で尋ねる。
「はい。もちろん今の段階ではあくまで仮説に過ぎませんが……、二つのカラビヤウ多様体間に成立するミラー対称性のように、きっとなんだかの相関があるに違いありません」
丘教授は続けた。
「丘先生には是非理論立てて証明をしていただきたい」
「わかりました。喜んで引き受けましょう。
小さな物体の一部を操作することで、自らが属する宇宙の範囲内で、任意の空間へまるでどこでもドアでも使うかのようにワープさせられるなんて、研究し甲斐がありますからね。
例えば、私達の宇宙(大)とこの小さな物体(小)との関係が、(小)を内包する(大)に見えるというのは生物特有の錯覚で、実態は鏡宇宙(ヤヌスポイント)を支点としてゼロ次元で交わっているという可能性だって考えられますからね」
丘教授は興奮気味に語った。
研究室の静寂を破るように、丘教授と縞先生の対話は続いた。
彼らは未知の領域に足を踏み入れ、新たな理論の構築に向けて興奮しながら議論を深めていった。これまでの常識を覆すような発見に対し、彼らの研究は続いていくのだった。
※要約
ある実験室で、現実の地球の内部構造からミクロレベルの細部に至るまでを完全に再現した、もう一つのミニチュア地球が作り出された。
※ 一対一対応とは、一つのものを別の一つのものに完全に対応させる関係のこと。
たとえば、友達の人数が10人で、リンゴが10個あるとする。
ここで1人につき1個リンゴを渡すというルールがある場合、全員がリンゴをもらえて、誰も余りが出たり不足したりしない。
このような関係を言う。