ハルは、顧客のメメさんに販売したオーダーカーテンのサイズを聞き間違えたことについて、先ずは深くお辞儀をしながら謝罪しようと決心する。
しかし、緊張のあまりなかなか言い出せず、心臓がドキドキと早鐘のように鳴っていた。
手のひらは汗ばみ、言葉が喉元に引っかかって出てこない。
「どうしよう……。
どうしても言わなきゃ!
でも……どうやって……」
ハルの心は葛藤でいっぱいだった。
「大丈夫よ、ハルちゃん。誰にだってミスはあるから」
メメさんは優しく微笑み、そう言ってくれたが、ハルはその温かい言葉にさえまだ勇気を出せずにいた。
「本当にすみません。実はあたし……、
販売した当日の夜にはミスしていたことを思い出し気付いていたんです。
だけど、……怖くて上司にもメメさんにも言い出せませんでした。
申し訳ありませんでした」
ようやく言葉を絞り出したハルは、今からどんなお叱りの言葉を受けるのだろうかと不安だった。
しかし……。
「ハルちゃん、大丈夫よ、顔を上げて」
「は、はい」
ハルは上目遣いにゆっくりと顔を上げた。
「その気持ちが大事なのよ」
メメさんは温かく言い、手を軽く握ってきた。
その優しさに触れ、ハルは少しだけ心が軽くなった。
「実はハルちゃんだけじゃないわ。
以前にも何回か同じようなことはあったのよ。だけど、みんなミスの理由ばかり。私はミスを隠された事自体が寂しかっただけなのに……。
だけど、ハルちゃんは違った。
ちゃんと自分の間違いを認めて、しかも私に会いに来てくれたんだもの」
「メメさん、実はあたしも店長に……」
ハルはメメさんの誤解を解こうと身を乗り出す。
しかし……。
店長がハルの作業上着の腰のあたりを軽く引っ張る。
ハルが振り返ると、店長は無言で首を横に振った。
少し間を開けた後、店長はハルに向けて口を開いた。
「ねえハルちゃん、知ってる?
メメさんはね、テレビで大きく報じられる前から子ども食堂に関わっているのよ」
「そうなんですか!?」
店長の言葉に、ハルは驚きを隠せなかった。
そしてすぐさまメメさんの方へ視線を向けると、温かな笑顔が返ってきた。
「まあ、そういうことやね」
その笑顔は、まるで冬の寒空に咲く一輪のひまわりみたいだった。
「最近テレビでもこども食堂が出てきてますよね。メメさんはそれを観てなにか思われたりするんですか?」
そう店長が聞くと、メメさんは静かに語り始めた。
「私が今一番強く感じるのは、うちのような食堂の全国的な広がりを一時的なブームで終わらせないこと。
そして、子ども達にもっと寄り添える社会に変えるきっかけにしてほしいということさ。
この子たちの笑顔を見るたびに、私の決断は間違っていなかったと心から思うよ。
でも、同時に、もっとできることがあるんじゃないかって、いつも自問自答しているんだけどね」
メメさんは、昔、寒空の下で震えている女の子を見かけた時の思い出を優しい眼差しで話始めた。
「その子は、お腹をすかせていてね、両親の姿も見えなかったのさ。
私はかわいそうに思ったから家に入れてあげた。
そして温かいご飯を食べさせて、少しの間一緒に過ごしたんだ。
その子が安心して眠る姿を見て、私は決心した。もっと多くの子供たちに温かいご飯を食べさせてあげたいってね」
その出来事が、メメさんの心に大きな波紋を広げ、子ども食堂を始めるきっかけとなったらしい。
「最初はね、たった一人でできることなんてないと思ってたよ。でも、近所の人たちがみんな私に手を貸してくれて少しずつ大きくなっていったのさ」
メメさんの言葉に、ハルは温かい気持ちになった。
二人は、メメさんの案内で子供食堂の中を見せてもらった。
小さなテーブルがいくつも並べられ、そこには手作りの料理が並んでいる。子供たちは、楽しそうに食事をしていた。
「ほら、見てごらん。この子、いつもひとりで隅っこにいたんだけど、最近、みんなと遊ぶようになったのよ。」
メメさんは、そう言って、一人の男の子を呼んできた。
「えへへ♪」
男の子は、少し恥ずかしそうに笑った。
しかし、子ども達のいる部屋を見渡す中でハルはある違和感を覚えた。
一人の女の子が、一人遠い場所に座り、他の子供たちとあまり関わろうとしないのだ。
その子は、やや下を向き少し寂しそうな表情をしているように見える。
ハルは、勇気を振り絞って、その女の子に声をかけた。
「ねえ、一緒にトランプして遊ばない?」
「……」
しかし、女の子は上目遣いでただハルの目を見つめている。
「ハル、その子は」
店長がハルの前にきた。
「大丈夫だよ。この娘はちゃんとできるから」
メメさんは言った。
女の子は、最初無言で少し戸惑った様子を見せたが、ゆっくりと口を開いた。
「お願い……します」
女の子は、少し戸惑った様子を見せたが、
そう言いながらゆっくりと頷く。
一緒に遊ぶうちに、ハルは女の子が言葉を発するのが苦手だということに気づいた。
もしかしたら、家庭で何か辛い経験をしているのかもしれない。
ハルは後でメメさんに、その女の子のことを相談した。
「みんな同じように楽しんでいるように見えても、それぞれが抱えている悩みは違うんですかね?」
すると、メメさんは静かに頷いた。
「そうさね。だから、私たちは、一人ひとりの子に寄り添ってあげないといけないの」
子供食堂での経験は、ハルにとって忘れられないものとなった。
温かいご飯の香り、子供たちの楽しそうな笑い声、そしてメメさんの穏やかな笑顔。
それらは、ハルの心に温かい光を灯した。