目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

戦の前には嫉妬あり9

嘘だろーーーー!!!


賭場に、地鳴りのようなどよめきの後、爆笑が起こった。


「なんじゃ!ワシじゃて、女房ぐらい、おるわっ!!」


なにがおかしいのだと、張飛が息巻く。


「あー、なるほど、それで、おなごの扱いが、野人の割には、関羽様より手慣れていると……」


月英が、呟いた。


「いや、あねさん、手慣れているかい?!ただ、平謝り、あねさんの機嫌を取っただけじゃないかい!」


賭場の客達は、月英へ、意見した。


それにしてもと、皆、驚いている。


ついに、というべきか、当然というべきか、月英が、噂の名士、黄承彦こうしょうげんの、あの醜女娘だったとは。そして、張飛に女房がいたとは。


「なるほど、話し合いと、いうのは、このように、発見がある訳ですか」


孔明が、右手を見ながら、感慨深げに頷いている。


「でた、明後日の方角から、喋る癖が……」


徐庶じょしょが、こいつは、相手にしなくていいからと、皆に言う。


すると──。


「ですが、そちらは、官吏様でございましょう。私らとは、別世界のお方。そして、賭場でお怪我をおってしまわれた……」


小柄な目立たない男が、含み語る。


「お前……」


突っかかるすんでの、関羽を、徐庶が止めた。


「あー!さっきの、薬売りの兄さんか!いやぁー、たかが、火傷、されど、火傷!こいつは、書記係だから、手が使えなくなると、仕事ができん。兄さんが、火傷薬を分けてくれて、助かった!なあ!」


言って、徐庶は、孔明をじっと見た。


「あっ、なるほど。わかった。わかった。とにかく、礼を言わねばならぬのだな?」


「あったりめぇーだろー!ここまで、手当てしてくれたんだぜ!」


徐庶は、手拭いが巻かれた孔明の手を、ペシリと叩いた。


あいててて!やっぱり火傷が、痛い!と、孔明は、ごちる。


「まあ、世間知らずなもんで、礼も、まともに言えないが、許してやってくれ。手間をかけた」


言って、徐庶民は、孔明に薬を与え手当てしてくれた男に、頭を下げた。それを見て、孔明も慌てて、頭を下げる。


「ああ、おやめください!劉表りゅうひょう様とも、蔡瑁さいぼう様とも、ご親戚のあなた様が、わたし、などに頭を下げるなど!」


瞬間、ニヤリと、男が笑ったのを、徐庶も関羽も見逃さなかった。


そして、周りの野次馬も、この土地の、重鎮の名前を聞き逃すことはなく……。


皆の視線が、孔明へ集まった。


「あー、そうですかぁ、困りますねー私ごときが、親戚だなんて。何の繋がりも、本当は、ないのですから。繋がりがあるのは、黄夫人ですからねぇ」


言う孔明に続いて、


「まあ、私がとやかく、繋がりを説明しなくとも、皆さん、黄承彦こうしょうげんの名前で、ピンときますでしょう。確かに、旦那様は、縁続きと言っても、私と、夫婦だからこそ。これで、私が離縁されたら、旦那様は、何の関係もなくなりますし。賭場で暴れる妻など、離縁したくなったことでしょ?」


と、月英は、孔明へ畳み掛けた。


「ありゃ?こりゃ、なにやら、雲行きが、怪しいぞ。やはり、ワシの出番かのぉ。夫婦のことは、任せておけ」


何故か、張飛が割り込んで来る。


たちまちに、賭場が沸き立った。


「張飛、やめろ!」


「余計なことすんな!」


「なにも、もめ事なんぞ起こってねーだろー!」


「ただの、例え話じゃないかっ!!」


おお?そうなのか?と、張飛はとぼけている。


その隙を見計らってか、薬屋の男は、頭をさげて、そろそろ次の街へ向かいませんと、と、言い捨てて、賭場を出ていった。


「親分!」


徐庶が、全陵ぜんりょうへ、関羽は、張飛へ、目配せする。


「さてさて、他に、こじれた夫婦は、おらんかのぉ。ワシが、仲裁してやるぞー!」


張飛は、相変わらずで、野次馬の中へ入って行った。


「いや、勘弁、勘弁!!」


「それよりよ、張飛の嫁さんの方が、気にならねぇか?!」


「だよなぁー!!どこの、物好きなんだぁ?!」


「よっしやっ!!ワシの嫁御の事を、話してやるわあー!!」


と、雷声が、響き渡った。


皆は、うっせーよ!と、言いながらも、聞かせろ、聞かせろと、張飛を囲み始めた。


「うん、あっちは、張飛に任せておけばよいだろう」


関羽は言うと、徐庶を見る。


「うちの若い衆を、放ちました、あいつの素性も、わかるでしょう」


頷き合っている二人に、全陵が言う。


「あれ?菜児は、どうしました?」


姿が見えないと、孔明は心配するが、


「……繋ぎ、ですわね?親分?」


隣で、月英が落ちつき払っている。


「いやー、さすが、あねさん。あっしは、とことん、あねさんに、惚れ込みましたぜ。どうか、この全陵を、使ってくだせぇ。裏の事ならなんなりと……」


「ええ、さっそく、使わせて頂きますよ」


孔明が割って入ってくると、できれば、山の方面へ向かうかどうか、確かめてくれと言う。


「あの男は、山を越えて、北へ向かいます」


「諸葛亮よ、北、というと……」


「つまり……」


言葉を濁す、徐庶と関羽に、孔明は、大きく頷き、


「あれは、曹操の手の者」


と、言い切った。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?